表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
394/749

394.水槽

 20分ほど歩くと、羊群原(ようぐんばる)地帯を抜けた。

 さらに10分ばかり進むと、草のない火山岩の上に立つ巨大な白鳥号シーニュが見えてきた。


 すっかり寡黙かもくになっていた男爵たちは、その威容いように再び目をむいて驚く。


「リトー、スペクトラをおろしなさい」

 アルメデが命じた。


「待ってくれ」

 アキオがそれを止める。


「グリム、彼女のために、地面に寝椅子( シェーズ・ロング)を作ってくれ」

「わかったわ」

 先に到着し、白鳥号シーニュの足元で、黒蛇と化してとぐろを巻いていたグリムが、火山岩の上で長椅子に形を変えた。


 巨人は、その上に眼を閉じた少女をそっと下ろす。


「岩が痛いから?ずいぶん気をつかうよねぇ」

 シジマが、ため息交じりに言う。

「そうですね。それもあるでしょうが――」

 ヨスルが説明し始めると、

「リトー、活動停止シャット・ダウン

 アキオが命令した。


「アイアイ・サー」

 巨人は、パチンと弾けるように消滅する。

 内部から霧のようなグレイ・グーがあふれ出し、夕闇の迫る台地に拡散(かくさん)した。


「よくやった」

「お役に立てて光栄です」

 リトーの支配から解放されたグレイ・グーが、元の口調で答える。


「通常任務に戻ってくれ。何かあれば、また呼ぶ」

いつでもどうぞ(エニィタイム)。お待ちしています、ぬしさま」

 灰色の霧は、日暮れと共に涼しさを増してきた高台(たかだい)の風に乗って、(すみ)やかに消えていった。

 通常任務に戻されたことで、ナノ・マシンの規模は再び制限をうけて、その数を減らすだろう。


ぬしさまなんだ」

 シジマがつぶやく。


「グリム」

「はい、あなた」

「スぺクトラを運んでくれ」

「アイ・アイ」

 穏やかな声で応えると、大きな少女を乗せたまま、寝椅子( シェーズ・ロング)がゆっくりと動き出し、スロープを登って行った。


「リトーでは、大きすぎて彼女を船内に運べないからギデオンを使ったのですね」

 ミストラが感心し、

「ギデオンは、アキオを()()()って呼ぶんだ」

 シジマが違う面から感心する。


「わたしの名はグリム。以後はそうおよびください」

 彼女の言葉を聞きつけた寝椅子( シェーズ・ロング)は、そう言い残して船内に消えていく。


「グリムって、たしか精霊だよね」

 見送ったシジマが振り向いてヨスルに尋ねる。

「夜の精霊だったと思います」

「夜かぁ、ギデオンの黒とはあってるのかなぁ」

 釈然しゃくぜんとしない表情でシジマはつぶやくが、

「さあ、ボクたちも、この荷物を運びこまないとね」

 そう言って、40人の兵士たちに向き直った。

「みんなで一列になってこのスロープを登るんだよ。上には、快適な部屋が用意してあるんだ。鍵のかかる部屋がね」


 全員が白鳥号シーニュに乗り込むと、男たちは、シジマの指示で窓のない部屋に連れて行かれる。


 アキオは、貨物室カーゴ・ベイに置かれた巨大な透明水槽(タンク)を見上げた。


 その内部に、薄紫色うすむらさきいろの、身体の修復に必要な()()()()が溶け込んだ液体を満たした、通称アミノ酸プールだ。


「スぺクトラ」

 彼は、黒い寝椅子に横になる少女に声を掛けた。

「はイ」

 オレンジ色の眼を開ける。

「これから、君に、この水槽タンクに入ってもらう。冷たくはないはずだ。中に入っても息はできるから怖がらないでくれ」


 肺を満たす液体に含まれたナノ・マシンが、最適な配分で酸素―二酸化炭素のガス交換を行うため、通常の空気より息がしやすくなるのだ。


「アキオ、しンじる」

 少女は手を伸ばす。

 その指を握ると、彼は命じた。

「スぺクトラをプールに入れてくれ」

「わかったわ」

 グリムは寝椅子の足を延ばして少女をもちあげ、水槽の壁を越えて、ゆっくりと液体におろした。


 スぺクトラは、眼を閉じたまま、おとなしく薄紫色のプールの中に沈んでいく。


 豊かなオレンジの髪が液体に舞い、ワンピースが揺らめいて、まるで空中を飛びながら眠る妖精ニンフのように見える。


「大きくて……美しい人ですね」

