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005.出立

「アキオ!」

 鹿に似た4本足の生き物を、木の槍で倒したアキオにカマラが手を振る。


 彼女にナノ・マシンを投与してから3日が経過していた。

 その間、降り続いた雪嵐ブリザードが今朝になって収まったため、洞窟の外に出て、見つけた動物を狩ったところだ。

 食用になるかどうかは、一応ナノ・マシンで確かめてある。


 洞窟内ではカマラの食料とレーションを交互に食べていたが、栄養不良の兆候(ちょうこう)が目立つ少女に新鮮な肉を与えるためだ。


 この3日の間、アキオは口頭(こうとう)でカマラの教育を行っていた。

 ジーナへ戻れば、本格的な知識発達プログラムを受けさせることができるが、洞窟内ではろくな教育はできなかった、

 それでもカマラは驚くほど優秀だった。

 とりあえず簡単な会話から始めたのだが、砂漠の砂が水を吸収するように瞬く間に、語彙を蓄え、部脈を理解していく。


 もちろん、それはにナノ・マシンの補助によることも大きかった。

 記憶野を活性化し、幼年期の最も言語を覚えるのに適した状態に脳を戻してあるのだ。


 走り寄った少女は、片言(かたこと)ながら、大丈夫だったかと問いかける。

 初めて出会った時のように、ともすれば四本足で歩く癖は抜けていた。


 今、彼女が話しつつある言語は、共通(コモン)トルメア語という地球世界のものだ。

 本来なら、この世界の言葉を教えるべきなのだろうが、彼自身が言葉を知らないので仕方がない。

 いずれアキオがこの世界の言語を習得したら、それをパック化してカマラに与えるつもりだ。

 この世界で生きていくためには、現地の言葉を知るべきだからだ。


 彼は、今日中にカマラを連れてジーナの墜落地点に戻る予定だった。

 一度、知識を与え始めたからには中途半端に放り出すことはできない。


 定期的に、彼女に()()()の衣服と食料を届けにくる者にはどう対処するか悩んだが、何も告げずに去ることにした。


 彼女の現在の状態から考えて、愛情をもって面倒を見ている連中ではなさそうだからだ。

 そもそも愛情があれば、こんなところに言葉も教えず放置はしない。


 殺すことはできないが、この厳寒の環境で、勝手に死ぬのを待っている、という感じがする。

 そもそも、この洞窟は自然の監獄(かんごく)だ。

 ジーナのフライト記録を見たかぎり、周囲30キロには人家は見えなかった。

 つまり、ろくな防寒装備を持たないカマラは、外の世界に出ていくことを禁じられているということだ。


 それなのに、満足に食料が与えられていない。

 何か特殊な事情があるのかもしれないが、たとえそれがどんな理由であっても、若い娘を栄養不十分なまま放置していることが気に入らなかった。

 その点から考えても、カマラの運動能力はたいしたものだった。

 慢性(まんせい)的な栄養失調の状態で、あの怪物と初めのうちは()()()()()のだから。


 しばらく少女と共に洞窟で暮らした彼は、以上の理由から、カマラをジーナへ連れて帰ることに決めた。


 ナノ・マシンを与えて、知能を向上させた責任もある。

 

 洞窟内は、彼女が大切にしていた少しの道具を除いてそのままにしていくことにした。


 あとは雪原の上に彼女の服の一部をわかりやすく散らしておけば()()()()()状況証拠になるだろう。


 つまり洞窟の外に出たカマラがはあの怪物と出くわして食べられた、というわけだ。

 雪がよく降るので血の偽装は不要だろう。


 先ほど狩った獲物をさばいて、肉を適当な大きさに切り分ける。

 普段はレーションですませるために、こんな作業は兵士時代以来だった。


 本当に久しぶりの解体だったが、作業をするうちに昔の感覚がよみがえり、手が勝手に動いて、瞬く間に解体は終了した。

 カマラがキラキラした目でアキオを見ている。


「持っていくものは決まったか」

 アキオの言葉に、少女は黙ってナイフとペンダントを差し出した。

 昨夜のうちに洞窟を離れる同意は得ていた。

 少女は拍子抜けするほどあっさりと洞窟を去ってアキオに同行することにしたのだ。


「ペンダントは預かる。ナイフは足につけておくんだ。もしもの時のために」

 カマラが首をかしげる。

 まだ複雑な会話は理解できないのだ。

 アキオは、身振りでペンダントを預かり、ナイフを太もものシースにいれるように示す。

 カマラはうなずいた。


 彼女の服は置いておくことにする。

 怪物に殺されたのに服がなくなっていてはおかしいからだが、ジーナに戻れば彼女にふさわしい服は簡単に作ることができる。


 ミーナに調べさせたいので、洞窟内のランタンを一つ持っていくことにした。

 カマラに尋ねるとかまわないという。

 最初の日に彼がランタンに触れるのを嫌がったのは、この熱源が極寒から命を守る唯一のものだったからだ。

 ランタンの破壊が、死に直結するのだから当然だ。

 ちなみに、ランタンはスープを温めるときにも使われていた。


 肉をプラスティック・パックで包んでザックにいれる。


 普通に歩けば、カマラの体力でも二時間ほどで目的地に到着するだろうが、アキオは157キロのコフを引きずって行かねばならないので、もう少し時間がかかるだろう。

 今は昼過ぎなので、場合によっては、今晩、野営をして、到着は明日ということになるかもしれない。


 アキオは、少女の服装を確認する。

 彼女はコットン地のような布で作った長袖のシャツとぴったりしたパンツ、革製のブーツ、そして出会った時に(かぶ)っていたフードつきのマントのようなものを羽織っている。


 特に問題はなさそうだ。


「行こう」

 コフに追跡ビーコンをとりつけ、左右にあるフックにロープを通したアキオは少女を見た。

 カマラはうなずいて、先に立って歩きだした。

 なぜか、微笑んでいる。


 アキオもロープを肩にかけて、コフを引きながら歩き始めた。


 少女は新雪に足を埋めながら、どんどん歩いていく。

 そのまま洞窟が見えなくなるまで、一度もカマラは後ろを振り返らなかった。

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