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050.胞子

「プロトタキオン・イクス・ファンガイム」

「なに?」

「それが生み出す『ポアミルズ胞子(スポア)(PS)』が魔法のエネルギー源なの」

超光速素粒子タキオン菌類ファンガイム?」

「つまり、この世界には、かつてプロトタキオン・イクス・ファンガイムという『魔法菌類(マジックファンガイム)(MF)』があふれていて、それが、ある種の粘菌スライム・モールズの助けを借りて世界中にポアミルズ胞子(PS)を拡散させたらしいわ。その後、何が原因かはわからないけど、ある時期を境にプロトタキオン・イクス・ファンガイムはほぼ消滅し、似て非なる()()()菌類だけが、今に残ってしまったということね」


 アキオは、手をつないで高くジャンプする少女を眺める。


「魔法のエネルギー源は菌類の胞子なのか」

「もちろん、ただの胞子じゃないわ。まだ()()()()()の段階だけど、遥か昔に宇宙に張りめぐらされた高次元菌類ネットワークの(ハブ)に、この星が突入して、通常の菌類が『魔法菌類(MF)』に変化したとわたしたちは考えているの」

「途方もないな」

「もう標本サンプルも集まりつつあるのよ。ほんの少量だけど、プロトタキン・イクス・ファンガイムも手に入れた」

 そこでアキオは気づく。

「ちょっと待て。データ・キューブも無く、作業マシンもろくにない今のお前が、どうやってその考えに到達してサンプルを手に入れる。それに、さっきお前は『わたしたち』といった――」

「もうわかってるでしょう。極北の洞窟にもぐり魔法菌類(MF)を発見し、宇宙に浮かぶ菌類ネットワークの仮説を立てたのは――」

「カマラ、か」

「そう。あなたが出かけてから、彼女は、昼は身体強化、夜は限界まで活性化した脳で毎日学習したの。ほとんど眠らないでね。毎日、話したいであろうあなたとの会話も禁止して……」

「危険はなかったのか」

「わたしが何を言っても聞かないわよ。あの娘は。あなたの役に立ちたい一心だもの」

「カマラが」

 役に立つから――

 アキオの脳裏に、別れた時の少女の泣き顔と声がよみがえる。


「アキオ、あなたがその言葉を嫌っているのは百も承知であえていわせてもらうけど、あの娘は天才よ」

「データ・キューブもなしに――」

「既存のデータがなくて、かえってよかったのよ。まったく新しい科学体系を作ることができたんだから。わかる、アキオ?体のないわたしに鳥肌が立って震えたのよ。宇宙菌類学コスモ・マイコロジー誕生の瞬間に立ち会えたんだから。思えばわたしの人生は幸せだわ。人工知能開発における天才の『兄』、ナノ・マシンを実用レベルに押し上げたアキオ、宇宙菌類学という独立したプラット・フォームを単独で立ち上げたカマラを目の前で見ることができたんだから……」

「カマラは?」

「今は出てるわ」

「危険な場所にか?」

「大丈夫よ。今のあの娘を、別れた時の彼女と同じだと思ったら大間違いよ」

「――」

 アキオは目を閉じ、開けた。

「話の続きを」

「さっき、もう新しいポアミルズ胞子(魔法エネルギー)は作られていないといったでしょう。一度消費されたPSは増えないの。そしてPSは次元的に()()()()()が低いから、物理法則の影響を受けにくい。つまり風で移動したり拡散しないのよ。PSの消えた場所に、他所(よそ)から他のPSが流れ込むことはないの」

「魔法の使えない場所やシュテラのある地域は、かつて膨大な魔法が使われ、魔法エネルギーを消費しつくした場所、ということか」

「たぶんね。カマラがPSで浮かんだと思われる巨大な何かの残骸を見つけているわ」

「メナム石の琥珀状の部分にはPSが封じ込められている、というわけか」

「そう、わたしたちが最初にPSに気づいたのも、メナム石の琥珀部分の解析結果からだった」

WBクマムシについては?」

「それはまだ調査中よ。でも、未知の生物の遺伝子を取り込んだWBが、仮死状態で宿主(しゅくしゅ)の心臓部分にいて、(あるじ)の意志に従ってPSに働きかけて魔法を発動しているのではないかとわたしたちは考えているわ」

