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491.紫煙

 少女ふたりが、額を合わせるようにして会話を続けるのを見ながら、アキオはコートのポケットに手を入れた。


 つぶれかけた煙草の箱をつかみだして一本取り出す。

 口にくわえて、コートから軍用マルチ・ツールを取り出し、火炎ギミックで火をけてテラスの壁にもたれた。


「煙草、ですか。懐かしい」

 紫煙(しえん)をくゆらせるアキオにキルスが声をかける。


「吸ったことがあるのか」

 アキオが尋ねる。

 キルスの生きた時代であれば、すでに煙草は過去の遺物いぶつとなっていたはずだ。

「あります。スタンに勧められて」

「そうか」

 アキオはつぶやき、

「吸うか」

 うなずくキルスに一本渡し、火を()けた。


 二人の黒髪の男の顔が、小さな炎で夜の闇に浮かび上がる。


 アルメデの話では、スタン・ステファノは全身機械化されていたそうだ。

 アキオは、キルスに延命措置を(ほどこ)した時のスタンの顔を思い出す。


 あのあと、スタンは生身を失ったと聞いた。

 時期からいって、幻体痛ファントム・ペインが克服される少し前のはずだ。


「ジャルニバールか」

 くわえ煙草でアキオが言う。

 話すにつれ、口許くちもとで赤い光が揺れた。

「そうです」

 普通の人間なら猛毒となりかねない薬物やくぶつ煙草だが、ナノ・マシンを体内に持つキルスなら問題なかったのだろう。


「わたしは習慣にはしませんでしたが、スタンは――」

 キルスは紫煙をくゆらせ、続ける。

「技術的に幻体痛ファントム・ペインが克服されてからも()()()を吸い続けていました」

「強化剤、か」

 アキオがつぶやく。


 初期の機械化兵は、戦闘能力をあげるために、体内に複数のサブコンピュータを内蔵していた。

 肩と鼠径そけい部に設置されることが多かったが、脳への負担が大きいため、ほとんどの兵は両肩のコンピュータしか使わなかったはずだ。

「全接続していたのか」

 アキオの問いにキルスはうなずき、

「その上で、首元にもう一つ追加していました」

「たいしたものだ」

 アキオがつぶやく。


 そういった極端な強化は、生身部分、特に脳に凄まじい負担となる。

 副作用である脳圧を下げるために、強化剤を吸い続けなければならなかったはずだ。


 不意に、彼の口許(くちもと)から煙草が消えた。

 横から伸びた手が持ち去ったのだ。

 顔を向けると、煙草はアルメデの手で煙を上げていた。

 少女は微笑んでいたが、その眼は笑っていない。


「いつのまに、こんな悪い習慣を身に着けたのですか」

 小さく、あの()のせいですね、とつぶやく。


 彼の眼の端には、キルスもカイネによって煙草を取り上げられているのが映っていた。


「アキオは何をしても素敵ですが、煙草タバコは辞めてください」

 そう言いながら、少女はコートのポケットから取り出したマルチ・ケースの中に煙草を落とし込んだ。

 カイネに差し出すと、彼女も同様にキルスの煙草を入れる。


 さらに、黙ったまま、にこやかに手を差し出すアルメデに、アキオは軽く首を振るとポケットから潰れかけた煙草の箱を取り出して手渡した。


「なぜだ」

 アキオが尋ねる。

 抗議ではない。

 素直な疑問の声だった。

「確かに、喫煙は、わたしたちの身体に影響を与えません。ですが――」

 アルメデは、胸が触れるほど彼に近づいて見上げる。

「人は、肉体的にだけでなく、精神的に依存(いそん)する習慣をもつべきではないと思うからです」

 再び声に出さずにつぶやいた。

 どうせなら、わたし、わたしたちを頼って欲しい――

「わかった」

 彼女のつぶやきが聞こえたのかどうか、アキオはうなずいた。


 アルメデは言い過ぎたことを恥じるようにアキオから目をらし、尋ねる。 

「それで、殿方(とのがた)ふたりで何を話しておられたのですか」


 美少女ふたりに見つめられてアキオが答えた。

「世間話だ」

()()()()()()というものに、興味がわきます」

 アルメデが言い、アキオはキルスを見た。

 少女たちの前で、あまりスタン・ステファノの話をすべきではないだろう。

「煙草にまつわる記憶だ。君たちは何を話していた」

 彼の意をくんで、キルスが助け舟を出してくれる。


「わたしたち?」

 カイネがアルメデを見る。

よしなしごと(たわいもないこと)を」

 アルメデはごまかすように古い言い回しをつかい、

「見せるべきものと見せてはいけないもの――」

「カイネ!」

 余計なことを言いかける少女を止める。


「では、わたしたちは共に合格したということでよろしいですか」

 キルスが話題を変え、アルメデは、ほっとした表情になった。

「ええ、この世界では、あまり射撃は必要ないでしょうし、あれだけ闘うことができれば充分ですね」

 アキオを見る。

 彼がうなずいた。


 美少女は振り返ってタルド山を見上げる。


 火口からそびえる灰色の樹は、溶けるように空中に消えつつあった。

 山を螺旋らせん形に取り囲んで、都市シテを溶岩から守ったグリムの黒い壁も地面に吸い込まれるように消えていく。


 アルメデは、小声で何かつぶやいてから耳に指を当て、キルスたちに告げた。

「報告によると、グレイ・グーによって火口付近の溶岩は冷却され、グリムが新しく発見した地底空洞にマグマを逃がすことで内圧を下げたため、地震や再噴火の心配はなくなりました。地熱発電もすぐに再開されるようなので、イフ城(シャトー・ディフ)の電力も心配ありません。また、研究施設として補強されているこの城は、あの程度の揺れに影響はされていないはず。ですから、先ほどいいましたように、あなたたちは、残りひと月あまりで身辺整理をしておきなさい」

「わかりました」

 カイネが頭を下げ、カイネがそれに続いた。

「では、失礼します」

「待て」

 少女を伴って、背を向けるキルスにアキオが声を掛けた。

 振り向くふたりの前で、アーム・バンドを操作する。

 ナノ・マシンの制限を解除したのだ。

「これでいい」


 今度は軽く会釈するだけで、キルスとカイネは手をつないでジャンプする。

 壁の上を走ると、向こう側に飛び降りた。


「手をつないでいましたね」

 ふたりの姿が消えるとアルメデが言う。

「ああ」

「今日で、長年における気がかりがひとつ解決したようです。今回の噴火は、ひどい災害でしたが、少しは良い面もありましたね。アキオの活躍で人的被害もゼロですし」

 本来なら旧市街では、もっと被害が大きかったはずなのだ。


「では、戻りましょう」

 少女の言葉で、アキオは手にした噴射杖ロケット・ケーンを一振りして伸ばすと、ステップに足を掛けた。


 アルメデが背伸びして彼の首に手を掛けて抱きつく。

 初め、低周波のジェット音を響かせたケーンは、すぐに甲高い音となり、ふたりの身体は空に舞い上がった。


 月明かりの(もと)都市シテに向けて矢のように飛んでいく。

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