467.映像
身体の各所を触って、隠し持った武器を奪っていく。
スイッチひとつで毒の仕込まれた刃の飛び出す指輪、含み針、口紅銃、髪留め爆弾、次々と出てくる。
それらの装備は、明らかに地球の諜報員装備を参考にしたものだ。
おそらくカイネが用意したのだろう。
ひと通り調べたアキオは、最後にミレーユを仰向けにすると、無造作に胸をつかんだ。
普段の彼からは考えられない行為だ。
何回か胸を押し触ってから手を離す。
いきなり攻撃が来た。
指を槍の穂先状に揃えて突きを放ってくる。
指先から長く伸びたつけ爪が、彼の眼を襲う。
ミレーユの爪が、毒を射出する攻撃用の人工物であることは知っていたが、身体を傷つけずに取り去ることができなかったので、放置しておいたのだ。
仕方がないので、手首をつかむと、アキオは指で爪を弾き飛ばした。
つけ爪ごと、すべての生爪がはがれた痛みに、さすがの諜報員も悶絶しかかる。
唇を噛んで、何とか意識を保った様子の彼女に、アキオは言った。
「そろそろやめないか」
ミレーユは獣のようにうなり声をあげ、叫んだ。
「よくも、人に無断で胸を揉んだわね」
「君は俺に断りなく殺そうとした」
言ってから、アキオは、つかんだ手首を差し上げて少女を上に跳ね上げると、首を持って壁に押しつけた。
胸を調べたのは、地球型の女性諜報員によく装備される胸部銃が仕込まれていないかを調べるためだ。
胸部銃は、乳腺を取り去って代わりに機械を埋め込み、血液中のカルシウムを弾丸とし、生体ガスによって胸の筋肉操作のトリガーで打ち出す武装器官だ。
アキオ自身、地球時代、武装解除したつもりの女性諜報員から痛い眼を見せられたことがある。
もちろん、今の彼ならまったく脅威にはならないが、胸部銃のもう一つの機能、自裁装置として使われないように装置の有無を調べたのだ。
ミレーユの胸は、女性らしい弾力を保っていた。
つまり改造されていない。
だから、彼は安心して彼女と向き合うことができた。
「俺は、ニューメア王国から正式に依頼を受けてここにきている。敵ではない」
彼の言葉も聞こえない様子で、ミレーユは唸りを上げ続けて暴れ続けている。
眼には怒りの鬼火が燃えていた。
人間というより、人に慣れない野生動物を相手にしている気がする。
「君はニューメアの諜報員だな」
「違う!」
ミレーユは言下に否定した。
「あたしはアルメデさまの工作員。フロッサールの小娘の手先じゃないわ」
「君はまだ十代だろう。カスバス王国から迫害を受けたことはないはずだが」
「あたしを雇ったのはアルメデさまよ。それを、あの方のご病気をいいことに、前王の娘が国をのっとった。なんとしても、アルメデさまに国をお返ししなければ……」
アキオは、改めてミレーユを見た。
流れる栗色の髪、茶色の瞳、おそらく諜報員に相応しい整った容姿なのだろう。
さらに、反射神経および運動能力も素晴らしいが、潜入工作員に相応しい教育をうけていないようだ。
諜報員としては思考が単純すぎる。
と、いうことは――
「ミレーユ、君には仲間、指示を与える人間がいたはずだ」
「うるさい、早く殺しなさい」
吠えるように叫ぶ。
これほど直情的な怒りをぶつけられるのは久しぶりだ。
アキオは少し考えると、ミレーユを壁に突き飛ばして一歩下がり、拳を繰り出した。
ほぼ殺すつもりのストレートだ。
少なくとも、そう思えるように拳を放った。
あまり速度を上げてはいないが、風をつんざく音が路地に響く。
「――」
アキオの拳は、叫びを上げかけて口を開いたミレーユの鼻の手前、数ミリで止まっていた。
拳の風圧で栗色の髪が千切れんばかりに乱れる。
