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047.共感

誤字、脱字報告ありがとうございます。助かっています。

 ミーナの指示にしたがって、港町から離れた場所に接岸する。


「これからの予定だが」

 岸に上がったアキオが言った。


 ナノ・マシン操作で眠り続けるシアの右腕を、馬車の改造にも使ったコクーンで包み込む。

 眠らせているのは、その方が回復が早いのと、腕の欠損を自覚させないほうが後々(のちのち)の精神衛生に良いからだ。

 肉体を失った場合、マシンで完全に回復させても妙な幻肢痛(げんしつう)に悩む場合がある。

 実際に肉体があるのに幻肢とは不思議な話だが、脳は時におかしな錯覚を生じさせるのだ。


「シュテラ・ミルドまで6時間かかる。強行するべきか」

「どこかの街で一度休む方が良いと思うわ」

 ミーナが提案する。

「行きは急いだから直接来たけど、帰りは、けが人もいることだし急ぐ必要もないでしょう」

「どこがいい」

「あまりシュテラ・バロンに近いのも良くないだろうから、シュテラ・ゴラスの街がいいと思う。ここから80キロ。あなたたちの足で2時間足らずね」

「ウサギ、いやピアノは知っているか」

「はい」

 眠るシアの額に手を当て、見たことのない優しい表情を見せる灰色髪(アッシュグレイヘアー)の少女がアキオを見上げて答える。

 その姿はなぜかアキオの胸を打つ。


「どんな街だ?」

「きれいな街です」

「清潔、ということか」

「違うわよ、アキオ。とりあえず行ってみれば?危険な場所でないことは、わたしが請け合うわ」

「よし、行こう」

 すでにミーナはこの世界の少女たちから様々な情報を得ているようだ。


 ピアノがアキオのコートで包まれたグレーシアの胸元をしっかりと閉じ、丁寧にフードの中へ桜色の髪をしまってやる。

 先ほどからの、シアに対する妙に優し気な態度の理由をピアノに尋ねようとして、

「何も聞いちゃだめよ」

 インナーフォンのミーナの声に止められる。


 アキオはグレーシアを横抱きに抱いた。

 身体強化をしているので、細い少女の体重などまったく問題にならない。

「行くぞ」

 振り返って灰色に戻ったコートをまとう少女を見ると、彼女はうなずいた。

 アキオに続いて走りだす。


 一時間半後、予定より早くアキオたちはシュテラ・ゴラスの街についた。


「これは――」

 街を囲む15メートルほどの高さの塀に立ったアキオはつぶやく。

「すごいでしょう?」

 自慢気な声でミーナが言う。

「前に来た時も思いましたが、やはりきれいな街ですね」

 ピアノもつぶやく


 彼らの眼前に広がるのは、いわば、水晶の街だった。

「近くに石英、つまり水晶を豊富に産出する鉱山があるらしいの」

石英クオーツか」

「見える範囲でマップを作ったわ。とりあえず行きましょう。ここにいて目立ってはいけないし」

 時刻はまだ昼過ぎだ。

 門の上に作られている見張り台からは遠い位置だが、だれが塀を見上げているかわからない。


「では行こう」

 アキオと少女は、塀を飛び降り、軽々と街の中に着地した。

 あたりに人影はない。

「左に進んで」

 ミーナの指示に従って人気の少ない路地をつたって宿屋街に向かう。

「このあたりに宿が集まっているわ」

「待っていろ」

 少女たちを路地に置いて通りに出たアキオは、適当な宿屋を見つけ、三人二部屋の部屋をとる。


 青水晶亭ブルー・クリスタルというその宿は、代表者の通行文を確認するだけで、それ以外のうるさいことはいわなかった。


 鍵を受け取り、部屋に入ったアキオは窓から路地へ飛び降りると、少女たちのもとへ向かい、グレーシアを抱いて宿に戻る。

 窓から部屋に入った。

 少女をベッドに寝かせる。


 気が付いて、ポケットから出した髪飾りを枕元に置いてやった。

 ピアノは玄関から入り、受付の前を通って階上に上がって来る。

「ピアノ」

「はい」

「適当にグレーシアの服を買ってきてくれ」

 アキオは、少女に金を渡した。


 ピアノが出ていくと、彼はグレーシアのコートを脱がせて椅子に掛けた。

 彼女の腕を見る。

 コクーンの中で、ほぼ腕は再生されていた。

 コートを着せる時も見たが、左腕にはグレーのリスト・バンドが巻かれている。

 ナノ・マシンの検査で、体の他の部分に傷がないことを確認した。


 全裸の少女にシーツをかけてやる。

 アキオは、荷物からホット・ジェル・ボトルを3本取り出してテーブルに置いた。

 早く飲ませたいが、それは服を着せてからの方が良いだろう。


「アキオ、彼女の腕の(あざ)だけど……」

 ミーナが問う。

「操作して消した」

「その方がいいわね。これで髪の色を変えれば、彼女が女公爵(パドリエ)であると誰もわからなくなる」

 ドアがノックされる。

「入れ」

 扉を開けてピアノが入ってくる。

 腕には大きな袋を抱えていた。

「シアに服を着せてやってくれ」

「分かりました……あ、アキオ」

 アキオがアーム・バンドを操作して、シアの目を覚まそうとすると、ピアノが彼の腕に手をかける。

「どうした」

女公爵パドリエさまが目を覚ました時、アキオが傍にいてあげてください」

「なぜ?」

「お願いします」

 よくわからないまま、アキオは、シアのベッドの横にひざまずき、ナノマシンに命じて少女を起こした。

