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442.謝意

「おぬし、あやつの孫か。そういえば、髪の色と面差おもざしが、どことなく似ておるな」


 青年は彼女と向き合った。

 フレネルの美しさとは、また違う、妖しいほど整った顔の少女は、そのかもし出す雰囲気が明らかに人間とは違っていて、アルドスの魔女だといわれても容易に納得できそうだ。


「ほ、ほかにどんな話をされましたか」

 ケイブが、すがりつくような目で尋ねる。

「いろいろあったぞ。兵士としておもむいた辺境国で、その国の王女と恋に落ちたり、傭兵としてザガ砂漠を横断中に偶々(たまたま)知り合った豪商の娘のために、打算抜きでひと肌脱いだり、まるで物語のような経験をしてきた男じゃった。だが、すごいのは、そのすべてが本当の話だということだ。わたしには嘘がつけないからな。そうか、死んだか。もう30年は経つからの――大往生だったか」


 青年は、祖父の死にざまを簡潔に語った。

 戦いで片足を失って傭兵稼業を辞め、最後は貴族の馬車に対して意地を張って引き殺されてしまった、と。


「それは良し」

 シミュラが良い笑顔で手を打った。


 ヌースクアムの少女たちの顔が、少し強張こわばる。

 彼女たちは、青年の態度に、亡くなった祖父に対する並々(なみなみ)ならぬ敬慕けいぼを感じている。

 それに対して、シミュラの態度はあまりに――だが、彼女がそれを分からないはずはない。


「はい」

 驚くほど素直な返事が青年の口を()いて出た。

 口調も先ほどまでの乱暴なものから、敬意あるものに変わっている。

「祖父の死は悲しく、相手の貴族を憎みはしましたが、俺も、その死にざまはあの人らしいと思いました」

「まこと、そうであるな。あやつが寝台の上で孫子まごこに囲まれて死ぬところなど想像できぬわ。思えばタルボの人生は、本当に色鮮やかであった」

「その通りです!」


 青年は、前髪の一部が奇妙にはねた美少女、おそらくは少女どころではない年齢のアルドスの魔女に向かって叫ぶように言った。

 この女性は、彼と祖父の記憶を共有している。

 彼の人生で一番、鮮やかな色と輝きに満ちていた記憶を。

 そして……そして彼の祖父は、街の連中がいうような嘘つきではなかった。

 やつらは、本当に、なにもわかっていなかったのだ。


 やがて魔女は真顔まがおになった。

「で、話をもどすが、こやつは、名をサフランと申しての、訳あって怪しげな恰好かっこうをしておるが、信頼のおける者じゃ」

 フード(カブ)と黒メガネで顔を隠した人物を示して彼女が言う。

「おそらく、おぬしの願うようにすることはできよう。だが、さっき女は、眠っている方の心が自分のことを知ったら自分自身が嫌いになるといっておったな。それについて、おぬしはどう思う」

