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478.登場

固定解除パージ?」

「階段を下に落とすんだ。トラップとしてはよくある手だ」

 すでに階段はグラグラと揺れ始め、ハヤブサは粘土の上を走るように思い通りに動かなくなっている。


〈8秒、7秒、6秒、5秒……〉

 10秒からのカウント・ダウンであるためか、落ち着いたAIの声が、冷静に残り秒数を伝え続ける。


 アキオは、さらにスロットルを開ける。

 超電導モーターが高周波のうなりを上げ、バイクは強烈に加速した。

 わずか20メートルの階段の壁が恐ろしい速さで眼前に迫る。

 アキオは、リヤタイヤを滑らせながら、真横に近くバイクを倒し、眼前の壁にタイヤをぶつけて方向転換させる。

 あまりの衝撃にサスペンションがエネルギーを吸収しきれずにボトムする。

 そういった無茶なライディングを繰り返し、

〈3秒、2秒、1秒……〉

 199階を越え、最後の階段を登り始めた時、

〈パージ〉

 無情な声がホールに響き、一斉に固定解除パージされた階段が200階下へ向けて落下した。




「これはなんですか、ドルド・ドミニス」

 司令室コマンド・ルーム内、壁一面に貼り付けられた巨大スクリーンの半分に映し出される火山噴火を指さして、ペルタ辺境伯が叫んだ。

「この数値から考えると、地下に何か仕掛けて噴火を誘発したようですね。叔父さんたちは、わたしとアルメデさまを待たせて、こんな馬鹿げた計画を企てていたのですか。いったい何が目的なんです」

 辺境伯の隣に立つルイス医師が、スクリーンの端に表示される数値を見て指摘する。

「ルイス――」


 言葉を投げ掛けられた長身、白髪の男の整った顔がゆがむ。


王都モンシェリに対抗するための最終兵器クリア・ランスを稼働させるためには通常の発電能力では足りなかったのだ」

「だからといって、タルド火山帯の地下深くに刺激を与えることの危険性は、以前からわかっていたでしょう」

 そう指摘され、ドルドのこめかみを汗がつたう。


 急速に科学発展を続けるアドハードでは、一年ばかり前から、電力が逼迫ひっぱくしつつあった。

 つまり、必要電力に発電電力が追いついていなかった。


 ここ数か月は、常に綱渡りの運営が続いていたのだ。


 そこへ来て、現女王に対する反抗の証として、盟友ガラムが開発した最終兵器を起動させるための電力がさらに必要になった。


 だから、彼は禁忌タブーの技術に手を染めたのだ。


 彼の所有するドルド地熱発電所のエンジニアたちの間でも、火山帯に刺激を与えて、より大きなエネルギーを惑星から引き出す方法には賛否両論があった。


 賛成するものは、この星の持つ余裕マージン許容値トレランスを大きく見積もって、人が多少刺激を与えても問題ないと主張し、反対の者は、いまだよくわからない地殻ちかく軽々(けいけい)に刺激すべきではないと反論していた。


 結局、ドルドは、発電力増大の誘惑に勝てず、盟友めいゆうのガラムに助力を頼んで、彼の耐熱ロボットで、地下22キロのマグマ(だま)りに刺激を与えさせたのだった。


 結果を急いだ理由の一つに、アルメデ女王がアドハードに来られたことがある。


 彼らドミニス一族が、アドハードを拠点に行おうとしているのは、単なる叛乱はんらんではない。

 彼らは、アドハードを中心とするニューメア南端部を独立国にしようと考えているのだ。


 もちろん、その頂点となるのは()()()()()()だ。


 ドミニス一族の中では、だれひとり――目の前で冷たい眼で彼らを見つめている若きルイス・ドミニス以外は――噂の、黒の魔王の横槍(よこやり)で王位を簒奪さんだつした新女王、旧支配者の娘クルアハルカ・フロッサールを、ニューメアの支配者だとは認めていないのだ。


 彼らの唯一にして至高の王はアルメデ女王のみだった。


 それほど、ドミニス一族の、カスバスへの憎しみは強く、ニューメアへの愛は深かった。


 だから、彼らは、せめて小なりといえどもニューメアから領土をもぎ取って、一国いっこくをアルメデに献上しようと牙をいでいたのだ。


 そこへ、病にせっているとばかり思っていた前女王が、健康そのものの姿でアドハードへやって来た。

 

 そして女王自身が、どういう脅迫、あるいは洗脳を受けたのか分からないが、甥のルイスとともにフロッサールの娘の肩をもって、王都モンシェリへの反抗を抑えるように、ペルタを説得し始めたのだった。