「メナム石は……」

「あの石の核の部分が宿主の働きをして、WBに、まわりの琥珀中のPSを使って発光するように命じているのだと思うけど、まだわからないわ」

「そうか」

「今はそこまでね。もう少ししたら、もっと詳しく話せると思う」

「分かった」


 アキオは、ミーナとの会話を打ち切って、少女たちに近づく。

「どうだ?」

「行けると思います。これは楽しいですね。アキオ」

 ユスラが頬を紅潮させて言う。

 隣でピアノがうなずく。

 ふたりの頭を撫でてからアキオが言う。

「宿に帰って、馬車に向かうか」

「はい」

 少女が声をそろえて返事する。

「それだと17:00過ぎには到着するわね」

 ミーナが言った。

「そういえば、ユスラ、ミーナも」

「はい」

「君たちはミストラとヴァイユと話をしていないのか?」

「はい」

「シュテラ・ザルスに行ったらいくらでも話ができるでしょう」

 ミーナが言う。

「そんなものか」

 アキオがつぶやいて、その話はそれまでとなった。


 昼近い時間なので、アキオたちは朝とは違うバルトに入って昼食をとった。

 例によって、人々の視線が刺さるが、アキオはもう気にしないことにする。


 食後、街の目抜き通り、水晶を敷き詰めたクリステ通りを三人で歩く。

 陽光を受けて輝く水晶に娘たちは大喜びだった。

 アキオの腕に抱きつく。


 途中で、ユスラのために軽いコートを買った。街道でなく森の中を走るためだ。

 本来なら、ナノ・コートを与えたいが、さすがに材料がない。


 少女たちに促され、通りに良い匂いを振りまいている店に入ってパオカゼロという固焼きのパンのようなものを買い込む。薄いのでそれほどかさばらない。


 それらをまとめて宿を出た。


 通行文を持たないユスラのために、アキオたちは再び塀を超えて街を出る。

 ユスラも15メートルはある塀の上に軽々とジャンプした。

「塀の上から街を見るなんて初めてです」

 黒髪の少女は、街の中央にそびえるガラスの塔を見て目を細める。

「これからは、いくらでも見られる」

 アキオはそういって街の外に飛び降りた。


 魔獣に会うこともなく、ミーナの予想どおりに16:00過ぎに馬車に到着する。


 少女たちに、馬車に乗るように指示してアキオはラピイに挨拶に行った。

 彼女の胸に耳をあて、やさしく叩いて独りにしたことを詫びる。


「相変わらずだねぇ」

「それがアキオさまらしい」

「それこそが英雄さま」

 背後で声がする。

 振り返ると、ユイノとミストラ、ヴァイユが笑顔で立っていた。


「アキオ」

 少女たちがアキオに走り寄って飛びつく。

「どうして君たちが?」

 一応尋ねるが、なぜかは分かっている。

 ミーナが仕組んだのだ。

「おい、ミーナ」

 アキオがAIを問いつめようとした時、新たに声がした。

「ミストラ、ヴァイユ」

 振り向くと、黒髪の少女が走ってくるところだった。

 外の騒ぎに気づいたピアノとユスラがやって来たのだ。

 三人の少女は、手を取り合って再会を喜ぶ。


「あんたがユスラだね」

 相変わらずの調子でユイノが気さくに話しかけた。

「あなたがユイノさん」

 ユスラが挨拶をするのも忘れて、じっと舞姫ダンサーを見つめる。

「どうしたんだい?」

「あまりきれいな方なので……」

「よしとくれ」

 ユイノが顔を赤くした。

「さっきまで、あの道具(リストバンド)でずいぶん話をしてたじゃないか……ああ、声で想像するよりマシだったってことだね」

「いいえ、赤い髪に青い眼、綺麗な肌、アキオがあなたに夢中になるのもわかります」

「あ、ありがとう。嬉しいよ」

 ユイノが頭をかく。

「あらためて、はじめまして、ユスラです」

 少女が、緩やかに編んだ三つ編みをゆらして優雅に挨拶をする。


 誰がいつ夢中になったのか聞き返そうとした時、ユイノがアキオの肩越しに声を掛けた。

「そして、あんたがピアノだね」

「はい」

 赤い眼の少女がうなずく。

「噂通りにきれいな子だねぇ。アキオ、あんたが人を見かけで助けたりしないことはわかってるつもりだけど、これだけ揃うとねぇ」

「さあ、外で立ち話ばかりしてないで、馬車に入って。そろそろ日も暮れるでしょう」

 ミーナに促されて、少女たちは馬車に乗り込み、それぞれがテーブルにつく。

 ピアノがギャレーに立ち、湯を沸かす。

 すぐにユスラがそれを手伝い、ミストラとヴァイユが全員のカップを並べた。


「では、いただきましょう」」

 ミーナがスピーカーフォンで全員に話しかける。

「はい」

「おいしい」

 カップに口をつけたミストラが言う。

「本当においしいですね」

「シュテラ・ミルズで買った花茶です」

「ああ、あそこは金持ち連中が住んでるだけに、お茶はいいね」

「そうですね」

 お茶の話を始まりとして、少女たちの会話が始まる。

