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487.漂泊

「アルメデさま」

 キルスが膝をつき、カイネもそれにならった。

「ふたりとも、無事でなによりです。しかし――」

 美しき元女王は、硬い声で続ける。

「勘違いしてはいけません。あなたたちがひざまずくのは、わたしに対してではなく、わがヌースクアム王に対してです」

「そこにこだわるな、メデ」

 アキオが言う。

「メデ?」

 カイネとキルスが同時に声を出す。

 それを聞いて、アキオは軽く首を振り、アルメデも額に手をやって嘆息たんそくした。

「どうして、みな、その呼び名に過剰な反応をするのでしょうか」


 が、すぐに短髪ショート・ヘアを揺らし、顔を上げて命じる。

「立ちなさい」

 その言葉に、まずキルスが立ち、カイネに手を貸して立たせた。

 それをみてアルメデが微笑む。

「仲がよくてなによりです」


「よろしいでしょうか」

 キルスの言葉に彼女がうなずく。

「この障壁バリアは?」

「数年前、ドミニスたちが無断でこの城の施設を利用しようとしたことがありました。その時に計画し、結果的に中断したものを、あなた達が住むと決まってから秘密裏ひみつりに完成させたのです」

「わかりました」

 キルスがうなずいた。


 その後しばらく、四人の間に沈黙が降りた。


 アキオとアルメデはともかく、イフ城(シャトー・ディフ)のふたり、とくにカイネは、アキオに対して、どう話をすればよいか、見当がつかなかったのだ。


 ほんの数か月前に、彼を殺すためだけに、世界を巻き込んだ戦いを起こし、その結果、彼の仲間を消滅させ、彼自身も3か月の眠りにつかせたのだ。

 

 何か言うべきなのはわかっているが、言葉が出てこない。


 謝罪、言い訳、あるいはただの挨拶、そのどれもが、この場と、彼らの前に泰然たいぜんと立つ黒服の男に掛けるべき言葉に相応ふさわしいとは思えなかった。


 だが、当のアキオに、そのような逡巡しゅんじゅんはない。

 そういった気まずさを飛び越えて、あっさりと少女に話しかける。

「カイネ」

「はい」

 硬い表情で少女が応えた。

「久しぶりだな。前に会ったのは、トルメアの王都だった」

 少女はさらに言葉につまる。

 あの時も、彼女の態度は決して友好的ではなかった――はずだ。

「元気そうでなによりだ。キルスもな」

「ありがとうございます」

 彼は軽く会釈する。

 アキオは、それで会話は終わった、とでもいうように口を閉じた。


「ヌースクアム王」

 カイネが思い切ったように口を開く。

「アキオでいい」

「アキオさま。ドッホエーベの件――」

「それはいい」

 アキオは少女の言葉をさえぎる。

「終わったことだ」

「しかし――」

「カイネ」

 アルメデが口を開く。

「もうやめなさい。わが王は過ぎたことには、(こだわ)らない方です」

「ですが――」

「カイネ!」

「はい、もうしわけありません」

 アルメデは、少女の謝罪を聞いて、ひと呼吸おくと続ける。


「しかしながら、わたしは、わが王ほど寛容(かんよう)ではありません」


 彼女は鋭い視線で二人を見る。


「あなたたち、先ほどは、逃げようともせずに、ここで死ぬつもりでしたね」

「――」

 無言のままのふたりに、きっぱりと彼女が告げる。

「そんな楽はさせませんよ。あなたたちには、やってもらわなければならないことがあるのですから」

「いまさら何を?」

 それには答えず、アルメデは周りを見渡した。


イフ城(シャトー・ディフ)に、直接的な被害はありませんね。火山活動は収まりましたし、この溶岩壁ラバ・ウォールも、ほどなくグリムで取り除くことができるでしょう――キルス、カイネ、ふたりに尋ねます」

「はい」

「あなたたちが、いま、まとめている書物は、あとどれぐらいで形になりますか」

 いきなりの質問に二人はうつむいた。

 にわかに答えるには難しい質問だ。


 が、さすが実務に慣れたふたりだけあって、すぐに顔をあげ、アルメデに告げる。

「ひと月あれば、一段落します」

「わたしもそうです」

 アルメデは、笑顔でうなずいた。

「では、あなたたちに、今から2カ月後に発令される新しい命令を与えます。今はわたしの私的な言葉に過ぎませんが、あとでニューメア女王から正式な通達がされるので、王命だと思って聞きなさい」

「はっ」

 再び、ふたりはひざまずいた。


「2カ月後より、あなたたちは、イフ城(シャトー・ディフ)を出て、流れ傭兵(ヴェイグラント)となって、アラント大陸全土を訪ね歩くのです」

流れ傭兵(ヴェイグラント)……」

 キルスがつぶやいた。


 それは、ニューメアから、この世界に広がった数少ない地球語の一つだ。


 その名のとおり、特定の傭兵団に所属せず、各地を流れ歩いて、その時々の魔獣討伐や戦闘に参加する独立した(インディペンデント)傭兵だ。


 なぜ、突然、彼らにその命令が降りるのかは不明だが、噂に聞くその仕事は常に危険と隣り合わせであり、かつ一般的に根無し草(ヴェイグラント)の生活は厳しいため、戦犯への罰としては妥当(だとう)なものと思われた。


「そう、流れ傭兵(ヴェイグラント)です」

 アルメデはもう一度言い、

「この数カ月、大陸の様々な場所で、わたしたちの制御コントロールから離れたナノ・マシン、グレイ・グー、ギデオンおよび未知の生物の活動が激しくなっています。グレイ・グーとグリムにその調査をさせていますが、生身の人間が関係していると、あの者たちだけでは手の届かない分野も多くなります。それをあなたたちにおぎなって欲しいのです」

「しかし、アルメデさま――」

「これは依頼ではありませんよ。命令です。加えていえば、あなたたちの贖罪しょくざいでもあります」


「わかりました。(つつし)んでお受けいたします」

 (しぶ)るキルスをよそに、カイネが、を低くして答えた。

「キルス?」

 アルメデの問うような視線に彼も頭を下げる。

つつしんでうけたまわります」


 こうして、後に、この世界初の()()()として、吟遊詩人ソラトリスによってアラント大陸全土に語り継がれる、魔獣を退しりぞけ盗賊を捕縛(ほばく)し人々を守る二人の英雄が生まれることとなったのだった。

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