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463.石像

 アキオは、階段タラップの先に立っていた衛士に導かれ、緑豊かな庭園を歩いていく。


 駒鳥号ルージュゴルジュを着陸させても充分な広さがある空中庭園だ。

 人工の川が流れ、小さいながらも湖のある庭には、大きな石像がいくつもそびえ立ち、傾きかけた陽光に照らされて長い影を作っていた。


 ()()彼の足が止まる。


「ようこそ、高い城(ハイキャッスル)へ」

 立ち止まり、石の巨人を見上げる彼の背に声が掛けられた。

「お懐かしいでしょう?ヌースクアム王、アキオさま。たしか、クープアでしたか」


 振り向いた彼の前に、少女が立っていた。

 クルアハルカだ。

 少し離れて衛士たちが控えている。

 彼を迎えに出向いてきたらしい。


「知っているのか」

 彼が再び像を見上げて問う。

「ええ、聞いていますよ。アルメデさまは、わたしの姉とも呼ぶお方ですから。あの方のために、あなたが旧式の二輪オートバイで倒した巨人ですね」

「特に、()()()()()では無かった」


 クルアハルカが彼に向かって近づく。

 その眼が少々きつい。

 胸が触れるほど近寄ると、顔を上げ彼を見た。

「あの方の前で、それはおっしゃられませぬように。ただ、お前のために闘った、と」

「わかった」

「はい!」

 少女は晴れやかな笑顔になって彼から離れる。


「アルメデさまは、わたしにとって憧れの方です。悲しそうなお顔は見たくありません。笑顔が見たい。キィは――」

 そう言って少女は目を閉じ、

「アルメデさまの容姿を盗んだ、と気にしていましたが、わたしなら気にしません。もし、女王クルアハルカとしてではなく生きていけたなら、あの方の姿のままでよかったのです。ですから、いまはなるべく、内面だけでもあの方のようであろうと心がけています」

 アキオはうなずいた。

 聞いていた性格、口調と違うのはなぜかと、会った時から不思議に思っていたのだが、その疑問が氷解した。

「それはともかく、です。ミーナがいっていたように、本当にアキオさまは女心おんなごころ(うと)い方ですね」

 そう言うと、少女は彼に先だって小径こみちを歩き始める。


 影武者であった頃の名残なごりか、アルメデに似た歩き方だ。


「ミーナと話したのか」

 その後を歩きながら彼が尋ねる。

「しばらくの間、行動を共にしていましたから」

 少女は立ち止ると、少し離れた湖の中ほどに浮かぶ上半身裸の女神像を指さした。

「あれがミーナです」

 言ってから、彼の表情を見て初めて気づいたように尋ねる。

「この庭園の話は気いておられませんか」

「空中庭園で警備ロボット(ガーディアン)と闘った話は聞いた。庭の詳細しょうさいは聞いていない」

「そうでしたか」

「ミーナはあれを見たのか」

「そううかがっています」

 少女は、アキオと並んでミーナクシーの像を見上げた。

「彼女、美化しすぎだって苦笑していたと――」

 笑いながら隣に立つ彼の顔を見上げたハルカの言葉が止まる。


 アキオの顔。

 そこに特別な表情は浮かんでいなかった。

 しかし、彼女は、なぜか胸に迫るものを感じて言葉を失ったのだ。


「アキオさま……」

「行こう」

 今度は、彼が先に立って歩き出し、少女が慌ててそれを追った。


 (おだ)やかな陽がさす小径こみちの左右には、オレジ色の花をつけたククレノの木が並び、かぐわしい香りが風に乗って漂っている。


「あそこです」

 クルアハルカが指し示す先には、ジーナ城の庭園のものと似た東屋(あずまや)が見えていた。


 彼女は微笑(ほほえ)み、

「似ている、と思われたでしょう。もちろん、ヌースクアムの東屋をしたのです。お聞き及びのこととはおもいますが、怪我を負ったわたしは、医師とともにジーナ城へ(おもむ)き、治療を受けていました。その時に、あの場所で皆さまと食事を共にさせていただいたのです」


 少女は、東屋の手前で立ち止まり、彼を見た。

 アルメデに似た金色の髪が陽の光を浴びて輝く。

「先ほど、お初にお目にかかります、と申し上げましたが、わたしはアキオさまの眠られる姿をジーナ城で見ています。アルメデさまが、いかに素晴らしいか、また、あなたがどれほどヌースクアムの女性から慕われておられるかも――」

「その医師というのが、今回のルイス・ドミニスだな」

 クルアハルカの言葉を聞き流して彼が言う。


 少女は、ふっと息を()くと東屋の下のテーブルを示した。

「おかけください。詳細をお話しします」


「今回の事件ですが」

 東屋の椅子に腰かけると、少女が話し始めた。

「通信でもお話ししたとおり、現在、アルメデさまは、アドハードの管理官、ペルタ辺境伯の屋敷に軟禁(なんきん)されておられます」

 この世界の辺境伯は単なる辺境地の貴族という意味で、地球でいうような国の実力派ではない。

「部屋の外に出ることが可能だときいたが」

「言葉が足りませんでした。アルメデさまも、ルイス医師も自由に街を出歩くことはできます。しかし、護衛と称する複数の監視をつけられていて、アドハードの者と接触ができなくなっているのです。もちろん、街を出ることも許されていません」

「解放の条件が、俺が出向くことか」

「はい」

「詳細を」

 少女がうなずく。

「わかりました。ラートリ」

「了解いたしました、女王さま。お初にお目にかかります。ヌースクアム国王アキオさま」

 クルアハルカの言葉で、東屋に女性の声が響いた。

 少し幼い感じの声だ。

 柱の陰に設置されたスピーカーから流れているのだろう。

「アキオでいい」

「わかりました。わたしはラートリ、アルメデさまによって生み出されたAIです」

「話は聞いている。ミーナをモデルにしているそうだな」

「あの方には遠く及びませんが、その通りです」

 アキオはうなずいた。


 ニューメアの政務の一切を取り仕切っていた宰相キルス――中身はカイネだが――が、孤島に蟄居ちっきょさせられた今、影武者であったクルアハルカが国を回すのは容易ではない。

 おそらく、政務のほとんどをラートリが行っているのだろう。

 アルメデの話だと、表にでることはなかったものの、システムの裏にいて、国の状態は常に把握はあくしていたそうなので、大きな問題は生じていないようだ。


 いくつかある問題のうちの最大のものは、彼を抹殺まっさつするために莫大な予算をつぎ込んで進めていた武器開発計画(プロジェクト)が、いきなり中止あるいは保留ペンディング状態になったことによる混乱だ、とメデから聞かされていた。


 要するに、ニューメアにおける内政問題は、軍所属の科学研究所と工場、そこで働く労働者の雇用問題が主だったものだと彼女は言っていたのだ。


 だからこそ、今回のような一地方の叛乱はんらんというのが彼には意外だった。

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