 それほどかしましいということはないが、次々と話題を変えながら話が途切れることはない。


 話題についていけない娘、おもにピアノだ、が出そうになると、ミーナがうまく話を割り振って孤立しないように気をつけてやっているようだ。


 もちろん、会話に参加などできないアキオは、茶を飲みつつ、少女たちの言葉を音楽のように聞きながら魔法について考えている。

 しばらくして、アキオはテーブルを離れ、研究室ミニ・ラボに入った。

 現在の課題と、やるべきことの優先順位を決めてリストアップしていく。



「邪魔者はいなくなったわね」

 アキオが研究室に()もると、ミーナが言った。

「邪魔者だなんて」

「男がいると話せないこともあるさ」

「そうでしょうか」

 皆、それぞれにミーナの言葉に反応する。

「いい機会だから、少し、わたしの話を聞いてちょうだい」

 ミーナが改まった口調でいう。

「いま、ここにいないたちもいるけど、あなたたちは、わたしとアキオがこの世界に来て会った女の子たちで――」

 ミーナは言葉を切り、

「アキオにとっては、ほとんど初めて親しく話した『生きた』女性なの」

 それぞれにアキオのことをミーナから聞いている少女たちはうなずく。

「これは、わたしのわがままだってことは分かっている。だけど、彼には、あなたたちみんなと幸せになって欲しい。だって彼は300年間独りで戦って研究をしてきた人だから。1人の女性と30年連れ添ったとしても、9人は妻がいてもおかしくないんだもの」

「でも、アキオは、わたしたちには興味はない。でしょう?」

 ユスラが言い、少女たちは一様にうなずく。


「長い間一緒にいるわたしにはわかるけど、少なくとも彼があなたたちを大切に思っているのは確かよ。ただ、あまりにも『やらねばならないこと』への想いが強すぎて、他に気を回す余裕がないだけ」

 ミーナは言葉を切り、

「あなたちには、あなたたちの人生がある。だから、わたしは強制はしないし、またできない。でも、もし、アキオへの想いがあるなら、彼のそばにいてあげて。嫌になったら黙って去っていいから」

「嫌になんてなりません」

 ピアノが叫ぶように言う。

 少女たちもうなずく。

「ありがとう」

 ミーナが声を詰まらせて礼をいった。


 その時、アキオがラボから出てきた。

 ギャレーに入り、状態維持してあったムサカの肉を取り出す。

「ミーナ、そろそろ飯にしよう」

「わかったわ」

 スピーカーフォンでそういったミーナは、少女たち個別のインナーフォンに続ける。

「ちょっと、待ってね。アキオの反応を見てみるから」


「アキオ?」

「なんだ」

「今、ここにいる女の子たちをどう思う?」

「どう、とは?」

「あなたにとって、どういうたちなの?」

「この世界に来て、色々な経緯で関わりをもった子供たちだ」

 子供、という言葉に多少のひっかかりを感じつつミーナは続けて問いかける。

「好き?」

 AIの直截ちょくせつな質問に少女たちが手を握る。

「好き?意味がわからない」

「簡単な質問でしょう」

「どちらでもない」

 え、という顔を少女たちはする。

「ただ、多少なりとも関係を持った娘たちだ。できれば幸せにはなってほしい」

「―――」

 ミーナはしばらく黙り、

「さっき、彼女たちにも言ったんだけど、あなたは300年生きてるわね」

「ああ」

「30歳から30年ずつ奥さんと暮らしたとして、9人の妻がいてもおかしくないのよ」

「おかしいだろう」

「だって、あなたは長い時間、独りで生きてきたんだから―――」

「独りじゃないさ」

「独りでしょう」

「君がいた」

「え?」

「戦時中も研究の間も、ずっと君がいた」

「あ……」

そばにいてずっと一緒に暮らすのが妻ならば、君が妻だな。他にはいらない」

「――」

「ムサカの肉は2匹で足りるな」

 アキオは、そういい残してギャレーの扉をあけ、中に入っていった。


「なかなか話が通じないねぇ、ミーナ」

 ユイノが話しかける。

 返事がない。

「ミーナさん」

 ユスラも呼びかけるが返事はない。

「え、ひょっとして……」

 ミストラがつぶやく。

「ミーナ」

「ミーナさん?」

「ミーナ?」

 今や、少女たち全員が悟っていた。

 予想外のアキオの返事にAIは固まって(フリーズ)しまったのだ。


 ぷっ、とユイノが吹き出した。

 他の少女たちも口を押さえて笑いをこらえる。

「まったく、何をしてるんだよ、ミーナは……」

 ユイノが涙を拭きながら言う。

「まあ……それはそうですね」

「分かっていました」

 とうとう堪えきれずに全員が笑い出す。

 森の馬車ににぎやかな少女たちの笑いがこだました。

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