464.権謀
「地球語だな」
今になって、アキオはラートリがニューメア語を話していないことに気づく。
ニューメアの言語は、基本的に地球語をベースにしているため、違いを判別しにくいのだ。
「はい、ニューメア語は、ほぼ地球語と同じなのですが、こちらの世界にない地球独特の単語を使いながら説明をさせていただいた方がご理解していただきやすいと思いましたので」
アキオがクルアハルカを見る。
「わたしもこの数カ月で地球語を学びましたので」
彼はうなずいた。
「続けてくれ」
ラートリが話し始める。
「まず、第一に、今回の王位継承は、平和裏に行われたため、アドハード以外の地域で表立った反対運動は起きていません」
「王位継承の理由は何だ」
アキオが尋ねる。
そのことをアルメデから正式に聞いていなかったことを思い出したのだ。
「アルメデさまの、ヌースクアム王とのご結婚による退位――」
アキオは眼を動かしてクルアハルカを見た。
「と、正直に発表しようとされるアルメデさまをなんとか説得して、女王ご病気療養のため、という形にしていただきました」
ラートリが、さらりと言う。
婚姻による女王の退位は、この世界では一般的なのだろうか。
少なくとも、彼の生きた時代の地球ではあまりなかった。
それに、アルメデと結婚する、というのは事実と違う気もする。
そう考えて彼はうなずく。
「妥当な判断だ」
「はい、正直に発表するには、アルメデさまは国民に愛され過ぎておられましたから」
「だが、ここ数年のメデは君だった」
「はい」
少女がうなずく。
「それは仕方がありません」
彼の言葉の意味に気づいて彼女が言った。
皮肉なものだ。
延命措置のタイムリミットが迫りアルメデが昏睡に陥る中、代わりを務めていたのは彼女だ。
事実が知らされていないとはいえ、実際に国民に愛される対象であった前国王の娘が、正式な女王になったとたんに、反発を受けているのだから。
「続けてくれ」
彼に促され、再びラートリが話しだす。
「アドハードにおいても、当初は特に問題はなかったのですが、ここ2カ月ほどの間に、現女王クルアハルカさまに反旗を翻す声が高まってきたのです」
「王都から戻ったドミニス一族が主導しているのか」
「そのようです。女王さまが即位されてから、王都を離れた者は少なくありません。入手したデータによると、20年前アドハードを離れたドミニス姓のものはおよそ8家族50名、現在、その多くの者が主要産業と国政に関係していますが、この数か月で、ほとんどのものが職を辞し、あるいは拠点をアドハードに移しています」
「ペルタ辺境伯は身内か」
アキオが、アルメデを軟禁しているというアドハードの大物の名を出す。
「違います。しかし、アドハードは自由地域ですので――」
アキオはうなずいた。
ニューメアは、管理地域と自由地域に分かれていると聞いている。
管理地域は、その名の通り、王国直轄の土地で、その地域を治める管理官も国によって送り込まれた者が務める。
対する自由地域は、地球でいうところの民主地域で、住民の選挙によって管理者が選ばれるのだ。
「ペルタは、ドミニスの後押しで管理官になった、か」
「はい」
「ドミニスのトップは誰だ」
「ガラム・ドミニス、GD工業の会長です」
ラートリの言葉に、クルアハルカが続ける。
「GDIは、ニューメアにおけるロボット産業の主要企業です。高い城のガーディアン・ロボットもGDI製です」
「そいつが首謀者か」
「はい。おそらく。ガラム・ドミニス、そしてもう一人、主要発電産業トップのドルド・ドミニスの二人が今回の叛乱の首謀者だと思われます」
アキオはしばらく黙った後、言った。
「他の地域では、叛乱の気運は高まっていないんだな」
「はい」
地球時代、アキオは、傭兵として、あるいは正規軍の兵士として、幾度か叛乱を鎮圧したことがあった。
思い出したくもない汚れ仕事だ。
政権に反旗を翻すものへの対処は、大きく分けて二つ。
一つは、国全体として叛乱の気運が高まっている場合、見せしめとして一罰百戒、その地域を苛烈に完膚なきまでに罰して、他の地域への戒めとするやり方。
だが、局所的な叛乱なら、もう一つ方法があったはずだ。
地球でよく行われた手法で、きな臭い噂が立ち始めた時点で工作員を送り込み対処させるやり方だ。
その手の技術に長けていた、権謀術数の大国サイベリアには、消壺と火口という凄腕の工作員がいた。
だれもその姿を見た者はなく、単なる噂だとも言われていたが、アキオはある事情から彼らを知っていた。
これから燃えあがりそうな火種――叛乱運動の中心人物を、暗殺を含めた方法で消し去って運動を抑える消壺と、さらに不満分子を煽って火を大きくし、最終的に軍の力によって叩き潰させる火口のふたりだ。
その時々の状況に応じて、彼ら自身の判断で、どちらが行動するかが決定していた。
サイベリアの消壺と火口は世襲制で、彼が出会った時には二人とも若い女だった。
「潜入工作員がいるはずだな」
かつての経緯から、アドハードが危険地域だと分かっていたはずだ。
優秀なカイネがそれを放置するはずがない。
「はい、ですが、彼らによる暗殺も扇動も行いません」
「なぜだ」
「アルメデさまがお嫌いだからです」
「そうか」
あっさりとアキオはうなずく。
アルメデが嫌いなら仕方がない。
「では行く」
その後、こまごまとしたアドハードの地政学状況、一枚岩でない権力分布の状態などの情報を与えられたアキオが立ち上がった。
王都からアドハードまではおよそ500キロ。
それほど遠くはない。
「どうやって行かれますか」
クルアハルカが心配げに尋ねる。
「駒鳥号で付近まで行き、そこからどうするかは、その時点で考える」
「お話したように、牧歌的な街であったアドハードは、この2か月で科学都市に変貌しています」
「わかっている」
要するに、アドハードには、これまでのこの世界の街とは違って、科学的な防衛装置および武器が備えられている。
つまり――地球における軍事国家潜入と変わらないということだ。
「何の問題もない。それに――」
アキオは表情を変えずに言った。
「俺は顔を見せにいくだけだ」