 そこで、彼とガラムは、アルメデとの面会を引き延ばすと共に、これを好機ととらえ、アルメデ女王を負担をかけない程度に軟禁し、独立計画を前倒しにしたのだった。



「どうするんです。データを見る限り、もうすぐタルド山が噴火するように見えますよ。都市シテのすぐ背後の山が噴火すれば、アドハードの市民2万人も無事では済まないでしょう」

 ルイスが言いつのる。


「心配しなくてもいい」

 それまで黙っていたガラムが口を開いた。

 小柄だが、よく光る眼が印象的な50代の男だ。

 GD工業(インダストリ)を、この20年で立ち上げた立志伝中りっしでんちゅうの男でもある。

「その意味は?」

「この程度の、溶岩圧力の波打ち(サージ)なら何とでもなる」

「ガラム……」

「お前は慌てすぎだ。わたしがこういったケースを想定していないと思っていたのか」

「そ、そうか」

 そういうと、男は、コンソールに向かって数値を打ち込む。

 スクリーンに、火山の地下断面図が拡大表示される。

「この――」

 ガラムの言葉で、矢印が表示される。

「マグマ(だま)りの横の巨大空洞に、耐熱掘削機(くっさくき)が配置してある。もちろん、無線は届かないため、あらかじめ打ち込んだプログラムによって動いているわけだが、それに従って、もうすぐ壁に穴を開け、マグマの圧を空洞に逃がし始めるだろう。これで噴火は抑えられる」

「そううまくいきますか」

「見ていればいい」

 その時、スクリーンの端に警告が表示される。

「それは何です」

「気にしなくていい、塔前のゲートに配置したガーディアンが一斉に停止したとの報告だ。ありえん。誤作動だ。電波障害の影響だ」

 そう言って、ガラムは警告コーションを消去した。


「それよりこれだ。いま隔壁が破壊された。これで圧が――」

 突然、スクリーンに表示される圧力が急上昇し、それに呼応するように、塔が揺れ始めた。

 究極の免震めんしん装置、AIアクティブ・ダンパーとジャイロ・スタビライザーでも吸収しきれない揺れだ。

 塔全体に、けたたましいアラートが響き始める。


「数値で見る限り、マグマが空洞に流れ込まず、逆に空洞からの圧を受けているように見えますね」

 ルイスが冷静に言う。

「落ち着いている場合じゃない。何らかの手を打たないと、大規模噴火が起こってアドハードは全滅するぞ」

 辺境伯が叫ぶ。

 ほぼ同時にドルドも叫んだ。

「アルメデさま……は、お前の屋敷におられるのだな。ならば地下シェルターに避難されたな」

「ああ!」

 辺境伯が悲鳴のような声を上げる。

「あの方は、夕方から萌黄海岸コート・ヴェルトに出かけておられます。アキオさまと一緒に」

「なんだと、黒の魔王と共にか。なぜ、最優先で迎えに行かなかった」

「まさか大噴火が起こるとは思わなかったのです」

「すぐに萌黄海岸コート・ヴェルトへガーディアンを救助に向かわせる」

 そう言って、コンソールに向かうガラム・ドミニスに向かってルイスが言う。

「その必要はないでしょう」

「なぜだ!」

 彼の叔父二人が同時に叫ぶ。

「叔父上、わたしはアルメデさまの強さを知っていますし――なにより、ヌースクアム王が共にいるなら、死ぬ方が難しいでしょう」

「馬鹿なことを。ドッホエーベか?あんなものはただの噂だ」

 ルイスは、軽く肩をすくめる。

「違いますよ。わたしは、この噴火も彼が()()()()()()のではないかと思っています」

「それで、その奇妙な落ち着きようか」

 吐き捨てるようにガラムが言う。

「もうすぐ、自分で、ご覧になられるでしょう」

「何だと」

「あなたたちは、火山の状態表示にばかり眼がいっているようですが、さっきからスクリーンの端に、非常階段に侵入者有りと、表示が出ています。噴火警報(アラート)のやかましさに、侵入警報も消されてしまっていますし――」

 ガラムは慌てて画面端の表示に目をやった。

 そこには、

全階段オール・ステアーズ固定解除パージ済〉

と表示されている。

「これは……」

 ガラムが言いかけると、いきなり腹に響く轟音と共に扉が吹っ飛ぶ。


 それと共に、見知らぬ男と敬愛する女王が、見たことのない乗り物に乗って飛び込んできたのだった。

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