482.瓦礫
旧市街を抜け、新市街に入った。
境界線が引かれているわけではない。
ただ、突然、街の区画、建物の様子が変わるだけだ。
ゆったりとした幅広の道路、曲線を多用した23世紀風の建物から、細い通りが縫うように走るコンクリートを用いた21世紀風の建物へと――
旧市街では、いくつか火の手も上がっている。
アキオは、空中でP336を引き抜くと、セレクタ・スイッチで実弾モードに切り替えて燃え上がる炎に向けて弾を撃ち込んだ。
アサルト・バッグを取りにいった際に、あらかじめ弾倉をナノ・マシン弾に変えておいたのだ。
今は、人体に影響を与えず鎮火するようプログラミングされている。
弾丸を撃ち込まれた炎は、一瞬、断末魔のような揺らぎを見せると、考えられない速さで消滅した。
火を消そうと躍起になって水桶のリレーをしていた人々は、突然消えた炎に呆気にとられた後、慌てて救助のために焼け跡に走りこんで行く。
音もなく空を飛びながらアキオは、次々と火事を鎮火していく。
火災は、比較的、街の中心部――新市街寄りで発生していたので集中的に消火することが出来た。
全ての火災が収まったのを確認すると、アキオは建物の倒壊が特に激しい地域へと向かった。
少し離れた、倒壊を免れたビルの谷間の暗がりに降り立つ。
アサルトバッグからライフルを取り出して肩にかけ、走り出す。
災害現場に近づくと、そこには見知った少女の姿があった。
ミレーユだ。
「あ、あんた」
彼より先に少女が声を掛けてきた。
「どうして、ここに?」
「建物が崩れていたからな」
言ってから、アキオは表現を間違えたことに気づき、言いなおす。
「人命救助のためだ」
それを聞いて、ばっとミレーユが彼の腕を掴んだ。
「お、お願い、助けて。ここは――」
そう言って崩れた建物を指さし、
「マドロンの部屋なんだ。今日は、早上がりだったから、もう帰っていたはず」
アキオはうなずく。
酒場からも、彼女の部屋からも離れた場所にミレーユがいる理由が分かった。
話した感じだと、ふたりにあまり接点はないように感じたが仲は良かったらしい。
アキオは、まずコンクリートを破壊しようと、拳を握って一歩踏み出すが、途中でやめる。
破壊した衝撃で、埋もれている人間に被害が出てはいけない。
「グリム」
ためしにアキオは呼びかけた。
全集合体を溶岩処理に回していれば、返事はないだろうが――
「はい、あなた」
すぐに返事があった。
近くに人がいるからか、姿を表さないままだ。
「え、なんだい、今の声は」
驚く少女に構わずアキオが続ける。
「災害救助は可能か」
「集合体のほとんどを火山に回しているから、それはできないわ。ごめんなさい」
「気にするな。では、この付近の倒壊家屋の中にもぐりこんで、人を捜すことは可能か」
「その程度なら」
「やってくれ」
ミレーユがアキオの袖を掴む。
「今のはなんだい。それに、あなたって――」
少女の言葉に重なって、インナーフォンにギデオンの声が響いた。
〈一組見つけたわ。女性と子供、座標は……〉
「ミレーユ、来てくれ」
なおも疑わしそうに彼を見つめる少女にアキオは言う。
「瓦礫に人が埋もれている。掘り出すから手伝ってくれ」
ミレーユは表情を険しくするとうなずく。
「わかった」
アキオは、崩れた建物へ向かって走り出した。
グリムの指定した座標に到着すると、大きなコンクリートの塊が覆いかぶさっていた。
「この下に人がいる」
そう言うとアキオは、いきなりライフルを構えると夜空に向けて連射した。
銃声が一発にしか聞こえないほどの速射だ。
上空で、轟音とともに街に落下してきた火山弾が爆発する。
熱のため赤黒く光る岩塊は、破壊されるときに赤い火花を散らして、その見かけは、暗めの花火のように不気味に美しい。
都市の背後にそびえる火山を見ると、火口から、さらに激しく火山弾が吹き出しつつあった。
その数の多さに、駒鳥号による迎撃が追いつかなかったのだろう。
グレイ・グーの総量が足りず、まだ冷却が効果を現していないのだろう。
さらに渦を巻きながら空から降りた灰色の霧が山を包みながら火口を取り巻き始め、人々は、その異様な光景を口々に叫びながら指さしている。
「要救助者の周りを補強することは可能か」
〈その程度なら〉
「やれ」
そう言うと、アキオはコンクリート塊に向けてレイル・ライフルを発射した。
今回は炸裂弾ではなく、ただの弾丸だ。
しかし、凄まじいエネルギーを与えられた弾丸は、巨大なコンクリート塊を粉々にして吹き飛ばす。
現れた壁に手を突き刺すと、軽々と引き起こした。
反対側に倒す。
その下には、娘を抱いた母親らしき女性が倒れていた。
うまく瓦礫の窪みに倒れていたためか、たいした怪我はしていないようだ。
〈ふたりとも軽傷ね。次よ、あなた。男性ひとり、座標は……〉
「ミレーユ、あとは頼む」
そう言い残すと、アキオはグリムの指示で、次々と瓦礫を破壊し、押しのけ、人命救助を続けていく。
その合間も、ライフルを使って飛来する火山弾の処理を行う。
本来なら、重機あるいは硬化外骨格を使わねば、どうしようもない救助作業が、独りの人間の力だけでどんどんと進んでいく。
10組目の救助を行った時――
瓦礫を破壊し、コンクリートの壁を引きはがして目指す要救助者を発見した。
「マドロン!」
集まり始めた人々に助け出した者を預け、自身はアキオについてきていたミレーヌが悲鳴のような声を上げる。
アキオは、あらかじめグリムから聞かされていた特徴から、彼女であることを予想していたので、驚きはしない。
手足の潰れた彼女の状態についても――
「ああ、なんてこと」
呻くようにミレーユが言った。
経歴からいっても、戦闘力から考えても、彼と闘った時の冷静さを見ても、彼女がそんな言葉を発するとは考えていなかったアキオは、意外に思う。
おそらく、少女は、彼ほど精神が殺人機械化されていないのだろう。
それは良いことだ。
「大丈夫だ。死んではいないし、頭は無事だ」
瓦礫から、手足をなくして小さくなったマドロンを引きだしたアキオが言う。
バッグから紫色のボックスを取り出すと、中から、チタン製のアンプル・ケースを取り出して首を折り、眼を閉じたままのマドロンの口に流し込む。
「マドロンは魔法使か」
「魔法使が、酒場で働くわけないじゃない」
彼の問いに、ミレーユが怒ったように答える。
資料にある通り、ニューメアでも魔法使いになるのは難しいようだ。
アキオは、アームバンドでナノ・マシンを最適化して起動する。
ホットジェルの底を押して温め、少女に渡して言った。
「ゆっくりとこれを彼女に飲ませるんだ。10分ほどで彼女の手足は再生する」