ミレーユは、大きく目を開け、唇を震わせて、壁に背をつけたまま徐々に地面にくずおれていった。
野性的で本能に従った戦いが得意な彼女であればこそ、今この瞬間、死が拳の形をとって肉薄したことを感じたことだろう。
ペタンと地面に座り込んだ姿は、先ほどまでとは違い年相応の少女に見える。
野獣めいた少女が、やっと静かになった。
アキオは彼女の前に膝をつく。
「もう一度いう、俺は敵ではない」
アーム・バンドに指を走らせながら続ける。
「さっきは、ニューメアの依頼といったが、俺はアルメデのためだけにここに来た」
「女王さまを呼び捨てにするんじゃないわよ」
アキオは、口元を僅かに緩める。
「そう呼ばないと、彼女の機嫌が悪くなる」
そう言いながら、少女に見えるようにアームバンドの向きを変えた。
ディスプレイ部分が発光し、落ち着いた調度品に囲まれた少女の姿が映し出される。
「アルメデさま!」
ミレーユの目に力が蘇り、彼の手を掴んだ。
ディスプレイを顔に近づける。
小さな画面に映し出された短髪の美少女が、申し訳なさそうに話し始めた。
「アキオ、この間は、シルバ城を途中で抜けだしてごめんなさい。いま、わたしはハルカに頼まれて、ニューメアのアドハードに来ています。この地の人々が叛乱を起こそうとしているの。何とか説得できればいいのだけれど――わたしの身は常にあなたと在りますが、ニューメアの人々もわたしの大切な民なのです。ああ、あなたの顔が見たい、声がききたい。少しでも早く解決して戻りますので」
そういって、頬を染め、
「たくさん可愛がってくださいね」
スクリーンが暗転する。
ミレーユが、呆然とした表情でアキオを見た。
「彼女が俺に送ってきたメッセージだ。もう一度言う。俺はアルメデの味方だ。だから、君の敵ではない」
「アルメデさまは、ご病気ではないの」
「俺と暮らすために、王位をハルカに譲っただけだ」
「信じられない、でも、今のは確かに……」
アキオは、葛藤する少女を見つめる。
これでダメなら、何らかの形で――おそらく拷問になると思うが――ミレーユの口から、あと2人いる他の諜報員の居場所を吐かせなければならないのだ。
やるとなれば、彼に躊躇はない。
やがて、ミレーユは肩の力を抜いた。
「どうやら、本当のようね」
そういうと、少女はさっと立ち上がった。
手足の震えは、すでに止まっている。
「もっと話が聞きたい。とりあえず、あたしの部屋に来て」
そういうと先に立って人気のない裏通りを歩き始める。
「まだ完全に信じたわけじゃないからね」
振り返って彼を見ながら言う。
「さっきの話、あんた、アルメデさまの……」
「保護者だ」
「嘘をいうんじゃないわよ。あの方の顔、言葉、あれはぜったいに――」
はっと何かに気づき、少女の顔が険悪になる。
「アルメデさまというものがありながら、あんた、あたしの胸を揉んだわね」
「そうだな」
説明が面倒なのでアキオはそう答える。
「まったく、男って、最低」
横をむいて小声でそうつぶやくと、
「二度とするんじゃないわよ」
きつい調子で叫ぶように言った。
「もちろんだ」
間髪をいれずに答えた彼に、ミレーユが拍子抜けの顔をする。
「まあ、あんたが強いのは確かね。こう見えても、あたしは、デランジャの免許持ちなんだから」
「デランジャ」
「知らないの」
不満そうに言う。
どうやら、この世界では一般的な知識のようだ。
「ニューメアに3つある格闘の流派よ」
話しながら、少女は、右に左に折れる迷路のような路地を通って、とある建物に入った。
階段を上がっていく。
3階で階段から廊下に出て、少し歩くと鍵を取り出して扉を開けた。
「入って。ここがあたしの部屋よ」