459.叛乱
「出してくれ」
アキオが言うと、弾けるように東屋の前に透明スクリーンが出現し、一瞬、接続画面が表示された後に、人の姿が浮かび上がった。
金色の髪に澄んだ青い瞳。
アルメデと同じ髪の色と瞳の色の少女、だがアルメデではない。
立ち上がったアキオが、スクリーンを見つめて言う。
「クルアハルカか」
「はい。朝早くに申し訳ありません。お初にお目にかかります。ヌースクアム王、アキオ・シュッツェ・ラミリス・モラミスさま。わたしはクルアハルカ・フロッサール、今はクルアハルカ・ナム・カスバスと名前を変えておりますが、どうか、あなたさまは、アルメデさまやキィと同じくハルカとお呼びください」
そう言って、ニューメアの新女王は、形よくお辞儀をした。
身を起こすと、アキオの背後に目を向けて、軽くうなずく。
おそらく彼の後ろに立つキィに向けたものだろう。
「アキオでいい」
「わかりました。アキオさま。ご存じでしょうが、わたしは最近までアルメデさまと同じ容姿をしておりましたが、いまは元の姿に戻っておりますので……お目汚し失礼いたします」
「謙遜するな、君は美しい」
アキオの言葉に、少女たちがあやうく声をあげそうになるが、かろうじてそれを抑え、それぞれが肘でわき腹をつつき合う。
「ありがとうございます」
「要件は」
「はい。実はアルメデさまに問題が発生いたしました」
アキオが目を細める。
「命にかかわることか」
「いえ、それはないと思います。そもそも、あの方の命を脅かすことは難しいかと」
「説明してくれ」
「はい」
クルアハルカが話し出した。
ニューメア南部に、アドハードという辺境地があり、そこに住む一族がニューメアに対して叛乱を起こそうとしているのだという。
「叛乱」
アキオがつぶやく。
ニューメアの科学力を持ってすれば、一地方の叛乱など力で抑え込むのは容易なはずだ。
そんなアキオの気持ちを察したのか、少女が言葉を継ぐ。
「お気持ちはわかります。ですが、新生ニューメア王国としては、これまでのように臣民を力で押さえつけるようなことはしたくないのです。偶々、内政上の問題を相談させていただくために、お越しいただいていたアルメデさまが、それを知られて――」
「その地に出かけた、か」
「はい。わたしの信頼する医師を伴われて」
ハルカの表情、言葉で、その医師が誰をさすのか彼は気づく。
「ルイス・ドミニスだな」
ルイス医師とは会ったことがある。
彼の治療補助医として、つい先ごろまでヌースクアムに滞在していたのだ。
あのコラド・ドミニスの血縁者とは思えない温厚な男だった。
ハルカとは恋仲であるとキイから聞いている。
「君の顔色がすぐれないのは、それが理由か」
さっと女王の顔に赤みがさした。
「お恥ずかしいところをお見せしました」
「なぜドミニスが一緒に」
「アドハードは、20年前にドミニス一族が捨てた故郷なのです」
アキオはうなずいた。
目覚めてから受けた報告によって、ドミニス一族が、数年間続いた飢饉が原因で、追われるように、地方から王都に出てきたということは知っている。
その南部の地方というのがアドハードという場所なのだろう。
「しかし、今は、その多くの者がニューメア王国で功成りとげた後、故郷に帰り、アドハードの意思決定に深く関わるようになっています」
「だから、君は強く出られないのか」
クルアハルカ・フロッサールは、名前からわかるように、かつてのカスバス王エーリヒ・フロッサールの娘だ。
「はい。調べを受けたコラドの証言からもわかるように、ドミニス一族は、旧弊なカスバス王国から、標準言語以外の言葉を話すというだけで辛酸を嘗めさせられた者たちです。彼らは、過去の因習の全てを変えたニューメア王国を愛していますが、カスバスは憎んでいます。当然、カスバス王であった父エーリヒ王と、その娘であるわたしも恨んでいるのです」
「君は市井で育ったと聞いた。傭兵、月鬼姫の娘として」
「はい」
少女は、輝くような笑顔を見せた。
