488.斬撃
「では、ふたりとも、旅立つまでに我が国の高速学習システムで戦闘技術も学んでおきますように」
アルメデが、ふたりを立ち上がらせて言った。
「はい」
「おそれながら」
今度は、キルスはすぐに返事をしたが、カイネが反論する。
「宰相――キルスさまに、それは必要ないかと」
「その意味は?」
アキオに話しかけようとしていたアルメデが振り返る。
怪訝な表情で眉をひそめている。
「そのままの意味です。女王さま。キルス・ノオトに戦闘訓練は必要ありません」
きっぱりと言い切った少女は、小さな声で、わたしにもですが、と付け加える。
アルメデがアキオを見た。
彼は無反応だ。
彼女は、諭すようにふたりに言う。
「もちろん、ナノ強化を行えば、どんな土地に出かけても危険はないでしょうし、普通の人間や魔獣に負けることはないでしょう。しかし、あなたたちの任務から考えて、人間離れした能力で他者を圧倒するのではなく、人間らしい戦闘技術で勝つことが必要になると思われます」
「それは理解しています」
カイネの言葉に、アルメデが興味深そうに微笑む。
「つまり、キルスもあなたも、強化無しで人並みに闘えるということですね」
もちろん、彼女はそれを信じていない。
キルスとは、120年以上の付き合いになるが、彼の経歴に軍事教練の4文字はなかったし、士官学校に通った記録もない。
そういった、荒事の経験なしに、王位継承権第36位であった彼女の後見として王宮に入り、ずっと政治畑で過ごしてきたはずだ。
つまり、彼に武闘派の痕跡は一切ない。
アルメデは、顎に手を当てて思案した。
「キルス?」
やがて、彼女は問うように名を呼んだ。
「仰せのままに、高速学習を受ければよいのでしょうが――」
青年は、彼女が初めて見る良い表情になって応える。
「カイネを嘘つきにはできません」
「メデ」
アキオが声をかけ、美少女がうなずいた。
キルスに、手にしていた噴射杖を短くして投げる。
青年は鮮やかな手つきでそれを掴んだ。
アキオも、無言でコートから避雷器を取り出して一振りして伸ばす。
「説明は不要ですね。キルス、カイネの言葉を行動で証明してくれますか。わが王と、ナノ強化を行わずに人間らしく闘って、1分後にあなたが立っていれば信じます」
アルメデの言葉に青年はうなずいた。
「わかりました」
アキオが、アーム・バンドに触れてナノ・マシンに制限を掛ける。
キルスは、噴射杖を手に、避雷器をだらりと下げた彼と向き合った。
視線が交錯する。
いきなり戦闘が始まった。
素晴らしい踏み込みで、キルスのケーンがアキオの肩口を襲う。
半身を引いて、彼はそれを避けた。
その動きのまま、避雷器が横薙ぎにキルスの胴を切り裂く。
キン、と澄んだ音が荒んだテラスに響いた。
斬撃から素早く戻したケーンでキルスがそれを防いだのだ。
すぐに背後に飛び退ったふたりは、2メートルの距離を置いて再び対峙する。
ともに、手にした細身の武器から、盾と大剣を用いたこの世界の戦い方でなく、素早く剣先を振るう細身長剣としての戦闘スタイルとなっていた。
お互い、右回りに緩やかに移動しつつ、兆しを伺う。
アキオの唇が、柔らかく吊り上がるのを見て、
「まあ」
アルメデが、思わず可愛い声を上げ、慌てて口を手で覆った。
それが、滅多に見せない彼の喜びの表情であることを知っているからだ。
いま、わが王は戦いを楽しんでいる。
戦いを見守るふたりの少女は、ナノ強化を使わない動きのため、そのすべてを見ることができ、交わされる剣戟のひとつひとつが洗練された動きであることを理解していた。
アキオが鋭い踏み込みを見せて、キルスの胸を刺突する。
ケーンでそれを斜めにいなしたキルスは、体を沈めるとアキオのわき腹を斜めに切り上げた。
鋭く身体を回転させ、数ミリの距離でそれを躱したアキオに、伸びあがるようにキルスが斬撃を放つ。
盾を持たない戦いのため、アキオはパラトネでそれを受けた。
弾かれると同時に、キルスがケーンを返し、再び斬撃する。
キン、キンという鋭い音が少女たちの耳を刺していく。
キルスがさらに撃ち込みの速度を上げ、金属音が連続音に近くなった時、彼はケーンの軌跡を変え、鋭く踏み込むとアキオの首を刎ねる形で薙ぎ払った。
アキオは、それを眼で追いながら、僅かに首を捻って避けると、大きく身体を回転させて、起死回生の一撃を狙って外され、体の泳ぐキルスの首元にパラトネを撃ち込んだ。
当たる直前で止める。
「参りました」
キルスの言葉で、アキオはパラトネを彼の首元から外した。
「ちょうど一分でしたね」
リストバンドを見たアルメデが微笑む。