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430.無魔

 アキオは、筋肉で(ふく)れ上がった魔犬が、互いに連携(れんけい)をとるようにタイミングを計るのを見る。


 たいしたものだ。


 ヌースクアムの少女たちの例でもわかるように、人間の場合は、ナノ・マシンが体内に入っても、初めは、その使い方を先達せんだつから教わって初めてナノ強化を使えるようになるのだ。


 だが、おそらく、この魔獣たちは誰からも教わらず、本能的にナノ強化を使っている。


 もちろん、スウォーム・知能インテリジェンスを持つ彼のナノ・マシンは、自ら考えて、彼らの宿主しゅくしゅにとって最適な肉体状況を供給する。


 意識せずとも、身体が損傷(そんしょう)すれば修復してくれるし、走れば、一酸化窒素の分泌ぶんぴつを増やして肺の気道と血管を拡張し、赤血球を強制増殖させ、肝細胞に蓄えられたグリコーゲンを急速分解して最適なエネルギーを与えてくれるのだ。


 特に戦闘時には、筋肉の増強や骨格およびけんの強化、神経系の伝達速度の向上を行ってくれるため、一般的に、生身の十数倍の性能パフォーマンスを発揮できる。


 もっと効率的で、最適に身体を調整したければ、アーム・バンドで数値を見ながら指示しなければならないが、そこまでしなくても簡単で実際的な方法がある。


 それは、自らの肉体の状態と、ナノ・マシンが与える変化に対する知識を持つことだ。


 ()()()()()研究に比重を置いているため、その方面の研究はそれほど進んでいないのだが、不思議なことに、ナノ・マシン任せの身体強化より、身体の構造を理解し、その変化を想像しながら強化する方が、遥かに身体能力が上がることが経験則(けいけんそく)として分かっている。


 今回は、その点で、彼の方が、魔犬より遥かにナノ強化に優位性アドバンテージがあった。

 その上――


 彼はシッケルと魔犬女王マーランガを見た。

 体内に入ったグレイ・グーのおかげで、出血は多少抑えられているが、どちらもWB(クマムシ)を体内に持つため、ナノ・マシン本来の機能が阻害されているため、このままだと命が危ないのは確かだ。

 特に、コクーンが使えない今は、早めに処置を行う必要がある。


 P336(銃器)を所持していたら、もっと早くに決着ケリをつけることができたのだが。

 そう考えて彼は苦笑いを浮かべた。

 ないものを欲しがっても仕方がない。

 この上は、一刻も早く肉弾戦で魔犬を倒すだけだ。

 

 2体の魔犬の姿が、かき消えた。

 次の瞬間には、アキオの右腕に1体が噛みついて、その背後から彼の喉元めがけてもう1体が襲い掛かる。

 彼は凄まじい力で、腕に噛みついた200キロ近い魔犬で、宙に浮かぶもう一体を殴りつけた。

 犬のような鳴き声をあげて、2体のマーナガルが彼から離れる。


「つまらない攻撃はやめろ。もっと本気をだせ」

 すかさず起き上がった魔犬に向かって思わず言葉が出た。


 マーナガルが、人語をかいするかはわからないが、せっかくの優れた基礎戦闘能力ベーシック・アビリティが、ナノ・マシンによって底上げされているのに、手応えのない戦い方をする魔犬に腹が立ったのだ。


 こうなったら、早々に決着をつけて――


 彼の手元で爆裂音が響いた。


 次は右足、左手、右足、右手、左足。

 続けざまに轟音が鳴り渡る。

 魔犬が、先の攻撃に()()()()()で彼に攻撃を加えだしたのだ。


 今度のは、なかなかいい。

 噛みつくマーナガルの攻撃を、ほとんど無意識に(さば)きながら、アキオの顔がわずかにほころんだ。

 もう少し、動きに変化と意外性を持たせれば、さすがの彼も苦戦したことだろう。

 


 その様子は、彼らの闘いを見守るリリーヌや、ジャッケル、マフェットには見えない。

 霞みのように何かが動くのがわかるだけだ。


 どんな闘いが行われているのかは分からないが、凄まじい音と舞い上がる土煙(つちけむり)、突然地面にできる深い穴によって激しい戦闘が行われていることを彼らは知る。


 ただひとり、ナノ強化された青年だけが、実際にその様子を目撃していた。


 アルトが言葉をかけると、2体の魔犬が、突然、生まれ変わったように、目で追えないほどの速さで彼に襲いかかったのだ。


 魔犬の最大の武器である牙が胴体には届きにくいため、もっぱら手と足を狙って攻撃を加えているようだ。

 ただ、その速さが異常だった。

 強くなった彼でさえ及ばない速度だ。


 犬たちは、蹴りだす足の反動で、地面に深い穴を穿うがって、稲妻のように何度も何度もアルトに突進する。


 しかし、残念ながらアルトはその全てを手足で弾き返していた。

 噛みつくこともできずに()ね返される魔犬たちは、地面に降りるなり再び跳ね上がってアルトを襲い続ける。


「あなた、何なの……」

 いったん攻撃をやめ、地面で荒い息をつく魔犬をみて、少女が呆然(ぼうぜん)と目を見開いて言った。


 魔犬女王マーランガに指示を与えるために森へ向かい、(ひそ)かに(のぞ)き見ていた昨夜の魔犬との闘い、先ほどのザイアンに対する圧倒的勝利、それは、明らかにアルトがザイアンと同じ強化人間であることを示している。


