480.具申
ドン、と突き上げる衝撃が都市管理塔ヴルヘイヤを大きく揺らした。
「火山内部に設置された圧力センサーから判断すると、7分以内にタルド山は大規模噴火を起こします」
バイクから響くアカラの声に、ガラムとドルドの顔が蒼ざめる。
「噴火に対する備えは?」
「誰がお前などに――」
アキオの質問にガラムが怒りの表情を見せる。
「アカラ」
「充分とはいえません。火山弾遮蔽ドームは設置されていませんし、流れ出た溶岩を海側に流す溶岩防御壁はレベル2なので、大規模噴火には耐えられないでしょう」
「ということは――」
アルメデの言葉にAIが続ける。
「30分以内に、アドハードの都市は溶岩に埋もれて壊滅します」
少女が鋭い目つきで男を見る。
「ひとつだけ尋ねます。ドルド・ドミニス」
「ははっ」
「火山脈を刺激する前に、なぜ、都市の備えを万全にしなかったのですか?」
「そ、それは……」
地熱発電の責任者は、長身を小さくして言いよどむ。
「お言葉ですがアルメデさま。再生可能エネルギーを使うのはニューメアの国是でした。曇りがちで風の弱いアドハードでは、太陽光ではなく風力でもない、安定したべースロード電源たりえるのは地熱発電だけだったのです」
「答えになっていませんよ」
「計算上、我が都市の地熱発電は絶対に事故を起こさないよう設計されているからです。だから余計な備えは必要ないと考えました」
「それは間違いでしたね」
ミーナによって、失敗回避策を幾重にも施すよう教育されたヌースクアムの者には考えられないミスだ。
アルメデとドミニスの会話を聞きながら、アカラは都市を守るために取り得る作戦を組み立てていた。
並列処理で飛び来る火山弾を打ち落としながら。
最も効果的だが、まず実行不可能な計画は最初に却下する。
だが――
「アカラ、駒鳥号に冷却弾は塔載しているな」
彼女の思考を遮って、アキオが話しかける。
「イエス、ボス」
まさか、と思いながらアカラは答えた。
熱とは、かつて科学者ラボアジェが考えたような熱素というモノが、物質間を移動するものではない。
基本、その物質を構成する分子振動の多寡によって決まるものだ。
振動が激しければ熱く、少なければ冷たい。
熱力学第二法則、エントロピーの増大へ向かって、必ず熱は高温の物体から低温の物体に移動する
よって、分子振動の激しい高熱の物質を、分子振動の少ない極低温の物質に触れさせることで冷却は為される。
分子運動ゼロ、いわゆる0ケルビン、マイナス273度の絶対零度の物質に効率よく熱を移し続ければ、急激に温度を下げることも可能だ。
問題は、噴火しつつある溶岩を冷却するためには、途方もない量の冷却物質が必要なことだ。
冷却対象の温まりやすさ=冷えやすさ、つまり比熱にもよるが、何らかの物質を使って、高温、大量の溶岩を実害がない程度の温度まで下げるのは現実的ではない。
だから、かつて、ナノ・マシン工学者であるアキオは物体冷却に違うアプローチを試みたのだった。
熱は分子運動で、ナノ・マシンは熱で稼働する。
よって、ナノ・マシンを対象物の分子サイズに結合させ、その物質の振動(=熱)にカウンターを当てる形で逆位相に振動させて、エネルギーを相殺し、冷却させる――
もちろん、この次元の古典力学では絶対不可侵である熱力学第一法則、エネルギー保存則によって、この試みは破綻するが、相殺過程で生じる熱エネルギーを分子振動の伝播によって素早く外部に移動させて放熱することは可能だ。
つまり、高温物質に冷却弾を撃ち込んで作動させると、ナノ・マシンがその内部に浸透し包み込むと同時に、あらかじめ設定した方向に放熱針が伸びつつ、そこから熱を強制放散させるのだ。
試してみると、かなり広範囲に効果的な冷却効果が見られた。
これなら使える。
アキオはそう判断し、その弾を、冷却弾として標準装備弾のひとつに加えたのだった。
そして、今、アカラは困っている。
冷却弾は、こういった高温巨大質量を冷やし固める用途には向いている。
だが、今回、冷却弾を火口から撃ち込むわけにはいかない。
M18クレイモア地雷のように設置方向を考えねばならないからだ。
タルド山のすぐ近くに都市があるため、放熱針がそちらに突き抜けないように、溶岩内部に正しく設置して起動させる必要がある。
溶岩の中に入って向きを考えて設置――そんなことは誰にもできない――はずだ。
だから、彼女は次案を考えていたのだが――
アキオが続ける。
「火山内部の溶岩の熱エネルギー総量を推測、それをもとに噴火を抑制できる冷却弾の数を示せ」
「5発です」
「早いな」
もちろんだ。
その計算とシミュレーションをさっきから行っていたのだから。
だが――
「それなら大丈夫だな。俺は6発までなら持つことができる」
「あはは」
思わず、本当に思わずアカラは笑ってしまった。
もしやと思いながら、漠然と予想していた通りの言葉を聞いたからだ。
この方は、わが主は、常に、まず我が身を危険にさらそうとする。
ヌースクアムの奥方さまたちの言われるように、本当に、自らの命に重きを置かない人なのだ。
アルメデが驚いて振り返る。
アカラの声、その女声による可愛く美しい笑い声は、まるで……まるでミーナのようだったからだ。
「どうしました?」
「失礼しました」
アルメデの質問に、AIは不躾を恥じるように詫びる。
「すぐに用意してくれ」
「ダメです」
アカラは主に逆らった。
ドッホエーベ以来、2回目だ。
「駄目か」
怒ることなくアキオが繰り返す。
「どうしたのです」
彼らに近づきながら、再び尋ねるアルメデに、AIはアキオの意図を説明した。
「それは駄目ですね」
アルメデも言う。
「防御服があるだろう」
彼の言葉でハヤブサのサイド・カウルが大きく開いて、中から小型のケースが現れる。
「これを使えば溶岩内でも3分は持つ」
「火口内になんて行かせません」
「他に方法はない」
「考えます」
「時間がない」
珍しく言い争う二人にむかって、アカラが告げる。
「両陛下さま」
「なんだ」
「プランBを具申いたします」
「いいなさい」
「グリムをお呼びください。そして彼奴を通じてグレイ・グーに命令を」
アルメデが、形の良い眉をひそめる。
「今回、わたしたちはキューブを持ってきていません。グレイ・グーもどこにいるのか――」
「失礼ながら、両陛下さま」
アカラが厳かな口調で言う。
「黒の魔王たるヌースクアム王と第一王妃がそろっておられるこの地に、彼奴らが控えておらないはずがございません。どうかご命令を」