479.龍脈
階段が完全に固定解除された瞬間、アキオたちは最後のコーナーを曲がったところだった。
最上階入口までおよそ15メートル。
「メデ、落ちるな」
アキオは前を向いたまま少女に告げると、ステッピング・ジェットで前輪を持ち上げた。
落ちていく床を後輪で蹴り飛ばすようにして最後のジャンプを行う。
腰の捻りを使ってバイクを横倒しにして壁にタイヤを押し当てた
S・Jボタン横のレバーを切り替えて再び噴射すると、今度は180向きを変えてサスペンション上部からジェットが吹き出した。
説明は受けなかったが、ボタンの横に逆転レバーらしきものがついているのを見て、それが緊急時に地面にタイヤを押し付けるダウン・フォースを発生させ、トラクション性能を底上げする機能であることに気づいていたのだ。
タイヤが壁に当たると同時に、フリクションを最大限に上げて車輪を壁面に吸い付かせながら加速する。
バイクは、壁に対してほぼ垂直になったまま、残り10メートルを駆け抜けた。
扉に体当たりして弾き飛ばすと、SJの間欠噴射と身体のひねりでバイクを垂直に立て直して着地する。
再びサスペンションが激しくボトムした。
「ボ、ボス、さすがにそんな衝撃はアクティブ・サスでは吸収できません」
インナーフォンにアカラの声が響く。
「充分だ」
「でも、さすがはボスです。あの瞬間にDFジェットに気づかれるとは」
「形式は違うが、DF装置は軍用バイクの標準装備だったからな」
そう言いながら、アキオはディスプレイを一瞥して、表示された館内図にしたがって、バイクを加速させる。
司令室の扉に向けて、ハヤブサを体当たりさせて突入した。
中に入ると、アキオはバイクをスキッド・ストップさせ、足を着いた。
室内にいた4人の男たちのうち3人は、突如として現れた侵入者に言葉を失う。
そんな中――
「やはり来られましたね、アルメデさま。そしてヌースクアム王」
ひとりルイス・ドミニスだけが、さも当然、といった表情で声を掛ける。
アルメデは、もう一度、目立たぬようにアキオの体を抱きしめてから、形の良い脚を閃かせて地面に降り立った。
これまで彼女が、対外的には決して見せなかったラフで若々しい服装に、ドルドたちは目を丸くする。
「来ていたのですね、ルイス」
落ち着いた声音でそう言ってから、男たちの視線で自らの服装に気づいたアルメデは、さりげなく手首に指を触れた。
美しい身体のラインをはっきり見せながら、しなやかに揺れていた薄手のワンピースが、瞬時にしっかりした生地のいつものナノ・コートに変じる。
スカートの丈が伸び、サンダルがショートブーツに変わった。
「状況説明を」
アルメデが凛とした声を発すると、ドルドとガラムのふたりのドミニスが、わずかに顔を背けて黙り込む中、辺境伯が話し始めた。
ペルタが話をする間も、長周期振動による不気味な塔の揺れはひどくなっている。
叔父たちがかたまったように動かないことに業を煮やしたルイスが、コンソールを操作してデータを表示し、辺境伯の説明を補足する。
「ありがとう、ルイス」
アルメデは、そう言いながらアキオを見た。
「このままでは、タルド山が大規模噴火を起こしてしまう」
彼女の言葉に合わせるように、下から突き上げるように塔が振動し始めた。
それまで黙っていたアキオが口を開く。
「アカラ、まだ繋がっているか」
「イエス、ボス」
「火山弾はどうだ」
「都市に被害を与えそうなものは、全て打ち落としています。ですが、10分後にタルド山が大規模噴火する確率は89パーセント、そうなれば、都市は壊滅するでしょう」
アキオは少し考え、
「ハヤブサを通じて、塔のコンピュータに侵入できるか」
「はい。ミーナさま仕込みの技術とヴァイユさまが作られたアルゴリズムがありますから」
「やってくれ」
「アイアイ」
そのままの状態で停止していたバイクが、コンソールに近づくと、カウルの一部が開いて黒い箱を射出した。
コンソールに張り付いたそれは、表面に付けられたライトを激しく明滅させる。
「侵入しました」
「そんな、完全防御の多重防火壁が――」
ガラムが呻くような声を上げる。
それに構わずアキオが続けた。
「アドハードを中心に半径200キロのニューメアの地図を出せ」
「イエス」
「スクリーンに、現在、把握しているドラッド・リーニエを重ねて表示」
「アキオ!」
スクリーンをみたアルメデが小さく叫ぶ。
「やはり、タルド山脈の地下にはドラッド・リーニエが流れているな。それもかなり基幹部分の川だ」
「つまり、ガラムが流そうとしていた空洞には――」
「高濃度のPSで溢れていた。ストーク館で知ったが、濃度が一定以上高いと、PSは見かけ上物理的な圧を発生する」
「だからマグマを逃がすことができなかったのね。PSはニューメアの計器に反応しないから」
「ど、どういうことなのです」
「エストラで言うマキュラは知っていますね、ドルド」
「はい、ですが、あれは魔法を科学的に説明するために便宜上考え出された」
「フロギストンのようなもの、ですか」
「フロ……」
かつて地球に存在した燃素説など知る由もないドルドに、アルメデはきれいな手を打ち振ると、
「なんでもありません。マキュラ、わたしたちはポアミルズ胞子、PSと呼んでいますが、それは確かに存在します。ニューメアの科学力では探知できないだけで――ガラムがマグマを逃がそうとした空洞は、そのPSによって満たされている。だから、マグマが流れ込まなかったのです」
美少女は説明を終えた。
だが、アキオもアルメデも、口にはしないが、既に気づいている事実がある。
ペルタの説明で分かったが、ドルドがおこなった火山脈刺激だけで、これほどの火山爆発が誘発されることはない。
おそらく、この地殻変動はドラッド・リーニエの異常が関係しているに違いないのだ。
アルメデがアキオをみた。
彼もうなずく。
「大規模噴火をなんとかしよう。街に被害を出すわけにはいかない」
アルメデが微妙な表情を見せて微笑んだ。
「あの娘も住んでいますしね」
「もちろんだ」
ミレーユもそうだが、街には、あの気の良い娘、マドロンも暮らしているのだ。
アルメデが可愛くにらむ。
「あなたが、そういう人だと分かってはいますが、こんな時は、特定の個人ではなく都市の者すべてを救う、というものですよ」
「そうか。それは――すまない」
走り寄ったアルメデが、彼に肩をぶつけて甘える。
「謝らなくていいです。わかってますから」
初めて見るアルメデの姿に、ふたりのドミニスは言葉もない。