 だから、彼女は、()()()()()用意しておいた強化型マーナガルを彼に差し向けたのだ。


 もともと、人よりはるかに強いマーナガルを強化した生物に、人間が(かな)うはずがない。


 だが、はっきりとはわからないが、アルト・バラッドは、余裕さえみせて、強化魔犬の全力の攻撃を防いでいるようだ。


 こんなことなら、もっと魔犬の手駒(てごま)を増やしておくべきだった。

 リリーヌは唇をかむ。


 でも、それは無理な相談だった。


 いま、アルトと戦わせているリリンガとリリングは、群れの中で、唯一ゆいいつ強化できたマーナガルだったからだ。


 ザイアンの強さを知り、その秘密が血液にあると考えた彼女は、彼から渡された魔犬女王マーランガを服従させる魔笛ブラムガルドを使って、多くのマーナガルに彼の血を与えてみた。


 女王を含め、どの魔犬にも変化は見られなかった。


 諦めかけた時、彼女の眼に、女王マーランガから無視され、群れから馬鹿にされて、孤立していた2体が目に留まった。


 体形、模様が似ているため、おそらくは兄弟だろう。


 しばらく観察すると、その理由はすぐに分かった。

 彼らは魔法が使えなかったのだ。


 通常、マーナガルは、生まれてすぐに火球アータル雷球アラメイを使えるようになる。

 人間のようにイニシエーションを受けない魔獣が、いかにして魔法を使えるようになるかは、まだよく分かっていないらしいが、つまりは、そのような生き物なのだろうと彼女は考えていた。


 そして、まれに魔法を使えない魔犬、無魔法魔犬ナル・マーナガルが生まれることがあるのだ。

 魔法を使えない魔犬は、もはや魔犬マーナガルではなく、ただのマーナだ。

 当然、群れの中でもバカにされ孤立する。


 そういった無魔法魔犬ナル・マーナガルは、狩りのおとりにされて、短命なうちに命をなくすことがほとんどだと彼女は聞いていた。


 生まれて、早い時期から誰からも期待されない、群れには必要のない個体。

 その境遇(きょうぐう)が、フレネルに、そしてリリーヌ自身に重なって――

 試すだけは試してみよう。

 まったく期待せずに、彼女は2体にザイアンの血を飲ませた。


 強化されたザイアンの身体が、少しばかりナイフで傷つけてもすぐに傷口が治ることから、テストとして足を切ってみる。

 どのマーナガルも、彼のようには、傷口はすぐに治らなかったのだが、その2体だけは直ちに傷口が(ふさ)がった。

 切った後さえわからなくなる。


 魔犬を強化することに成功した彼女は有頂天になった。


 さらに、ある程度の知能を持つマーナガルは、彼らを特別な存在にしてくれた彼女に従うようになる。

 その過程で、彼女は、強くなった彼らが、今まで彼らを執拗にいじめていた一体を完膚(かんぷ)なきまでに叩き伏せると、群れと女王から一定の距離をとって生活し始めたことを知った。

 先ほどから、命じもしないのに、魔犬女王マーランガの主であるマフェットを襲っているのは、間接的な女王に対する復讐なのだろう。


 彼女は、彼ら兄弟を従わせる方法として指笛をつかうことを思いつき、訓練を(ほどこ)す。


 魔法を使えないことが強化の条件、それを知った彼女は、さらに様々な実験を続け――


 ひと声高く鳴いて、マーナガルの兄弟が吹っ飛ばされ、少女は現実に引き戻された。


 どちらも首から下が無くなっている。

「リリンガ!リリング!」

 リリーヌが悲鳴のような声を上げ、

「信じられない。あなた、ザイアンと同じ強化人間じゃないの」

 (うめ)くように続ける。


 アルトは少し首を傾げた。

「確かに、()()()()()()だが、君の考える物とは少し違うな」

 話しながら、彼はがっかりしていた。


 さっき戦った青年は、ナノ強化をしていたが、あくまでベースはただの人間だった。

 だが、魔犬は野生の戦闘動物だ。

 基礎能力も遥かにヒトより高いはずだった。


 だが、200年を越えてナノ強化に習熟し、強化兵として、その基礎体力がナノ強化なしに素手でマーナガルの首をへし折れる彼にとってみれば、ただの野犬に過ぎなかったのだ。


「アルト」

 背後から、かすれた声がかかった。

 振り向くとジャッケルがポーチを差し出している。

 穴だらけの崖、地面、凄まじい土煙――彼らの凄まじい戦いにショックを受けているのだろう。

「ありがとう」

 そう言って、彼は、受け取ったポーチからコクーン・カプセルを取り出すと、魔犬女王マーランガとシッケル、それに少女の近くで、白目をむいて転がるラミオに向けて指で弾いた。


 破裂音が響いて、それぞれがまゆに包まれる。


 少し考えて、首だけになったマーナガルもコクーンで保護した。


 彼は、黙ったまま少女と向き合った。

 彼はいまだに戸惑っていたのだ。

 最初に城の庭で話した少女と、いま目の前に立つ少女が同一人物であるとは思えない。


「ひょっとして、君は――」

「もういいわ」

 彼の言葉を遮って、少女が叫んだ。

「この手は使いたくなかったけど、あなたがあまりにも化物バケモノ過ぎるから仕方ない」

 そういって、さっきとは違う調子で指笛を鳴らす。


 少女の様子に、()()()()()ものを感じたアキオは、振り返らずに言った。

「ジャッケル、下がってくれ。アスフェル、彼女と一緒に魔犬女王マーランガコクーンの陰に隠れるんだ」

「わかった」

 少女はうなずくと彼から離れた。


 その直後、彼の手がポーチと共に消滅した。

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