481.噴火
「わかりました。ですが――」
アルメデは納得したように頷くが、
「その前に、あなたはひとつ間違っています。わたしは第一王妃、つまり王妃ではありません。第三王妃です」
そう指摘する。
アキオは少女を見た。
おそらく、王妃は彼女で第二王妃はミーナだというのだろう。
だが、それは全部間違いだ。
彼に妻はいない。
表情には出さなかったつもりだが、美少女は彼の考えを読んだように、少しだけ目元をきつくして睨んでくる。
まるで彼女は魔法が使えるようだ。
「俺の声が届くか」
彼の問いに、間髪をいれずにアカラが応える。
「王の声は世界に遍く届くものです」
つまり、彼の命令をアカラがグリムとグレイ・グーに伝えるということだろう。
「グレイ・グーの処理できる熱容量は――」
「アキオ」
彼の言葉をアルメデが遮る。
「ヴルヘイヤのメインコンピュータから詳細データを得た上での、アカラの判断ですよ」
「その通りです。おまかせください。ボスは、ただ、ご命令を」
「ば、ばかな!ニューメアの最新科学をもってしても、噴火直前の火山を鎮める方法などない」
ガラムが納得できない、という表情で叫び、
「アルメデさまのお言葉ですが、やはり、わたしも信じられません」
ドルドも追従する。
彼らには、自分たちこそが、ニューメアの、つまりこの世界最高峰の科学の到達点だという自負があるのだ。
「黙って見ていれば良いのですよ、おじさん」
ルイスが穏やかに横から口をはさむ。
「わたしは、しばらくヌースクアムで過ごしましたからね。我々の科学力は、彼の国には到底及びません。アドハード全ての科学者をすべて合わせても敵わない、緑と銀色の髪をした天才がおられるのです」
グリムの原型、ギデオンを生み出したのはコラド・ドミニスだが、ルイスは、そのことには触れなかった。
王都の透明プラスティックで囲まれた、通称、水晶監獄に収監されているコラドは、ルイスの知り限り、彼らとは疎遠だったのだ。
ヴルヘイヤの振れが激しくなる。
「あと3分です」
「アキオ」
アルメデに促され、彼はハヤブサに向かって命令を発した。
「グレイ・グーとグリムに命じる。火山を鎮め、街を守れ」
「かしこまりました。火山を鎮め、街を守ります」
二輪から、グリムとグレイ・グーの復唱が響いた。
次の瞬間、ひと際大きく塔が揺れた。
スクリーン全面にタルド山が映し出されると、火口から中規模の火山弾が飛び出し、溶岩が溢れるように流れ始めた。
同時に、火山上空、噴火の赤い光に照らされながら、巨大な雲が渦を巻き始め、ドリルのような形になって火口に突入していく。
山の斜面から、巨大な黒い壁が螺旋状に飛び出し、既に流れ出た溶岩を、火山裏側の海に向けて流し始める。
「な、何なのだ、これは」
「我がヌースクアム王の、人ならざる僕たちです」
アルメデが告げる。
「ガラム・ドミニス、ドルド・ドミニス両名には、追ってニューメア女王から処分が下るでしょう。先にここから逃げ出した科学者たちも同様です。それまではペルタ辺境伯が責任をもって蟄居させますように」
言ってから、柔らかな口調になる。
「あなたがたが、わたしを慕ってくれるのは嬉しいのですが、我が身はすでにヌースクアム王のものです」
少女は、自分の父といってよい年齢の男たちに歩み寄り、両名の肩に手を置いた。
二人が膝をつく。
「ガラム、ドルド、わたしは100年を超える人生の大半を国のために使ってきました。もう許して――そして、130年想い続けた方と過ごさせて欲しいの」
「ア、アルメデさま」
「ある事情から、現女王クルアハルカは、この数年、整形を受け、わたしの影武者としてニューメアの政に携わってきました。あなたたちが何度か拝謁したわたしは、彼女だったのですよ。彼女は、ただフロッサール王の娘というわけではありません。長く市井で暮らし、ドミニス一族が味わった苦しみも理解できる人です」
「女王さま」
「今回のこと、ドミニス一族が私腹を肥やすために、権力を欲したとは思っていません。ハルカもそれは理解しています。あなたたちの能力を封じるのは惜しい。これからは、ぜひ、ニューメアのためにその力をつかいなさい。現女王と話をして……」
振り返ったアルメデが、アキオを見る。
彼はうなずくと、AIに尋ねた。
「アカラ、地震による都市の被害状況を」
「新市街のニュー・ハード地区には、ほとんど被害はありませんが、旧市街のオールド・ハード地区では、家屋の倒壊など被害多数……」
「アキオ」
旧市街とは、マドロンやミレーユの暮らす下町のことだ。
「これから旧市街に行く、お前もあとから来てくれ」
傭兵として、正規軍として、彼は数多くの災害処理に当たってきたのだ。
「メデ」
彼が声を掛けると、
「メデ!」
ふたりのドミニスが驚く。
どうして、この国の人間は、いつも同じ反応を見せるのだろう。
不思議に思うアキオに少女が応じる。
「あの窓を破壊します。みな、風に吸い出されないようにしっかりつかまりなさい。ルイス、あとは頼みます」
言いおわるなり、司令室横の強化ガラス製の窓に向かって走り、P99を引き抜きざま連射する。
気圧差でガラス片は中に入らず、全て外に吸い出された。
その風に乗って、アルメデはビルから外に飛び出す。
アキオも、バンドに手をやって髪色と瞳の色、コートの色を変えながら、アルメデの後を追った。
彼が出ると同時に、チタン合金製の非常シャッターが降りて風は止む。
「では、わたしも行きます」
その言葉を残して無人のバイクが部屋を出ていった。
後には、笑顔のルイスと、驚きに眼を見張る3人の男たちが残される――
「メデ」
「はい」
空中で追いついたアキオは、少女の手に噴射杖を握らせた。
「先に行ってくれ、俺は装備を拾ってから行く」
「わかりました」
少女は、短いロッドをひと振りして伸ばすと、杖にまたがって彼から離れた。
コートの裾をはためかして飛んでいくアルメデを見て、アキオもオリーブ・グリーンのコートをフライング・モードに変えて、アサルト・バッグを隠した空き家へ向かう。
空を飛びながら、地上の様子を確認する。
かつての地球の多くの都市がそうであったように、急速に開発の進む、「ニュー」で始まる新市街と、その恩恵の及ばない「オールド」で始まる旧市街は、下部構造の違い以上に、災害対策の完成度に大きな差がある。
今、アキオが目指す辺境伯の屋敷前は、ニューハード中央にあり、地震対策がきっちり行われているためか、倒壊した建物などはなく、火事も発生していない。
だが――彼を昨夜尋ねた酒場のある旧市街に眼をむける。
かなりの数の建物が倒壊し、いくつか陽の手も上がっていた。
飛びながらも、時折、彼の手は閃き、駒鳥号で破壊しきれず、都市上空に飛来する火山弾をP336で、破壊している。
空き家でバッグを手に入れると、アキオは屋根の上を駆けだした。
ひと際高いビルに取り付くと、ありえない速さで自由登攀していく。
ビルの頂上から空中に飛びだした。
再び、コートをフライングモードにして空を飛び始めた。
タルド山を見ると、流れ出た溶岩すべてをグリムが海側に流しているのが見える。