477.分離
門前広場が、一瞬、昼間のように明るく輝く。
AIによって放たれた銃弾とレーザーは、8体のロボットに全弾命中した。
城内で使われることが前提であるため、固形電池と非火薬系武器のみ搭載しているガーディアン・ロボットは、爆発も発火もせずに停止する。
「派手ね」
アルメデが、大きな眼を瞬かせながら呆れたような声を出した。
「ドッホエーベの教訓から、シジマさまが詰め込めるだけの武器を搭載されましたから」
開いた数十のカウルが閉じると、塔を見上げながらアキオが言った。
「外部から最上階の司令室に侵入できるか」
「入手し得る資料より、推定される司令塔の防御態勢は、主に外部からの侵入を想定して監視、迎撃するように設計されています。よって、外部からの侵入成功確率は、光学迷彩を使用しつつ完全静音で壁を登れば54パーセント、噴射杖使用時は2パーセント――」
「時間がない。登攀は却下だ。内部はどうだ」
「非常用階段を使えば、成功確率は45パーセント」
「それを使う」
「塔内地図を転送します」
メーターのスクリーンに案内図が表示された。
「つかまれ、メデ」
アキオはアルメデに呼びかけると、アクセル・グリップを捻って門をくぐり、塔の入り口へと続く、広くなだらかな階段をハヤブサ改で登り始めた。
AI制御のアクティブ・サスペンションのおかげで、ほとんど振動を感じることなく塔の入り口へと到着すると、バイクごと塔内部に侵入する。
静電制御で内部の空気を閉じ込めているため、入り口に邪魔な扉はない。
アキオは、正面にある、女性型アンドロイドが立つ受付を無視して、その奥のエレベータ・コーナーに向かった。
待機状態で、扉があいたままのエレベータに、バイクごと乗り込む。
手許のレバーで後輪の摩擦力を減らし、ハンドルできっかけを作ってやると、腰を入れてアクセル・ターンした。
タイヤから煙を上げて、ハヤブサは入って来た方向を向いて停まる。
「86階へ」
アルメデが、このエレベータで到達できる最高階を命じた。
「わかりました」
塔内AIが応え、シュッと扉がし閉まると、わずかな加速感を与えながら上昇を始める。
20秒ほどで扉が開いた。
エレベータ・ホールへ走り出たアキオは、再びバイクのリアを滑らせ、90度ターンを行った。
ここまでが低層階で、さらに上に行くためには高層階用エレベータに乗り換えなければならない。
高層階直通エレベータは、安全確保のためか、エントランスホールには設置されていなかったのだ。
だが、これより上の階へ向かうエレベータの表示パネルには、すべて故障中のサインが表示されていた。
アキオは、マップに眼をやると、再びバイクをターンさせ、エレベータ・ホールを走り出た。
通路を走り、いくつかコーナーを曲がって、壁に擬装された扉の前で停止する。
足をついた。
「アカラ、拳銃はあるか」
彼の言葉でタンク部分が開き、中から銃把が顔を覗かせる。
引き抜くとP99だった。
アキオは、手早く状態を確認すると、スライドを持って、肩越しにアルメデに差し出した。
「今から非常通路を使って、200階の指令室にいく」
「はい」
「資料によると、途中、侵入防止のための銃器が設置されているようだ。破壊してくれ」
「わかりました」
「アカラは、メデのバックアップを」
「アイアイ」
「では、いく」
そう言うと、アキオは、バイクで壁に体当たりした。
扉がふっとんで、中に入ると、そこは白いプラスティック素材でできた非常階段ホールだった。
20メートル四方の広い吹き抜けの壁に沿うように、3メートル幅の階段が付けられている。
即座に向きを変えたアキオは、ハヤブサで階段を駆け上がり始めた。
20メートル走るごとに90度向きを変えながら登っていくと、3つめのコーナーを曲がった時に、アルメデの銃が高周波の音を発した。
P99のパルス・レーザーを放ったのだ。
同時に、壁にとりつけられた対人兵器が煙を上げて沈黙する。
アキオにしがみついてライディングの邪魔をすることなく、しっかりとしたニーグリップで上体を保持して的確に射撃している。
やはりアルメデは優れた指導者であるとともに戦士でもある――そう評価したとたん、彼女は銃に安全装置をかけて、きつくアキオに抱き着いた。
しばらくそのまま彼にしがみつき、再び武器が見えると、彼から身体を離して射撃する。
その繰り返しだ。
「メデ、わざわざ俺につかまらなくても――」
「これでいいんです。いえ、これがいいんです」
すました声でアルメデが言う。
その間も、素晴らしい速度でハヤブサは階段を登り続ける。
もうすぐ180階という時、角を曲がったとたんに、小型ミサイルが飛んできた。
20発はある。
威力は抑えてあるのだろうが、高層の塔内で発射するなど有りえない防御システムだ。
アルメデは、ミサイルはすべて撃ち落としたが、武器本体を攻撃できなかった。
このままでは次弾が発射される、と思った時、ハヤブサのライト下部からレーザーが放たれ、ミサイル・ランチャーが沈黙した。
「ありがとう、アカラ」
「どういたしまして」
アルメデの謝意に、珍しくAIが軽口で応える。
190階を越えると攻撃がなくなった。
残り10階だ。
「どうしたのでしょう」
アルメデが尋ねる。
階段の幅は3メートル、つまり20メートおきにある、3Rのコーナーを、タイヤの摩擦力を最大限に上げ、強靭な筋力でバイクを抑え込みながら登り続けるアキオが応えた。
「わからない、最上階付近の情報はなかった」
「最高機密でしょうから」
「そうだ。だが、俺が設計者なら――」
アキオの言葉を遮るように、非常階段内に不気味で無機質な声が響き始めた。
〈全階段固定解除します。残り時間10秒……〉
アナウンスを耳にしたアキオが言う。
「同じことをするだろうな」