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453.完全な涙、

 その後、アキオとユスラは、善後策ぜんごさくを話し合うため、デルフィを伴ってノランのもとへ出向いて行った。


 隠れ見ていたことをアキオに察知さっちされ、ユスラによって腕をしっかりと(つか)まれて引き立てられていく捜査員を見送ったシミュラは、ため息をつく。


 ――あやつも、出かけるたびに、いらぬ厄介ごとに首を突っ込まず、まずは身近な娘たちの世話を優先すべきなのだ。

 わたしも含めて。


 そう考えながら、コートのすそを美しくひるがえして体の向きを変えると、彼女は空中庭園を歩き出した。


 高く囲まれた壁によって四角く切り取られた夜空から差し込む月の光が、彼女の足下に短い影を作る。


 カヅマ・タワー建設の相談で、一度ならずシルバ城を訪れたことのある彼女は、勝手知った様子で城内に入ると、渡り廊下へ向かった。


 背筋の伸びた王族らしい歩き方で、コツコツとナノ・ブーツの音を響かせながら、人気ひとけの無い通路を歩いていく。


 その毅然きぜんとした表情からは、普段の冗談好きな一面はうかがえず、超然とした美しさだけが際立っていた。



 シミュラは、()()通路の途中で足を止め、明かり取りのための切り欠き窓から外を眺めた。

 いかにもこの世界の城らしく、小高い丘の上に建つシルバ城からは、メナム石で通りが照らされた、明るい城下が一望できる。


 ヌースクアムのような地下城も良いが、この世界で生まれ育った彼女は、そびえ建つ城と、そこから眺める景色が好きだった。


 彼女の額の、髪に似せた触手がやわらかく揺れる。

 機嫌(きげん)が良い時の彼女の仕草(しぐさ)だ。


 飽かず景色を眺めたあとで、彼女は手で、肩と体を撫でさすった。

 特に寒いわけではない。


 この美しい景色をアキオと並んで見たら――あやつの体にもたれて、体温を感じながら眺められたらどれだけ嬉しく、楽しいのだろう、と彼の肌と温もりが恋しくなったのだ。


 ふ、と苦笑を浮かべて彼女は歩き出す。

 100年を孤独に生き、心など、とうに枯れ果ててしまったと思っていた自分の中の、まるで小娘のような部分を、恥ずかしく、愛おしく思いながら。


 少し歩くと白い石で作られた渡り廊下が見えてきた。


 白亜はくあ回廊かいろうを歩いていくと、メナム石で照らされる廊下に、背の高い影がひとつ、じっと壁を見つめているのに気づく。

 石壁に掛けられた絵画を見ているようだ。


 シミュラは駒鳥号(ルージュゴルジュ)で、シジマから聞いた話を思い出す。


「それは、おぬしの若い頃の肖像画だと聞いた」

 驚かせないように、靴音を響かせてオプティカの背後から近づいた彼女が言った。

「死人のだよ」

 豊かな白髪の女性は振り返らずに答える。

「シミュラ。肖像画っていうのは不思議だねぇ。あれほど嫌いだった姉妹でさえ、死んでしまえば懐かしい気持ちになってしまう」

 そういって、彼女は過去の王たちの額を見渡した。


「今まで、ケイブと一緒にいたんだけどね。サフランが自分に任せろっていうもんだから――あたしには何もできないからね」

 そういって手を広げ、

「もうこの城に来ることもないだろうから、最後に見て回ろうと思ったんだ。でも、肖像画が残っていたのには驚いたよ。英雄王は、けっこう無頓着むとんじゃくなんだねぇ」

「よくも悪くもあやつは英雄さ」

 彼女の言葉にオプティカは笑い、この国にはそんな王の方がいい、と言った。

  

「アキオはどこだい」

 ユスラ、デルフィと共に、今後の対処のためノランのもとへ出向いたとシミュラが答えると、そうか、とうなずき、

「デルフィ、あの子もアキオが好きみたいだね」

「ああ、どうも、あやつは女をきつける体質のようじゃからな。困ったことに」

「良い男だからね」

「小娘にいたっては、ほとんど話もしておらんじゃろうにの」

「あんたもそうだっただろう」

 オプティカの言葉にシミュラは微笑み、

「おそらく、わたしが、いや我らがあやつにかれるのは、あやつが無欲だからじゃ。それが分かる者には分かる」

「無欲……ああ、そうか、そうだね。あの人が特別なのは、どんな男の目にもある欲望が無いからなんだ」

 改めて気づいたように彼女が言う。

「人間、生きていれば色々な欲がく。金が欲しい、人を従わせたい、良い女を抱きたい。だが、あやつには、そういった欲が、無いとはいわんが希薄なのじゃ」

「欲が、希薄……」

「記憶を共有したおぬしにはわかるじゃろう。もっとも、あやつにいわせれば、俺が無欲などとはとんでもない、世界一強欲な男だ、となるじゃろうが――なんせ、死んでしまった女、消えてしまった相棒をもう一度取り戻そうという不可能に挑戦しておるのだからな。それはまるで、ラトガ海の水を飲み干し、太陽を素手でつかもうとする無謀な望みじゃ」

 シミュラは寂しそうな顔になり、

「だが、それだけじゃ。あやつには、食を楽しみ、寝るを楽しみ、話すを楽しみ、女と快楽を楽しむことがない、じゃから――」

 シミュラは、とん、とオプティカの胸を突き、

「おぬしには悪いが、今回、あやつが、おぬしの小僧に、元の世界の格闘技術を楽しんで使ったことが、わたしには嬉しかった。アキオは、わたしたちには本気を出さないからの」

「いいさ、あの子にはいい薬になっただろう」

 シミュラは、少し黙って、

「もう一度いうが、あやつは無欲じゃ。だからこそ……わたしには、地球でいうところの神が、あやつに娘たちを与えているような気がするのじゃ」

「神?」

「いや、なんでもない。とにかく、あやつには、知恵と思考はあっても感情がない。いや、なかった。娘たちと暮らすことで、わたしにはアキオが少しずつ人間らしさを取り戻しているように見えて喜んでおったのじゃが」

「ミーナ、かい」

「そう。あやつの人生のほとんどを共に過ごした相棒、戦友、伴侶はんりょ、ミーナを無くしてからのあやつは、見かけは変わりないように見えるが、中身が大きく変わってしまった。わたしたちにはわかる。目を覚まして、まだ半月ほどしか経っていないが、今後さらに変わっていくじゃろう。だからこそ」

 シミュラは、背の高いオプティカの肩を(つか)む。

「おぬしのような人生経験の豊かな女が必要なのじゃ、ミーナがそうであったようにの」

「シミュラ……」

「これから、アキオはおぬしをシュテラまで送っていくじゃろう。何かをする、ということはなくてもいい。ただ、あやつに話しかけ、話を聞き、抱きしめて温めてやって欲しい。そして、できれば」

 彼女の肩から手を離して続ける。

「泣いてやってほしい、泣くことのできないあやつのために――」

 シミュラの言葉が途切れる。

 突然、オプティカが彼女を抱きしめたからだ。

「あんたの方がよっぽど泣きそうな顔になってるよ」

「案ずるな」

 シミュラはオプティカの体温を感じながら呟く。

「わたしは涙を流せない体じゃからな」

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