「アルメデさまの想い人であらせられるアキオさまが、母の名をご存じだとは思いませんでした。母はわたしの理想であり、誇りであり、目標です。個人的には、わたしの体を流れる血のほとんどは、母、月鬼姫のものだと考えていますが……」
少女は輝く金色の髪に手を触れ、
「母の栗色の髪と緑の瞳は受け継ぐことができず、わたしの髪と目は、父エーリヒと同じ色です。そのおかげで、アルメデさまの影武者をさせていただけたのです」
「メデがニューメアを脱出する時に世話になったと聞いた。礼をいう」
女王が、ふふ、と笑う。
「メデ――愛する方から愛称で呼ばれるのは嬉しいものですね」
「つまり、アドハードの者たちは、君にカスバスの影を見て、叛乱を起こそうとしているのか」
「はい、わたしたちの政策はニューメアと変わりありません。軍備は縮小していくつもりですが、施策に対する叛乱ではないと思われます。おそらく――嫌なものは嫌なのでしょう」
「だろうな」
理屈ではなく感情。
だから、前女王であるメデと出身者であるルイスが、説得に赴いたのだろう。
「それで、メデに起こった問題というのはなんだ」
「はい、アルメデさまとルイスが、アドハードで軟禁状態になったのです」
え、という声が、アキオの背後から上がる。
ドミニス医師はともかく、あのアルメデが、ただの人間につかまるわけがない。
人口数千人の街なら、数時間で壊滅できる力を持っているのだ。
「太陽フレアの合間に、通信機で連絡はとれています。軟禁といっても、監視がつく程度で、街も自由に歩いておられるようです」
クルアハルカが、スクリーン越しにアキオを見つめた。
「アルメデさまは、黙っていろとおっしゃったのですが、わたしの一存でお伝えします。アドハード評議会が、あなたを呼べといっているのです」
「なんで主さまが」
キィが声を上げる。
「ごめんなさいね、キィ――アキオさま。どうやら、彼らは、今回のニューメアの政変は、あなたが起こしたと思っているようなのです」
「いや、それは……確かに……」
キィが口ごもる。
「本末転倒な話ですね」
ユスラが硬い声を出した。
「元は、ニューメアの逆恨み、しかも勘違いの逆恨みから発したことです」
「も、もうしわけありません、ユスラさま」
「こらこら、あまりいじめてやるな。こやつは悪くない。おぬしもわかっておるじゃろう」
「はい、分かっています、シミュラさま。しかし、本来なら出向くのは、キルスとカイネの両名であるはずです」
「お二人は、現在ニューメア南端の孤島で、静かに蟄居されているのです」
ハルカが困ったような顔になる。
「では、わたしが連れにいきましょう」
「わたしもいきますよ、ピアノ」
ふたりの少女が椅子から立ち上がる。
「いや、俺がアドハードにいく」
「アキオ!」
美しい姉妹が不満の声を上げる。
「そいつらは、俺に会いたいのだろう」
「はい。あなたが一人で来るなら話をする、と。場合によっては決起も中止し、王国に恭順の意を示す、といっているのです」
「では簡単だ。俺がいく」
「アキオ……」
「ふたりが静かに暮らしているなら、そのままにしてやりたい」
「仕方がないね。わたしがついていく。主さまを守るのが傭兵としての役目だ」
「わたしもいく。魔王の傍には魔女あり、じゃからな」
「あ、あたしもいくよ。アキオをひとりでいかせたら……」
「危な――くはないですよね」
ヴァイユが首を傾げてユイノを見る。
「また、ここの住人が増えるだろう?」
ユイノの言葉に、全員が、ああ、と納得する。
「俺が独りで行く」
アキオがもう一度、断言した。
「でも、アキオ」
「呼ばれているのは俺だけだ。君たちは自分の仕事をしてくれ」
「心配だねぇ」
「大丈夫だ」
アキオが、小柄なユイノの肩に手をのせた。
「すぐに戻るさ」
振り返ると、スクリーンのハルカに向かって言う。
「ただちに出発する」
「ありがとうございます」
少女が深くお辞儀をすると、ピン、と発振音がなってスクリーンが暗転した。