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044.急行

 ふみはキイからではなかった。

 差出人は、ミストラとヴァイユの連名だ。


 まず、最初にグレーシアを助けてくれ、と書いてある。

 ことの起こりは、今朝早くに、シュテラ・ミルドから届いたガルのふみに始まったようだ。

 差出人はサラヴァツキー家の執事テルク。

 その名は一度だけシアから聞いたことがある。

 ふみの内容はグレーシアが軍務卿によって強制的にラトガ海の戦場に連れていかれた、というものだった。

 昨夕、失踪(しっそう)していた彼女が屋敷に戻るなり、完成していた戦術表(タクティクステーブル)をすべて焼いてしまったため、現場で指揮を執らせるよう急遽(きゅうきょ)ザルドで同行させたらしい。


 テルクはミストラの父ガラリオ伯爵への助力を要求している。



 少女たちのふみを目にして、アキオは、いくつかの疑問が氷解するのを感じていた。

 ミストラとヴァイユの、ダンクを前にしたあからさまなアキオへの思慕の理由も。

 おそらく、彼女たちはダンクを利用して彼とグレーシアを引き会わそうとしたのだ。

 ()()戦術家に生じつつある問題を少女特有の勘で察知して。

 ひどい丸投げだ。アキオは苦笑する。

 だが不思議と腹は立たなかった。

 そのおかげで、研究の限界突破(ブレイク・スルー)が可能になるかもしれないのだ。


 アキオは考える。戦術の天才・・であるシアが現場に行けば戦況に問題はないだろう。サンクトレイカが勝つはずだ。

 だが妙な胸騒ぎがする。

 おそらく、それは昨日シアが見せた表情が原因だ。

 彼女は自分が扱ってきた『駒』に命があることを知ってしまった。

 暗殺者が殺しの対象者に深く関わったら殺せなくなるように、戦術指揮者が個別の兵の命を考えたら、まして彼女のような少女が知ってしまったら、おそらく指揮をとれなくなるだろう。


 この世界ではどうなのかわからないが、戦争が常態化(じょうたいか)していた地球では、指揮放棄つまり敵前逃亡は即時銃殺だった。そうでなくとも体に傷は負わされる。

 今まさに戦闘が行われている中での利敵(りてき)行為は致命的だからだ。

 杞憂きゆうにすぎなければそれでよいのだが、彼にはそう思えなかった。

 貴重な情報を持つ少女が危険にさらされる可能性がある。

 ミストラとヴァイユ、二人の少女がアキオに助けを求めているのもその辺を察しているからだろう。


「ピアノ……」

 アキオは、ガルを置いて外に出てきた少女に声をかけた。

「お前は――いや、なんでもない」

 少女に、暗殺対象と関わったことがあるか尋ねようとして止める。

 ピアノはアキオを見つめるが、余計なことは問わない。


 彼は少女の手を取り黙って抱き寄せた。

「あ」

 ピアノは一瞬驚くが、すぐにぎゅっと彼にしがみつく。

 アキオは少女の灰色の髪に口を寄せて言う。

 これで言うことを聞いてくれと願いながら――

「俺はしばらく留守にする。お前は馬車を動かしてシュテラ・ザルスへ向かってくれ――」

「嫌です」

 少女が体を離して叫ぶ。

「今のアキオの顔、何か危ないことをするつもりでしょう」

「危なくはない」

 そう、ただラトガ海に浮かぶ戦艦に乗り込んで、少女公爵を奪還(だっかん)するだけだ。

「わけを話してください」

 アキオは少し考え、

「グレーシアの命が危ない。昨夜、彼女はすべての戦術表(タクティクステーブル)を破棄し、そのためにラトガ海に連れていかれた。おそらくそこでも指揮放棄(アバンドメント)をするつもりだ」

と言った。


「指揮放棄――彼女、死ぬ気ですね」

「死なない。俺が連れ出す」

 ピアノは口を開きかけ――閉じ、うつむいた。


「あの方のために、あなたを危険な場所に行かせたくありません。でも女公爵パドリエさまが、アキオがどうしても知りたい情報を持っておられることも知っています。だから――」