 青年は少し考え、

「フレネルは優しい子です。きっとリリーヌを許してくれるでしょう。そうでなかったら、俺が説得します」

 彼の言葉に、彼女は皆を見回して言う。

「ということじゃな」

「わかりました。とりあえず彼女はわたしが連れて帰ります」

 フードの女、サフランが優しい声で言った。

「アイリンといい、スぺクトラといい、あなたには苦労をかけますね」

 フリュラ色の髪をした少女が彼女に話しかける。

「いえ、もとはといえば、これもわたしが原因といえなくもありませんから」 

 その言葉に少女たちは黙り込んだ。



 彼女たちの様子を見て、アキオは振り返らずに尋ねた。

「それでいいのか、カーロン」

 いつの間にか、シンガーと共にシッケルと並んで立っていたカーロン中尉が答える。

「はい。シェリル宰相から、もし、女公爵パドリエさまが来られたら、その指示に従うように命じられておりますので」

「ジャッケル」

「宰相さまがいいというならいいんだろうけど、わたしの直属の上司はリズル部長だから」

「それなら大丈夫です。リズルには話をつけてありますから」

 ユスラが軽い口調で応じた。

「わかりました」

 亡くなったとされていた女公爵パドリエが、今も現国王のみならず内務部部長にまで影響力を持つことを知ったジャッケルが、少女に敬礼をする。


 さらなる人の気配にアキオが振り返ると、カーロンの背後に、多数の兵士たちが立っていた。

 彼と少女たちを見ている。

 ケイブに倒されたものの、グレイ・グーの治癒能力によって歩けるまでに回復したのだろう。

 すっかりおとなしくなったボルズやデッカーの姿も見えた。

 隊商コブスの男たちもいる。

 彼らの眼には、一様いちよう畏怖いふの光があった。


 黒い髪、黒いコート、黒に近い焦げ茶(ダークブラウン)の瞳、そしてその戦闘力を見て、彼が黒の魔王であることを確信しているからだろう。


「被害状況は」

 アキオが中尉に尋ねた。

 カーロンがシンガーを見る。

 軍曹はうなずくと一歩前に出て、手にしたファイルを読み上げた。

「護衛兵士については、死亡ゼロ、負傷多数ですがその全てが治りつつあります。倒された馬車3、ケルビは無傷、エカテル商会側の積み荷の損耗ゼロ、人的被害1」

 アキオは微笑んだ。

 この短い間によく調べている。

 騒ぎの間に、おそらく中尉がシンガーに命じて調べさせたのだろう。

 戦闘指揮はともかく、事務処理は優秀な男のようだ。


 人的被害1と聞いて、アキオは負傷したラミオをコクーンに包んで放置していることを思い出した。


「この後、隊商コブスをどうするつもりだ」

「ラミオが怪我をしているようですが、ここまで来ると、シュテラ・ミルドへ戻るより西の国の方が近いので、予定通り辺境都市ベレンへ向かおうと思っています」

「あいつは心配しなくていい、しばらくしたら元通りになる」

 言ってから少し考え、

「だが、起きていても邪魔だろう。街につくまで目を覚まさないようにしておく」

「ありがとうございます」


 その後、アキオは歩いて、横倒しになった馬車の近くに行くと、留め具(ハーネス)が外れて近くに立っているケルビの首を軽く叩いた。


「いったい、どうなってるんだ」

 シッケルの驚いた声が路上に響く。

 突然、馬車をいていた全てのケルビが、黒いコートの男に向かって、膝を折り曲げ、深々とこうべれたのだ。

 それは、誇り高く巨大な生物が示す最大限の恭順きょうじゅんの意の現れだった。


 ヌースクアムの少女たちが微笑む。


 これは、アキオが、彼らの女王であるラピィの想い人であるからではない。

 彼ら一族が()()()()封印の氷(コキュートス)の記憶、つまり、無理やり隷属れいぞくさせられた彼らの同胞を救ったことへの謝意(しゃい)に他ならなかった。


 ケルビの顎に指を添え元通り立たせると、彼は、倒れた馬車に手を掛けて、小さな荷箱を持ち上げるように馬車を起こした。


「あ、それいいな」

 シジマが言って、アキオが起こした隣の転倒した馬車に走り寄ると、彼と同じように屋根の下に手を入れる。


「お、おい、いくらなんでもそれは無理だろう」

 巨大な馬車を持ち上げようとする少女が小さすぎるのを見て、シッケルがあわてて止めようとするが、アキオは、

「一か所に力をこめると破損する。加速度にも気をつけるんだ」

 軽く注意だけ与える。


「あたりまえだよ。ボクを誰だと思ってるの。物質剛性(ごうせい)の専門家だよ」

 可憐な少女は、そういって軽々と馬車を起こした。

「ねっ」

 身長の問題でひと息には起こせず、手を少しずつ移動させながら、少女は誇らしげに言って、最後に馬車を軽く押した。


 激しい破壊音が鳴って、馬車に二つの穴がく。


「あ」

「また、あなたは。どうしてそう行動全般が大雑把おおざっぱなんですか」

 ヴァイユが笑いながら近づき、ポーチから取り出した透明な幅広はばひろテープで穴をふさいだ。

 もちろん、ただの透明シートではない。

 もともとは、標準ナノ・マシンを体内に持たない生物の肉体損傷を修復させるナノ・シートだ。

 よほど大規模なもの以外、生物、非生物に関わらず破損個所を修復してくれる。


「い、いいじゃないか、それ、ボクが作ったんだからさ」

「まったく、ヌースクアム七不思議のひとつね。こんな緻密ちみつなものを作ることができるのに、お茶の給仕もできないんだから」

「言い訳する気はないけど、ボクの手でこの重さの馬車を起こすのは、かなり――」

「だから、アキオが気をつけるようにいったでしょう。他のみんなは、問題なく起こしていますよ」

「え、みんな」

 少女が路上に眼をやると、倒れた残りの馬車全てが、ピアノやミストラ、ユスラによって起こされていた。

 誰も馬車を破壊してはいない。

「ボ、ボクが失敗したから、みんなはうまくできたんだよね」

「はいはい、そういうことにしておきましょう」


「その力をみると、あんたたちが、本物の魔王と魔女たちだってことが分かるな」


 少女たちのやりとりに若干呆れながらつぶやいたシッケルに、シジマの周りに集まってきていた少女たちは顔を見合わせると、一斉いっせいに美しいカーテシーを見せた。


 それぞれの髪とコートの色が、傾きかけた陽光を浴びて輝き、咲き乱れる色とりどりの花のようだ。

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