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045.異名

 用意を終えたアキオは、馬車の前部に歩くとラピィのハーネスを外し近くの樹につないだ。

 彼女(ケルビ)の胸に手を当て言葉をかけて撫でてやる。


「アキオ」

 呼びかけられてアキオはピアノを見た。

 ラピィを軽く叩いて離れ、少女に近づく。


 ピアノは、今、すっきりとした灰色(グレー)基調(ベース)のコートの上に、小さなポーチ付きのベルトを巻いている。

 昨日までの刺々(とげとげ)しい雰囲気がなくなり、愛らしさが前面に出て、まるで良家の子女のように初々しい。

「可愛いよ、ピアノ。これからふたりで艦隊急襲デートだね」

「俺の口調で妙なことをいうな、ミーナ」

 アキオが苦笑する。

 アーム・バンドに触れて身体強化した。


「では、行くか」

「待ってください」

「どうした?」

「これは作戦行動ですね」

「少なくともデートではないな」

「だったら、行動名コード・ネームを決めてください」

 アキオはうなずく。

 軍隊経験が長く、作戦行動中は本名でなくコード・ネームで活動したいという気持ちがわかるからだ。

「ピアノはアキオがつけてくれた大切な名前だから、なるべく使いたくないのです」

「つけたって、もともとお前の名はピアーノだろう」

「それをアキオが()()()にしてくれたのです。お願いです。コード・ネームを決めてください」

「それも俺が決めるが、そっちはいいのか?」

「コード・ネームとして決めるのなら」

「ウサギ」

 アキオが即答する。

「え、アキオ、それって――」

 ミーナが絶句する。

「目が赤い、よく跳ねる、色が白い。ウサギ以外ない」

「ウサギ――」

「わたしたちの世界の可愛い動物なの……他にいい名前が――」

「素敵です。ありがとうアキオ」

「え、いいの?」

「ウサギ、ウサギ、響きも素敵です」

「では行こう――ウサギ」

「はい!」


「アキオ――」

 走り始めたアキオに、インナーフォン経由でミーナが話しかける。

「なんだ」

「あなたとの付き合は長いわね」

「何をいまさら」

「そう、いまさらだけど、この世界に来て、あなたが恐ろしいほどの女たらしだったことに気づいたわ」

「錯覚だな――」

「キイ、ユイノ、ミストラ、ヴァイユ、シア、ピアノ――そしてカマラ」

「だから錯覚だ。皆、俺が傷を治した。感謝の気持ちを錯覚しているだけだ。いずれ目が覚める」

「どうかなぁ」

「それにキイについては、お前の言葉通りに行動しただけだ」

「そうなんだけど」

「無駄口はやめて、作戦の説明をしろ」

「了解。さっきからずっと、もう一人のわたしがピアノ――ウサギからこの世界の成り立ちを含めて情報を集めているわ。それをもとに説明するから聞いて」

「わかった」

「ヴィド桟橋からラトガ海まで四日、これがおおよそ240キロね」

発動機エンジンなしに河をさかのって軍艦が一日60キロか――」

「ピアノもいってたけど、風を利用しつつ、川岸からケルビで引いて、臨時に船に乗り込んだ歩兵たちが櫂を漕ぐらしいわ」

「ガレー船みたいにか」

「そう、船腹からオールを突き出して橈漕どうそうするみたい。でも、海戦になると、歩兵は降りて帆走だけになるようよ」


 アキオは、彼と戦った歩兵たちを思い出し、気の毒になった。

 ただ、船を戦場に運ぶためだけに、非効率的な橈漕どうそうをさせられるのだ。


 平地で歩兵同士の決戦をしたほうが効率的な気がするが、海戦にこだわる理由が何かあるのだろうか。

 どの世界でも歩兵はだいたい使い捨てだ。

 アキオは彼らの荒れる気持ちがわかるような気がした。


 自分なら、せっかく乗せている歩兵を敵艦に乗船させて白兵戦を挑むだろう。

 アキオがそういうと、

「そうね。でもこの世界には魔法があるわ」

火球アータル雷球アラメイを使うのか」

「だから、砲弾はそれほど進化してないみたい」

 アキオはうなずく。


到着予定時刻(ETA)は?」

「馬車は桟橋から北に30キロほど上がっていたから……少し河を迂回してもあなたたちの速度で6時間ほどでつくはずよ。20時過ぎね」


 アキオは、振り返ってピアノ=ウサギの様子を見る。

 身体強化を覚えたばかりのユイノのように、目を輝かせて、道なき道を駆けあるいは枝から枝へのジャンプをくりかえしている。


 街道を行けばもっと早いのだろうが、さすがに彼らの速度で人目につく道を走るわけにはいかない。


