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401.夜襲

 明朗快活、などと大見得を切ってしまいましたが、主人公、ただの人間に吹っ飛ばされて血を流しています。

 大丈夫なのでしょうか、大丈夫でしょう。たぶん、きっと……

 いまさらながら、この主人公には、明朗も快活も無理なのではないかと思い始めているところです。


「大丈夫か」

 デッカーが話しかけてきた。

 ボルズは、シンガーによってカーロンの前に引き出され、尋問(じんもん)を受けている。

「傷をみせろ」

「いや、いい」

「遠慮するな。俺はこの隊では、衛生兵を兼ねているんだ」

「わかった」

 アキオは、傷口を見せた。

「もう、治りかけてるな。ありがたいもんだ。()()()()()は」

 アキオはデッカーを見る。

 彼の正体に気づいたのではなく、一般常識としてその言葉を使ったのだろう。

 

 この世界の人々の体内には、封印の氷(コキュートス)によるグレイ・グーの爆散(ばくさん)以来、ナノ・マシンが入っている。


 病にかかりにくくなったのも、傷の治りが早いのもそのためだが、身体の変化に対する人々の不安を払拭(ふっしょく)するために、各国の王から共通の説明がなされ、ほとんどの国民は、それが魔王が放った高位魔法、一瞬で世界を(おお)った灰色の霧が原因だということを知っている。


 だが、そのことで、人々が魔王に感謝することはない。


 サンクトレイカ女王の私怨(しえん)西の国(サイアノス)女王の私欲(しよく)、ニューメアの暴挙(ぼうきょ)が、結果的に世界を危険にさらすことになった、などと真実を公表すると、エストラをのぞく様々な国々に悪影響が及ぶため、最終的に、すべての出来事は魔王が単独で行ったことにするとアルメデが決断したからだ。


 それ以前に広められた()()()()()が浸透しすぎていて、いまさら事実を知らしめても、世の中を混乱させるだけ、という判断もあった。


「ごめんなさい、アキオ」

 アルメデは何度も謝ったが、彼にとっては、それはどうでもよいことだ。


 その後、時とともに、物語を語って大陸を()()()()ソラトリス、地球で言う吟遊詩人ぎんゆうしじんによって話に尾ひれがつき、人々の身体の変化は、魔王が世界を支配するために仕掛けた高位魔法を、勇者ノランが未然に防いだ結果の恩恵(おんけい)、という話が広がったため、今ではそれが人々の常識となっているらしい。


「この調子だと、今日中に治るな」

 アキオはうなずく。

 ボルズにしても、それを見越(みこ)した上での暴力なのだろう。

 半日で治る程度の怪我なら、ひどく懲罰(ちょうばつ)されることもない。

 まして、人手の足りない遠征中なのだ。

 貴重な戦力の、経験ある兵士を拘束することはできない。


「怪我させられたあんたに、こんなことはいいにくいんだが」

 アキオが顔を上げる。

「傷もたいしたことはないし、ボルズを悪く思わないでほしいんだ。本来、あいつはこんなことをする奴じゃないんだが……たぶん、あんたが女に()()()のが気に入らないんだな」

