476.噴火
海の中にいて錆びたりしないのか、などとは尋ねない。
ナノ・コートはもちろん施されているだろう。
「アキオ、これは」
アルメデが尋ねる。
「アカラに用意させておいた」
出かける前に簡単に命じただけだが、優秀なAIはきちんと命令を実行してくれたようだ。
さすがの彼も、海から現れるとは思わなかったが。
ふたりの前でマシンが停まる。
黒のフルカウルに包まれ、差し色のオレンジがアクセントになった、それ自身が精密機械の塊のようなマシンだ。
カウルに何かアキオには読めない文字が描かれている。
「話せるか」
アキオの呼びかけにすぐに返事があった。
「イエス、ボス。太陽フレアによる通常通信途絶のため、ソリトン波を用いた近距離通信で駒鳥号とつながっています」
「こいつは」
「ラピィさまからの依頼で作った、シジマさまのとっておき、です。もとの車体の詳細データは消失していますが、名称はハヤブサということです。ヌースクアムで復元、改造され、現在の名前はハヤブサ改となっています。搭載されている超電導モーターによる0-400m加速は――」
「スペックはいい、タンデム用に変形してくれ。後ろにアルメデが乗る」
「アイ、ボス」
「アキオ!」
二つの声が交錯した。
アルメデがアキオに抱きつき、二輪のスポーティなリアが変形し、シート部分が伸びる。
アキオはシートにまたがった。
大型のバイクだが、シートと股の間にはかなり余裕がある。
腰を下ろすと、サスペンションが稼働し車体が沈んだ。
スピードメーターとタコメーターは、オーソドックスなアナログ・メーターで、その間のインフォメーション・パネルには各種情報が表示されている。
パネル下の蓋が跳ね上がり、複数のインナーフォンが現われた。
それを耳に差し込みながら、
「メデ」
少女の名を呼ぶ。
「はい」
返事と同時に、サンダルを履いたアルメデが、拡張されたリアシートに飛び乗った。
形の良い足が閃き、スカートの裾が美しく揺れる。
彼の腰に手を回し、嬉しそうに背中に頬を当てた。
「やっと後ろに乗せてくれるのですね!」
叫ぶように言う。
彼女にとっては、彼がクープアと戦うのを見て以来、抱き続けた願望が叶った瞬間だ。
アキオは、胴に回されたアルメデの手にインナーフォンを握らせる。
「アドハードの管理塔へ向かう」
「はい!」
アルメデの良い返事を聞きながら、ハンドルのアクセル・グリップを捻った。
体重を前にかけて前輪を押さえたが、ナノ・タイヤによるトラクションの良さと超電導モーターの馬力が相まって、悍馬のように前輪を持ち上げる。
強引に腕の力で抑え込むと、バイクは、車一台通るのが精一杯の細い未舗装路を稲妻のように駆け始めた。
強化されたアルメデの体力と反射神経ならば、加減速、コーナリングとも、彼が気を遣う必要は一切ない。
縦2灯のライトで薄暮の道を切り裂きなら、凄まじい速さでバイクは走っていく。
ヘッドライト横、斜めに切れあがったポジションライトが、名の通り猛禽類の目のように輝いていた。
スカートが風にはためき、美しい太腿まで露わになるが、アルメデは気にしない。
酔ったような表情で、幸福そうにアキオの体温を感じている。
「お前はどこにいる」
アキオは、アカラに話しかけた。
「ステルス・モードで、アドハード上空、高度5キロを半径2キロで旋回中です」
「状況説明を」
「3分20秒前、アドハードを中心に震度6程度の揺れが見られました。推定されるマグニチュードは8.5、震源は都市直下24キロと推定されます――が、得られる数値の多くが、自然発生の地震でないことを示しています」
「つまり――」
「はい、つまりタルド火山帯に何らかの刺激を与えて生み出された人工地震という可能性が高いということです」
「そうか」
アキオの眼が、わずかに細められたのは、強く吹きつける風のためではない。
「アキオ」
会話を聞いていたアルメデが彼の胸を撫でた。
彼女は、アキオの母の故郷が地震兵器によって海に沈められ、流浪の民になったことを知っている。
「地震による津波の心配はありません、が、タルド山の大規模噴火の可能性は95パーセントです」
見上げると、小さく噴火を続けるタルド山が赤く光る火山弾を徐々に遠くへ飛ばし始めていた。
「いいですか、アキオ」
アルメデがインナーフォンを通じて彼に話しかける。
「かまわない」
「アカラ、高度1キロまで降下、搭載火器を用いて、都市に被害を与えそうな火山弾をすべて破壊しなさい」
「アイ、マム」
直後、ドン、と腹に響く音がした。
都市背後の山から、数十もの鮮やかな光の尾を引いて、火山弾が都市に向かって落ちていく。
それに対して、都市上空から現れた駒鳥号から、鮮やかに白い光の針が連続で発射され、空中で火山弾を破壊していく。
「アカラ、ステッピング・ボタンはどこだ」
「ステッピング・ジェットは、スターター・ボタンの下です」
「掴まれ、メデ」
そう言うなり、アキオはボタンを押した。
前輪のサスペンションの下から、短くジェットが噴出され、踏み台に乗ったように二輪が宙を舞った。
新しい仕掛けとして、従来の、地面を金属で突くパルス・ロッドの代わりにパルス・ジェットを採用したのだろう。
使い勝手は悪くない。
地上3メートルを飛ぶハヤブサ改の下を、ジルベスタが運転する車が走り抜けていく。
辺境伯の命で、彼らを迎えにきたのだろう。
空中にいる間、アクセルグリップを戻していたアキオは、着地と同時にグリップを捻った。
リアから着地したハヤブサは、軽く蛇行しながら加速し、光にあふれる都市部に入っていく。
道路が舗装路に変わると同時に、車が増え始めた。
完全自動運転化が為されていないアドハードでは、いたる所で地震による事故が発生していた。
斜めに停まった車が進行を妨げ、その間を、恐怖にひきつった顔の人々が逃げ惑っている。
空に、赤い尾を引いて飛来する火山弾を指さしながら。
アキオは、その間を右に左に縫い、時にはSJを使って車の屋根の上を走りながら、凄まじいライディング・テクニックで、都市中央部に位置する管理塔ヴルヘイヤに向かう。
駒鳥号で読んだ資料によると、アドハードの都市機能全てを一元管理しているのがヴルヘイヤなのだ。
おそらく、ペルタもそこにいるだろう。
ほどなく管理塔ヴルヘイヤに到着する。
塔へ向かう門に人影はない。
衛兵たちは、火山爆発の恐怖で逃げ去ったのだろう。
かわりに巨大な影が8体、ハヤブサの前に立ちはだかる。
ガーディアン・ロボットだ。
ペルタと連絡がつくまで、彼らは不審者として攻撃されるだろう。
アキオは空を仰いだ。
飛来する火山弾が増加しつつある。
今は時間が惜しい。
「アカラ」
バイクを停め、地面に足をついたアキオが呼びかける。
「アイ」
「武器は塔載されているな」
「もちろん」
「ガーディアンを排除してくれ。攻撃は任せる」
「アイ・サー」
返事と当時に、ハヤブサ改の人の乗る部分以外のカウルが細かく開き、一斉にレーザーと銃弾が四方八方へ発射された。