「ラトガ海は塩湖で、湖だけど海って呼ばれているらしいわ。地球のカスピ海と同じね。大きさはそれほど大きくはないけど全周は280キロほどあるらしい」

「カスピ海は7000キロだったか」

「アラル海潜水渡航作戦――」

 アキオとミーナの声が重なる。

「あの時は戦闘よりお前の防水が大変だった」

「終わってしまうと懐かしいわね」

「大抵の記憶はそうだろう」

 何気なくつぶやくアキオの言葉の裏にミーナは気づく。

 そうでない記憶もあるのだ。


「艦隊規模は?」

「実際に行って、サイクロップス・アイで確かめる方が早いけど、例年、共に10隻程度の海戦になるらしいわ」

「そうか」

 両軍合わせて20隻なら、すべて轟沈ごうちんさせることも可能だ。

 だが、今回優先すべきは、グレーシアの救出だ。

 あからさまに国に盾をついたのだ。

 もう女公爵パドリエの地位のままでいることはできないだろう。

 ならば中央の顔色をうかがうこともなく強制的にさらってしまえばいいだけだ。


「もちろん、艦隊戦は考えていないな」

「一応、作戦はあるわ、プランλ(ラムダ)

 アキオは微笑む。いったい、いくつプランを作っているのだ。


「でも、必要はないでしょう?旗艦とグレーシアの位置を特定し、殴りこんで悪人から美少女を救出する、それだけだもの」

「おまえは、それを計画立案(プランニング)というのか?」

「んー戦力差があるから。もちろん、こちらが上の。だから状況に合わせてやりましょう。つまり――」

 ミーナはひと呼吸置く。

「右足から入って、あとは臨機応変。テンポは三拍子ってところね」

「おまえ――」

「見たかったなぁ。アキオのダンス」

「黙っていろ」

 振り返ると、ピアノはピアノで、走りながら並行処理マルチタスクのミーナと楽しそうに会話している。

 こうやって、ミーナをハブとして少女間の同期シンクが行われていくのだろう。


 22時前に、ラトガ海東岸、サンクトレイカ領シュテラ・バロンの街近くに着いた。


 ETAより遅れたのは、途中で会った魔獣数体を倒しながら来たからだ。


 最初に出会ったマーナガルはピアノが倒した。

 特に問題もない。

 黒犬を見かけた途端に少女は銀針を投げ、2匹のマーナガルは瞬殺される。

 ついで、樹上から襲ってくる3匹も喉に針を突き立てられて死亡した。

 魔獣たちは魔法を使う暇もなかった。


 次に出くわしたマーナガルの群れ15体は、アキオが避雷器パラトネ改を使って倒す。


 最後に見つけた5体のゴランは、ミーナの指揮のもと二人で共闘して倒した。


「きれいですね」

 街に灯るメナム石の光を瞳に宿したピアノが囁くように言った。

「2年に一度の祭りの日だからな」


 いま、ふたりは軍港都市シュテラ・バロンの近くにある、巨木の枝に立って街を見下ろしている。

「ここは初めてか?」

「ええ、来たことはありません。アキオと二人で来られてうれしいです」

「作戦行動中だがな」


 基本的にラトガ海は中立地域だ。

 東岸から東がサンクトレイカ領となり、西岸から西が西の国領となる。


 西の国側の港街はアンヌといい、敵国艦隊はそこに集結しているようだ。

 遠くに見える明かりがアンヌの街だろう。


 バロンの街に入ることも考えたが、あえて顔をさらす必要もないので、ピアノとふたり野宿することにする。


 夜間に、シュテラ・バロンの宿舎に囚われているであろうグレーシアをさらうこともできそうだが、模擬戦とはいえ戦時下なので兵の数も多く、船が出帆してからさらった方が戦闘を少なくできるとの判断から、奪還だっかんは明日に持ち越されることになった。


 レーションによる簡単な夕食のあと、明日に備えて早めに寝ることにする。

 今夜も天気はよさそうだ。

 巨木から降り、サイクロップス・アイと束ねたRG70を抱えて幹にもたれて座った。

 ポフ、と柔らかいものが倒れてくる。

 ピアノだ。

 押しのけようとして、アーム・バンドのディスプレイに、ダメ、と表示されているのに気づく。

 アキオは軽くため息をつき、コートを広げてピアノを巻き込んだ。

 少女は、シアもしたように体の向きを変え、アキオに身を預ける。

「うれしい……ずっと女公爵パドリエさまが羨ましかったのです」


 アキオは、目の前の少女の髪に顔をうずめて眠りに入った。

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