 まるで、アキオに原因の大部分があるように言うと、返事も待たずに立ち上がり、軽く肩を叩いて去っていく。


 入れ違いにカーロンがやって来た。

「大丈夫ですか?」

 心配そうに声をかける。

 王から()()()()()人間に怪我をさせては、まずいと思っているのだろう


「問題ない」

 アキオは答え、

「なぜ、俺を敵視するか、奴はいったか」

「あなたが、その――女性の尻を追いかけ回していることに腹が立った、といっています」

 アキオの口元がわずかにゆるむ。

 どちらかといえば、彼の方が、少女たちに追いかけられているように思うのは気のせいだろうか。


 いずれにせよ、それはシックルやデッカーの考えに沿った発言だ。


「休憩が必要ですか?」

 遠慮がちに、カーロンが尋ねる。

「不要だ。すぐに出発してくれ」



 それからの2日間は、何事もなく平穏に過ぎた。

 ボルズは、あれ以来、アキオに構わず、シックルは、暇があれば親しげに彼に話しかけてくる。


 彼以外の他の兵士は、アキオのことをケンカに弱い、生ぬるい金鉱警備からやってきた縁故採用えんこさいようの新参者と思っているようだった。

 それも含めて当初の予定どおりだ。


 フレネルは、連日のようにラミオによって嫌がらせを受けていた。


 魔獣は出てこないが、そろそろ辺境地域に入るので警戒は厳しくなっている。


 隊商コブス兵士たち(アーミィ)を観察するうち、いくつか気がついたことがあった。


 ボルズは、アキオ以外にもうひとり、ジャッケルという小柄な兵士にちょっかいを出していた。


 口数の少ないジャッケルは、ベテランぞろいの兵士たちの中にあっては数段能力が劣り、起床にせよ食事にせよ、つねに一番最後になって、誰かの罵声ばせいを浴びている。


 そのため、いつも、()()()()とあたりを見回すようにしているが、その仕草自体もボルズのかんさわるのか、彼を見るたびに殴るふりをして威嚇いかくされていた。


 シッケルが眼をかけているため、暴力行為を受けていないのが救いだ。


 そんな彼の唯一(ゆいいつ)の息抜きは、休憩時間に、独りで石を投げることだった。

 何が面白いのか、地面に転がる石をひろっては空に向けて投げている。

 よく見ると、ジャッケルは、空を飛ぶガルに向かって石を投げているのだった。

 もちろん、まったく当たらない。

 それどころか、たまに馬鹿にしたように、大きな鳥に石をくわえて逃げられることさえある。

 彼の()()()()姿をみて、男たちは再び大笑いするのだった。

「おい、あまり笑ってやるな」

 シッケルに()()()()()()()男たちはやっと黙る――


 デッカーとボルズは仲が良く、休憩地ではよくふたりで話をしているようだ。



 3日目の夜、国境に近づいたその日、彼らの隊はマーナガルの群れに襲われた。


 馬車に揺られるアキオの耳が、魔獣の息遣いを捉える。

 あれ以来、ボルズが手出ししないので、()()()()()は解除してあるのだ。


 眼を開けると、隣に座るシッケルも、メナム石が暗く光る車内で虚空を睨みつつ耳に手を当てていた。


「おい、お前たち、お客さんだ」

 シッケルの言葉で、眠そうだった男たちの眼がしゃっきりする。

 アキオはその様子を好まし気に見た。

 どの世界でも、良い兵隊は同じだ。

 オンとオフが明確に切り替わる。


 男たちが、剣を掴んで立ち上がるのと同時に、車外から怒声どせいが聞こえてきた。

 

「野郎ども、いくぞ」

 扉が開けられ、兵士たちが飛び出して行く。

 アキオは、慌てず一番最後に出た。

 あたりを見回す。


 馬車は、平地で停まっている。

 すぐそばには、水かさは少ないが大きな川が流れていた。

 河原にはススキに似た植物が繁茂はんもしている。


 雲のない空で輝く、三つの明るい月に照らされた光の中で、男たちは相当な数のマーナガルと戦っていた。

 その数は、100体を優に越えている。


 戦況は厳しそうだ。


 山犬マーナガルたちは、植物の陰に隠れて移動し、いきなり飛び出して襲ってくるのだ。


 アキオは月明かりに照らされる地面を見た。

 河原だけに、小石がたくさん落ちている。

 彼は小指大の石を拾い、指先で砕いてみた。

 硬さはモース硬度でおよそ6、投石に適している。

 アキオはうなずくと、手早く拾って両手で持った。


 馬車の陰に立って状況を見守る。


 危機の際に、人の本質は現れるものだ。

 この機会に、彼は内通者を特定するつもりだったが――


 どうやら、マーナガルの数が多すぎるようだった。


 魔獣の作る雷球アラメイ火球アータルが、月の光を圧倒して河原を照らし始め、男たちの怒号(どごう)と悲鳴が激しくなる。


 兵士の中で、魔法使いは10名。

 その数では10倍を超える魔獣の相手は不可能だ。


 残り20名の剣士のうち、シッケルやボルズは、避雷器パラトネを使って雷球アラメイを消しつつ魔獣を切り捨てているが、予想通りジャッケルは剣を抱えて逃げ回っていた。


 シェリルは、精鋭を集めたと言っていたはずだが、何か手違いでもあったのだろうか。


 アキオは、ジャッケルに噛みつこうとしている魔獣の額に向けて石を弾いた。


 額に小さな穴がき、頭蓋(ずがい)ごと後頭部が吹っ飛んだマーナガルが即死する。


 彼が、指を使って高速回転を与えた石は、その形状のいびつさと材質のもろさから、ダムダム弾と同じ効果を示したのだった。


 ハーグ宣言のない世界だし、そもそも相手は魔獣だ。

 問題はないだろう。

 

 彼は、身を隠して兵士たちにわからないように、次々と石を弾いてマーナガルを倒していく。

 その間も観察は怠らない。


「や、やめて!」

 車内にいるはずの少女の声が、隊商コブスの馬車から聞こえ、アキオは駆け出した。


 馬車の出入口でいりぐちから、フレネルが押し出されようとしている。

 なんとか戸口につかまって落ちないようにしていたが、ラミオの力に負け、ついに地面に落下した。


 その瞬間、アキオは同時に2つのことをした。


 フレネルに襲いかかる複数のマーナガルに、石を弾いて頭を吹き飛ばし、エカテルの馬車を蹴り上げて倒れない程度に揺らす。


 扉の隙間から少女の様子を見ていたラミオは、落ちそうになって慌てて扉を閉めた。


 アキオは、素早く少女に近づくと抱き上げて食料馬車に向けて走る。

 生身の人間を抱いているため、加速は使わない。


 あっと驚いた少女は、一瞬、逃げようとするが、

「俺だ、安全な場所に連れていく」

 かかえ上げたのがアキオだと知ると、逆にきつく抱きついてきた。

 彼は襲い来る魔獣に石を撃ちこみながら食料馬車に近づき、扉を開ける。

 フレネルを押し込んだ。

「中にいろ。安全だ」

「あっ、あの」

 離れようとする彼に、少女が声をかける。

「気をつけて」

 アキオはうなずいて扉を閉め、兵士の叫びのする方向へ走り出した。

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