414.密談
「急に強くなった?」
「そうさ。あんたも知ってるとおり、あの子は前から弱くはなかったけど、もう人間じゃないくらい強くなっちまったのさ」
「隊商を狙うのは腕試しか」
マフ姉は少し考え、
「それが理由だと思うんだけどねぇ、それだけじゃないような気がするんだ」
「どういうことだ」
「店に来る情報通の話だと、戦って護衛を倒したあとで、積み荷を全部燃やすらしい」
シッケルが首をひねる。
「金に換えるならまだしも、そいつはおかしいな」
「だろう?王国の考えでは、サンクトレイカに恨みを持つ者の仕業だろうってことになってるんだけど。あたしは、ケイブにそんな考えはないことを知っているからね。それで調べてみたら、襲われる馬車はエカテル商会のものが半分近かった。つまり、あの子はエカテル商会に打撃を与えようとしているのさ」
「偶然――」
「国の方でも、そう思っているらしい。だけど、あたしは襲撃がケイブの仕業だということを知ってるからね。間違いないよ」
「あいつは、エカテルと何かあるのか?」
「そうか、あんたは知らないんだね。ケイブはディフラクト商会の副主任の子供さ、といわれても分からないだろうね。五年前に潰れた王都の商会なんだ。正確にいうと、エカテルの阿漕なやり方で潰された」
「復讐か」
「どうだろう。あの子は、そんなことを根に持つ性格じゃないと思うんだけどねぇ。商会が潰れる心労でひとり親をなくしたから、うちに引き取ったのは確かだけど」
「そうだな」
シッケルも、そう長い期間ではないが、剣の稽古をつけてやった経験から、銀髪の少年が、強さに憧れるだけの、さっぱりとして単純な性格をしていたことを知っている。
「たぶん、なにか理由があるんだ。そして、今回の隊商には店主のロメオ・エカテルが同行している」
「狙われる確率が高い、か」
その時、停車場所の方角から鐘の音が響いてきた。
朝食が始まったのだ。
もうあまり時間は残っていない。
「用件だけ聞く。姉さんは、あいつを止めに来たんだな」
おそらくは、力ずくで。
彼女の強さは彼も知っている。
「ああ、そのために、街からザルドに乗って隊商を追いかけていたのさ。このあたりでは、ほとんど魔獣もいなくなっていたからね。そこを襲われた。可哀そうに、あの子はマーナガルに食べられただろうね」
シッケルはうなずき、
「もうひとつ、あの魔犬の襲撃は、魔笛によるものか?」
「そうだろうね。3日前から無くなっているから」
「ケイブが盗んだのか」
「持っていったのはあの子だろうけど、使ったのはあの子じゃないだろう」
「確かに、あいつのやり口じゃないな。つまり、ケイブには仲間がいる」
「いずれにせよ、あの子は、これまでどおりゼノモ峠近くで隊商を襲うだろう。今までの速さで進んだら昼過ぎだね」
「わかった。でも、あいつが現れても姉さんは表に出ないでくれ。民間人ではなく、兵士が相手をするのが自然だ。俺がケイブを何とかする」
「できるのかい」
「俺はあいつの師匠さ」
言ってから、彼は、思いついて尋ねる。
「あいつが、姉さんに黙ってイニシエーションを受けたってことは?」
「それはないよ。それに――強くなりはじめの頃に、あの子の喧嘩を見たんだ。あの強さは強化魔法の類じゃないよ」
「何とかするさ」
先にマフ姉を馬車に戻した彼は、明るくなっていく空を見上げた。
彼がケイブに稽古をつけてから5年が経っている。
その間に、あいつがどれほど強くなったかは分からないが、問題は、ここ数カ月で人間とは思えないほど強くなったという点だ。
ゴラン程度の強さなら、何とかなるだろう。
彼は、ずっとゴランと戦い続けてきたのだから。
だが、もしそれ以上だったら――
シッケルは頭を振って不安を払う。
始まる前から悪い予想をしても仕方がない。
できることは一つ。
戦闘に及んで臨機応変に戦うしかない。
しばらくしてから、彼も食料馬車に戻った。
マフ姉の姿は見えないが、朝食の列に並ぶアルトを見つけて後ろに並ぶ。
声をかけようとしたところで、ボルズによるジャッケルへの嫌がらせが始まった。
初めのうちは、できない兵士に対する一方的ないじめを見るのが嫌でボルズを抑えていた彼だったが、すぐに、それがまったくの勘違いであることに気づいて、彼らには構わなくなったのだ。
その目配り、足さばき、体重の移動――ジャッケルは強い。
ボルズなど足下にも及ばないほどに。
おそらく、アルトとは別口に派遣された調査員なのだろう。
気に入らないが、敵への内通者を探るために、軍ではよくとられる手段だ。
メルヴィルが王宮を去った後、内務部の長となった、リズロあたりが黒幕だとシッケルは目をつけている。
おそらく、彼がひとり遊びする振りをして空中に投げる石には、報告の文が仕込まれているはずだ。
それを訓練を受けたガルがくわえて運んでいくのだ。
シッケルは、内部調査員が、そういったやり方で密かに連絡を取り合うという話を聞いたことがある。
つい、いたずら心が首をもたげ、前に並ぶアルトに、ジャッケルを助けないのか、と尋ねた。
お前は助けないのか、と逆に問われる。
「もういいだろう」
彼が答えると、
「そうだな」
あっさりとアルト・バラッドも同意する。
どうやら、彼もジャッケルの正体には気づいていたようだ。
いつものように、レーションをもらう。
昨夜、ふたりで、どんな話をしたのか聞き出すため、彼と朝食を共にしようとしたシッケルの前にマフ姉が現れた。
心なしか、うきうきとした感じてアルトに近づいてくる。
シッケルは、内心ため息をつきながら、
「すっかり気に入られたようだな」
そう言い残してアルトから離れる。
食事を終えて、マフェットはアルトと食料馬車に戻った。
彼が座るのを待つと、その前に立った。
「寒いのか」
アルトの質問に、小娘のようにうなずく自分に苦笑する。
コートを開く彼の前に素早く座るともたれ掛かった。
そして考える。
いったい自分はどうしてしまったのだろう。
自分の歳の半分に満たない男に、これほど甘えた態度をとってしまうなんて……
なぜ、子供というより、孫に近いような若い男に、こんなに惹かれるのだろう。
若い?
いや違う、アルト・バラッドは若くない。
見た目よりはるかに年を取っている、そんなことがあるはずがないのに、なぜか、彼女にはそんな確信があった。
昨夜、覗き込んだあの目は、老成した古木のような力を持っていた。
傍にいると、なんだか安心できるのだ。
馬車が動き始めると、心地よい睡魔が彼女を襲った。
ケイブが心配で、ここ数日、眠れなかったのがうそのようだ。
微睡ながら、彼女は思う。
またアルト・バラッドに寝顔を見られてしまうねぇ。
だが、不思議なことに、彼女はそれを嫌だとは思わないのだった。