 ヨスルがつぶやく。


 アルメデたちと共にそれを見ていたアキオは、アーム・バンドを操作してスぺクトラの意識レベルを下げると、言った。

「よくやった、グリム」

「どういたしまして」

「お前も通常の任務に戻れ」

「はい、でも……名残なごり惜しいわ。もっと他に――」

「いいから、早く白鳥号シーニュをおりなさい」

 アルメデが硬い声を出す。

「イエス、マム」

 グリムは、あわてて蛇の姿に戻ると、滑るように格納庫のスロープを下って行った。


 格納庫カーゴ・ベイのスロープが上がり、扉が閉まる。


「アルメデ」

「はい」

「彼に船を見せてくれ」

 アキオは、ミストラと手をつなぐ少年を見ながら言う。

「わかりました――あ、でも、その役目は、シジマの方がふさわしいでしょう」


 そう言って、貨物室に笑顔で戻ってきた緑の髪の少女を手招きする。


「シジマ、ガラリオさまに船を案内してさしあげて」

「うん、わかった。行きしょう、ガラリオ伯爵さま」

 そういって差し出された手を少年はうやうやしく握った。


 ふたりが貨物室を出ていくと、アルメデがアキオに向きなおる。

「わたしとヨスルは、発進の準備のために司令室に行きます。アキオはミストラを――」

「わかった」

 彼は少女の手をとる。

 眼を閉じて、穏やかな表情でプール内を漂うスぺクトラを見上げて、言う。

「次は君の番だ」

「はい」

 アキオに連れられて、ミストラは貨物室を出て通路を歩き、回復室リカバリー・ルームと書かれた部屋に入った。

 室内には、アミノ酸プールと同じ液体で満たされた一人用の透明タンクが並んでいる。


 少女がコートを脱いで椅子に掛けるのを見て、彼はゆっくりと背を向けた。

「アキオ」

 少女に呼ばれて振り向く。

 体にぴったりとフィットして、美しいラインを見せるワンピースの背中を向けて少女が言った。

「背中のジッパーをおろしてください」

 彼は黙って近づくと、言われたとおりにした。

 豊かな髪の毛を、手でかき上げているため、ふだんは見えないきれいな()()()が彼の眼にさらされている。


「今どきジッパーなんて!って思ったでしょう」

 ミストラがいたずらっぽく笑った。


 ヌースクアムにおける標準服スタンダード・ウェアは、少女たちの意見で改良が繰り返され、ナノ・マシンによって自由に色、デザイン、サイズと密着度を変え、どこからでも、また何か所でもオープンできるようになっている。


「いや、だが、珍しいな」

「ラピィに見せられた地球の映画で、ヒロインが着ていた服の複製品レプリカなんです。その子が恋人にジッパーをおろしてもらうのを見て――」

 少女はくすっと笑い、

「わたしもアキオにそうしてもらおうと……今、その夢がかないました」

 (かす)かな衣擦きぬずれの音をさせて、ミストラは服を床に落とす。

 あとには、下着姿の少女が残った。

 そのままアキオに抱き着く。

「アキオ……今日のこと、本当に気にしないでくださいね」

 ミストラは、彼の首につかまってかがませると、顔にほほを寄せて続ける。

「ナノ・マシンのおかげで痛みはありませんでしたし、傷も残っていません。だから、()()()()()()()ようなことはしないで――」

 少女の涙が彼の頬を濡らす。

「知っていたのか」

「もちろんです。眠っていても、わたしたちはつながっているのですから」

「そうか――」

「お願いです」

「了解だ」

 アキオは少女の頭を撫でた。

「約束ですよ」

 そう言いながら、ミストラは下着の一部に触れる。


 ぱっと弾けるように下着が消失し、少女は全裸になった。


回復槽リカバリー・タンクに入れてください」

 ミストラが、耳元でささやくように言う。

 アキオは、少女を抱き上げた。

「一時間程度で終わるはずだ」

「はい」

 水槽(タンク)に近づいて、ゆっくりと液体の中にミストラを沈める。


 全裸の少女は、薄紫うすむらさきの液体の中で目をけ、透明な壁ごしに彼を見た。


 てのひらをパネルに当てる。

 アキオは、それに重ねるように自分の手を置き、アーム・バンドを操作して、回復処置を開始した。

 ミストラは眠りに落ちていく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