 グレーシアは、しばらく(まぶた)痙攣(けいれん)させるように動かすと、ぱっちりと目を開く。

 青灰色の瞳の焦点が合い、アキオを見つめる。

「シア、もう大丈――」

 言葉を言い終える前に、少女がアキオに抱きついた。

「アキオ、アキオ、アキオ、アキオ――」

 何度も何度も名前を呼ぶ。

「夢ではないのですね」

「ああ」

「どうして……」

 そういって、少女は周りを見回す。

「ここは……船では?」

「シュテラ・ゴラスの宿だ」

「シュテラ・ゴラス……」

 言いかけて、はっと少女は自分の腕をとりまくコクーンを見る。

「それはもういらないな」

 アキオがアーム・バンドに触れると、シュバっと音がしてコクーンが消えた。

 あとには、何も傷のない少女の腕が残るだけだ。

「アキオ……」

「とりあえず話はあとだ。ピアノ、服を着せてやってくれ。そのあとはホット・ジェル・ボトルだ。わかるな」

「はい」

「では、グレーシア、あとでな」

 そう言い残してアキオは部屋を出ると向かいの自分の部屋に入った。


 ベッドに横になる。

「ピアノに任せて大丈夫だったか」

 アキオは、ピアノがグレーシアに反感らしきものを持っていたことを思い出した。

「いつの話をしているの」

 ミーナが笑う。

「もうピアノは女公爵さまにメロメロよ」

 ミーナが、例によってわざと古臭い表現を使う。

「どういうことだ」

ピアノ(あの娘)は、グレーシアの言葉を聞いちゃったから」

「言葉?」

「アキオが艦隊攻撃をするために通信を切った後の言葉よ」

 リスト・バンドが拾った会話をピアノも聞いていたらしい。

「よくわからないが、それで仲が良くなったのか」

「相変わらず何もわかってないのね……まあ、それで間違いないわ」

「なら、いい」


 ドアがノックされる。

「入れ」

 体を起こしてベッドに座ったアキオが応えた。

 扉が開いてピアノが入ってくる。

 続いてグレーシアだ。

 シュテラ・ミルドの時と違って、ピアノの服に似た清楚な感じの衣装を身に着けている。

 髪には髪飾りをつけていた。

 ホット・ジェルが効いたのか随分と顔色がよくなっている。

 本来なら、ヒート・パックを使うか、風呂にいれてやればよいのだが、今は出先であるから、それはかなわない。


「よくなったか」

「はい」

 そういうなり、シアはアキオの膝にすがりついた。

「ピアノさまから聞きました」

 元女公爵(パドリエ)から「さま」付けで呼ばれたピアノがくすぐったそうな顔をする。

「あなたがわたしを救い出してくださったと。そして、腕も……」

「君が必要だったからだ。他意はない」

「アキオ!」

 インナーフォンにミーナの非難がましい声が響く。

「それでもありがとうございます。わたし――」

 そういって、言葉を止める。

 礼を言うときに名乗るべき身分と名を無くしたことに気づいたのだ。

「もうわたしは、女公爵パドリエではありませんが……」

「そうだな」

 アキオは、アーム・バンドに触れる。

 グレーシア女公爵パドリエの髪が桜色から黒髪に変わった。

 髪型も前髪を伸ばして、緩く流した感じにする。

「ありがとうございます」

 自分の髪に触れた少女は頭を下げ、

「もうひとつ、よろしいでしょうか?」

「なんだ」

「名前をお付けください。わたしの新しい名を」

 アキオはうなずく。これからどうやって生きていくにせよ、新しい名前は必要だ。

「ユスラウメ」

「え、サクラじゃないの!」

 ミーナが驚いて叫ぶ。

「彼女の髪は桜色なんだろうが……俺は日本の桜を見たことがない」

 ミーナはハッとする。

 アキオが物心つく前に日本は大国間の地震兵器実験によって海に沈み、日本人は世界に散らばったのだった。


「俺には彼女の髪色は、ダルンザドガドで見たユスラウメの色に見える」

「ああ、ゴビ戦線……モンゴルの――でも名前としては少し……長くない?」

「では、ユスラ」

「ユスラ――素敵です」

 少女はもらった言葉を抱くように胸に押しいただいた。

「どんな意味があるのですか?」

 ピアノが尋ねる。

「俺の世界の樹の名だ。彼女の髪と同じ色の花を咲かせる――」


 確かに山桜桃ゆすらうめはユスラとも読み、花はピンク色だが、その性質は頑健で、耐寒性・耐暑性、病害虫にも強いという側面があり、上級貴族のシアとはまるで――そこまで考えてミーアは思う、彼女の精神力の強さ、頑固さと案外合っているかもしれない……。


「家名は?」

「平民として生きていくなら家名は必要ないかもしれませんが……」

 考え込むユスラに、アキオは言う。

「慌てることもないだろう。新しい通行文つうこうもんを手に入れるまでに決めればいい」

「わかりました」

 黒髪の美少女はにっこり微笑む。

「それと、ユスラ」

「はい」

「今後は、言葉遣いに気をつけろ」

「あ、はい。わ、わかりました」


 続いて、アキオはインナーフォンの音声をスピーカーフォンに切り替え、ユスラにミーナを紹介した。

 例によって、ミーナはたちまち少女たちと良好な関係を築く。

 アキオは、ユスラのグレーのリスト・バンドを本人の希望で桜色に変えてやる。

 予備のインナーフォンも与えた。


 聞きたいことはたくさんあるが、とりあえず彼は、娘二人と遅めの昼食をとるためゴラスの街に出ることにした。

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