 ピアノは顔を上げ、

「わたしも行きます。さいわい、朝からあなたに身体強化を教わった」

「駄目だ」

 身体強化に溺れる者は死ぬ。

 まして、昨日今日覚えたばかりの技術は、戦闘では百害あるばかりだ。

「あなたが駄目だといっても、勝手にいきます」

 燃えるような赤い目をアキオに向ける少女を見て、眠らせるか、とアキオが考えた時……


「ノックノック――」

 突然、女性の声が野営地に響き渡った。

「誰ですか?」

 ピアノが驚く。

「通信が回復したか」

 アキオがアーム・バンドに向けて言う。

「ええ、やっとあなたの声が聞けると思ったら、いきなり痴話喧嘩ちわげんかが始まってるんだもの。さすがアキオね。誰?その赤い目の美人さんは」

 アキオは馬車を見た。

 入り口につけられたカメラのパイロット・ランプがついている。

「ピアノだ」

「声もスタイルもいいし、名前の通り『和音も鳴らせる打弦楽器』ってところね。完璧少女」

「何がいいたいかわからない。ミーナ、それより状況を説明するから戦略と戦術を頼む」


 アキオはこれまでの経緯を伝える。

 250年にわたって共に戦場で戦い研究してきたコンビだ。まったく遅滞なく、まるでデータ転送レベルの速さで情報が伝達されるのを見てピアノが目を丸くする。


「つまり、指揮放棄するであろう少女を、旗艦から奪取する、ということね」

 説明が終わってミーナがまとめた。

「その通りだ」

「艦隊規模はわかるかしら」

「ヴィド桟橋でみたところ、排水量1000トン程度の帆船フリーゲート艦クラスが3せきだったが、あれは予備だろう」

 そういって、少女を見る。

「軍艦でヴィド桟橋からラトガ海までどれくらいかかる」

「風、馬、人を併用して4日です」

「日数からいっても、あの艦は海戦に間に合わない。艦隊規模は――ピアノ」

「はい」

「紹介が遅れたが、こいつはミーナ。俺の相棒だ」

「まさか、奥さん?」

 ピアノのつぶやきを聞いて、ミーナがコロコロと可愛く笑う。

 さすがに自我を持つAIだ。

「残念!違うわよ。そうだったらいいんだけどねー」

「ミーナ」

「だから、あなたは堂々とアキオを好きって言っていいのよ」

「早くピアノに聞け」

「ガールズ・トークに口を出さないで、アキオ」

 AIにはかなわない。

 おそらく、このつまらない会話にも意味があるのだろう。

 アキオは口を閉じた。

「安心して。わたしはあなたの味方だから。頑張ってアキオを落とすのよ」

「はい!」

 目を輝かせて返事をするピアノを見てアキオは感心する。

 さすがはミーナだ。

 変則的ではあるが、二言三言話すだけで、気難しいところのある少女の気持ち(ハート)をつかんでしまった。話の内容に若干の不安は残るが。


「じゃあ、あなたの知っている限り、海戦について教えてくれる?」

「わかりました」

 彼女によって、アキオたちのものと違う単位で船の排水量、推進力、搭載火力が語られ、それを一瞬でミーナは理解、把握していく。

「わかったわ。ありがとう、ピアノちゃん」

「はい!」

「アキオ!妻にするなら、こんなふうに素直で頭の良い子よ!」

「ふざけていないで早く作戦を立てろ」

「もう立てたわ」

 アーム・バンドから響くミーナの声と同時に、馬車から圧搾空気の抜けるような音がする。

「必要な機材は、すでに工作室ワーク・ショップを遠隔操作して製作した」

 アキオは馬車内の工作室に向かう。

 床に、ジェラルミンの棒の先に丸いカメラがついたものが一つ、

単眼索敵装置サイクロップス・アイか」

「このソリトン・レーダー搭載の一つ目小僧の打ち上げが、この作戦の要諦ようたいよ。これで正確な敵味方の艦隊数とグレーシアの位置を把握するから」

「場所さえわかれば簡単だな」

「アキオ、船には魔法使いが乗っている可能性が高いわ。必ず避雷器パラトネを持って行くのよ」

 さすがはミーナだ。すでにアキオが犯した失敗を見抜いている。

舞姫ダンサーと少女たちの前でやらかしたような失敗は繰り返さないこと」

 アキオは絶句する。

「なぜ、お前がそんなことを――」

