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483.巨樹

「ほ、本当か」

「すぐにわかるさ」

 彼が言葉を言い終わらぬうちに、都市の上空、かなり近い場所で、いくつもの火山弾が破壊された。


 おそらく、都市のどこかにいるアルメデが、アカラが撃ち漏らした火山弾を、P99で破壊したのだ。


 それにしても――

 アキオはタルド山を見上げた。

 なおも、不気味な震動は続いている。

 そろそろ地震を止めないと、さらに被害が拡大する可能性がある。

「アカラ、状況報告」

「グレイ・グーによる噴火制御は進行中、まもなく冷却フィンが形成されます」

「わかった」

 アキオは、横たわるマドロンのそばに膝をつく少女に声を掛けた。

「ミレーユ」

 見る間に手足が再生されていく友人の姿に眼を見張る少女は、その表情のまま、アキオに顔を向けた。

「これから少し騒がしくなるが、驚くな」

 そう言い残すと、アキオは、少女たちから離れる。


 グリムの情報によって被災者の位置を知り、次々と救出していく。


 素晴らしい速さで瓦礫がれきを、破壊、撤去して、ピンポイントに助け出すのだ。


 幸い、頭部にダメージを受けた者はおらず、アミノ酸プールが必要なほど重要臓器バイタル・ゾーンを損傷した者もいなかった。


 ほとんどの者が、ナノ・マシン治療を必要とせず、体内のグレイ・グーによる()()()()で回復可能な怪我だ。



 20組29人を助け出した時、大気たいきを引き裂くような、バリバリという激しい音がひびいた。


 凄まじい勢いで、巨大な灰色の円柱が、タルド山の火口から夜空に向かって伸びていく。

 

 膨大な量のグレイ・グーが空を移動したことで、今宵こよい、空を覆っていた厚い雲と火山煙は、みごとにぎ払われていた。


 クリアになった視界のもと、月光に照らされながら円柱は空に向かって伸び――


 ボッと音をたて、樹木が枝葉えだはを伸ばすように細かく分かれて広がると、火で焼かれた石のように灼熱しゃくねつの赤色になった。


 タルド山の火口から、赤く光る巨大な樹が、天に向かって生えたのだ。


 新たな伝説が生まれた瞬間だった。



 さらに、火口からあふれだした灰色の霧は、火山全体を覆いつつ都市の反対側に位置する海に流れ込む。

 海面からはげしく蒸気が吹き上がる。


 あらかじめ、アカラから聞かされた情報では、火山内部で発生する水蒸気およびガス等、溶岩以外の物質は海に逃がすことになっていた。


 冴えた月明かりのもと、後に巨樹キヌカヌと呼ばれたそれは、海から発生した水蒸気を身にまとって、その姿をさらに幻想的なものに変えていく。


「あれはなに?」

 背後からの声に、振り返らずにアキオがこたえる。

「火山内部の溶岩の熱をつかんで移動させ、空中と海中に逃がしたんだ」

 振り向くと、ミレーユが空を見上げていた。

 その横には回復したマドロンが立っている。

「大丈夫か」

 アキオが声をかけると、目に涙をいっぱいに浮かべた少女が走り寄って抱きついた。

「ありがとう、あんたが助けてくれたんだね」


 瞳を濡らしたマドロンが彼を見上げる。


 ほんの短いつきあいだったが、愛嬌のある陽気で明るい笑顔しか見せなかった少女の涙は、アキオの心に小さく不思議な亀裂を生じさせた。


 だから彼は言う。

「泣くな、君は――」

 アキオは少女の髪をくしゃくしゃとかきまわすと、頭に浮かんだ言葉をそのまま告げる。

「笑顔の方がいい」

「うん……うん」

 そういって、マドロンは、泣き笑いの顔で彼を見る。


「相変わらず、()()()のようですね」

 銀の鈴のような声が背後から響いた。

 だが、いまはその美しい声の上に、どことなく危険な響きが上乗せされている。

「アルメデさま」

 ミレーユが驚きの声を上げ、ひざまずいた。

 マドロンもアキオから離れて膝を着く。

「立ちなさい、わたしはもう女王でも、この国の貴族でもありません」

 それでも動こうとしない二人は、再度、アルメデにうながされ、やっと立ち上がった。


「なるほど、たしかに、ふたりともアキオ好みですね」

 少女たちを一瞥いちべつしたアルメデが小声でつぶやく。


「救出状況はどうだ」

 アキオが尋ねた。

 質問には、アカラではなくアルメデが答える。

「ここが一番ひどかったようですね。あと4箇所かしょほど建物が崩落ほうらくした地域がありましたが、わたしが対処しておきました。いまはペルタ辺境伯の指示で駆けつけた兵士たちが引きついで救助をおこなっていますが、グリムの話では要救助者で、危険な状態の者はいないようです」

「そうか。すると今回の被害は――」

「人的被害はゼロですね」

 美少女がほっとしたように言った。


 20年来、この国の女王であったアルメデは、地球のトルメアと同様、ニューメアの民も愛しているのだ。

「よかったな」

「はい」


 アルメデは、少女たちふたりが、あこがれのこもった熱い視線を自分に向けているのに気づいて言う。

「ミレーユ」

「はい。え、どうしてわたしの名を?」

「アキオから聞きました。追って指示があると思いますが、あなたは、あと少しこの街に留まり、災害救助をしてください」

「わかりました」

「マドロン」

 アルメデに話しかけられた少女は、本人は、はい、と言ったつもりなのだろうが、ひゃい、としか聞こえない返事をして全身を硬直させる。

「身体は大丈夫ですか」

「は、はい。ア、アキオさまのおかげで」

「もう大丈夫だと思いますが、しばらく無理はしないように。()()、特にあなたを気に掛けているようなので」

 そう言ってアルメデがアキオを軽く(にら)む。



 海上から立ち上った蒸気が都市シテに流れ込んで来て、磯の香りがあたりに漂い始めた。


 それがきっかけとなって、彼は心に引っかかっていたことを思い出した。

 アルメデに尋ねる。


「キルスはどうしている。たしか、この辺りの海上監獄にいるはずだな」

「はい、しくも、ニューメア最南端、このタルド山の南にある海上第一収容所、通称イフ城(シャトー・ディフ)に、カイネと二人で暮らしています」

「大丈夫なのか」

 アキオが尋ねる。

 彼らの住まいがそこにあるなら、溶岩を流したり、莫大ばくだいな熱量を海に逃がしたりすれば、ただではすまないだろう。

「大丈夫じゃないですか」

 珍しくアルメデが冷たく言い放つ。

「メデ――」

「メデ!」

 眼を丸くするマドロンをよそに、元女王が続ける。

「あのふたりは、アキオに攻撃を加えた罰として、何かが起こることも覚悟のうえでシャトー・ディフで蟄居ちっきょしているのですから」

 硬い表情で言ってから、いつも以上に愛らしくアルメデが笑う。

「嘘です。シャトー・ディフは、もともと実験要塞じっけんようさいですし、いろいろと備えがしてありますから」

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