 もちろんわかっている。すでに、ミーナはリスト・バンドでユイノたちと話をしているのだ。

「あの踊子おどりこさん、いいわねぇ。明るくて、ちょっと抜けてて。あんな娘と一緒にくらしたら一生幸せだろうな」

 反射的にアキオは馬車の入り口を振り返る。

 ピアノはいない。

 またミーナがコロコロ笑う。

「アキオのそんなところを初めてみたわ。浮気亭主って感じで新鮮ね」

 アキオはゆっくり首をふった。

 再びミーナは笑い、

「大丈夫。ピアノは馬車の外で、もう一人のわたしと話をしているわ」

「それで、計画は?」

「馬車はここに置いて、武器を持ってとりあえず出発して。インナーフォンとピン・カメラも忘れずにね」

「了解だ」

 ピン・カメラはバッヂタイプの小型カメラでミーナの目だ。

 コートの胸元に着けて使用する。

「武器リストはこれを」

 アーム・バンドにリストが表示される。

「あと、ピアノを連れて行ってね」

「なぜだ?」

「アキオ、作戦立案プランニングは?」

「お前に任せてある。わかった」


 再び圧搾音が鳴り、工作台にパーツが転がり出る。

 銀針だ。AIは少女との会話で、彼女の得意武器(えもの)を把握したらしい。


「アキオ」

 車内にピアノが入ってくる。

「台の上に、さっき説明したあなたの銀針ニードルとベルト、ピンカメラ、そして耳に入れるインナーフォンが置いてあるわ」

 部屋にAIの声が響く。

「わぁ」

 ピアノが少女のように、実際少女だが、叫んで作業台に飛びつく。

 少女が暗器あんきに喜ぶのは感心できない。

 アキオの渋い顔をよそに、ピアノはベルトに針を通し、そのベルトをコートの内側に吊す。ピン・カメラをつけ、耳にはインナーフォンを装着した。

「外で、使い勝手を試してみて」

「はい」


 少女が出ていくとミーナが言う。

銀針ニードルにはアキオが考えて工作室のデータベースに残っていた人間昏睡・魔獣即死のナノ・マシンのコードをコーティングしておいたわ。そのことはすでにピアノには話してある」


 アキオは研究室に入り、ロッカーからRG70を取り出し、ベルトでサイクロップス・アイをくくりつける。

 P336のホルダーを太腿につけて銃を挿す。

「どちらも弾丸はホロウ・ポイントにかえてあるわ」

「ホロウ?だが――」

 通常、レイル・ライフルでホロウ(中空)・ポイント弾を使うことはない。

 着弾と同時に弾頭が潰れてキノコ状(マッシュルーミング)化し、広い範囲に被害を与えるが、つぶれることで対象に与える衝撃エネルギーが減るからだ。

 よって使用対象は人か動物が主となる。


 一般に、対要塞、戦闘機、ミサイル、戦車、武装ドローン以外にレイル・ライフルを使うことはない。

 アキオが、対人に重いレイルライフルを使うのは、()()()対象を無力化するためだ。

 そのため、かつて、彼の行為は『核ミサイルでクルミを割る行為』と揶揄(やゆ)されたものだった。対象が爆散して得られる情報が何もない、という非難を込めて。


「今回の対象物は炭化タングステン合金や50ミリチタン合金のドローンじゃないわ。木製の船壁かマストよ。おそらく打ち込まれたホロウポイント弾は見かけ上の大爆発をおこすでしょうね。下瀬爆薬並みに」

 ミーナは日露戦争時に使用された炸裂弾薬を引き合いに出し、

「あと、ピアノには閃光弾(スタン・ボール)をいくつか渡しておいたわ。彼女なら効果的に使ってくれるでしょう」

 そう話を締めくくった。


「ミストラとヴァイユとは話をしたのか?」

「残念ながら、シュテラ・ザルスとはまだ通信が途絶しているの。ユイノは王都に近いシュテラ・ゴラスにいて、今朝の早いうちから連絡がついた」

「驚いていたか」

「最初はね。でも、すぐにあなたの話題で盛り上がって――」

「その内容は教えなくていい」

「言わないわ」


「乙女の秘密――」

 アキオとミーナの声が重なり、彼は苦笑する。


「出かけるか」

 アキオは言った。

 彼に必要な秘密知識を持つお姫さまを助けに行くのだ。

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