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393.偽悪

「と、いうわけで、君たちはこれから王都シルバラッドに連行れんこうされるけど、すべての出来事を正直に話して反省したら、王さまにとりなしてあげるからね。でも嘘をついたりすると……わかるね」

 小柄な緑の髪の美少女は、羊の形をした岩の上に立って、杖のように逆手さかてに持っていた剣を、さやごと岩に打ち当てた。


 ガっと激しい音がして岩が裂け、男たちは震えあがる。


 彼らは、さっきまで(おこな)われていた、ドビニーとへプランに対する少女の言動をすべて聞いていたのだ。


 ところどころ理解不能な点はあったが、この美少女が笑いながら、斬り落とした生首を小脇こわきに抱えさせて王に謁見えっけんさせる、と言ったことは全員が覚えている。


 ただ言うだけではなく、実際に、ふたりは首だけになっても生きていたのだ。


 兵士として、護衛として、様々な魔法使いと組んで戦ってきた彼らも、こんな魔法は見たことがない。


 挙句あげく、少女は、

「気を失ったらつまらない」

 そういって、栗色の髪の少女が止めるのも聞かず、彼らの目の前で、ヘプランとドビニーの首をつないでしまったのだ。


 ありえない現実を見せられて、兵士たちは言葉を失った。

 同時に絶望する。

 自分たちは、本当に、とんでもない相手を敵に回してしまったのだ、と。


 しかも、首をつなぐ際に、緑の髪の少女は、ふたりの頭を入れ替えようとまでしたのだ。


 さすがにそれは、仲間の少女に叱責しっせきされてやめたが、彼女がいなければ、絶対にやっていたに違いない、男たち全員が、そう確信していた。


「まったく、ミストラは冗談が通じないんだから。シミュラさまなら、手足の神経を左右逆につなぐのも面白かろう、といったはずだよ」

「そんなこと(おっしゃ)られるはずが――」

 少女の声が途中で小さくなって消える。

「ほらぁ、いいそうだ、と思ってるでしょう」

「とにかく、いくら悪人でも、身体を()()()()()()いけませんよ」

「わかったよ。あ、目を覚ましたね。どうだった、幻肢痛ファントム・ペイン


 体を起こした男ふたりは、(おび)える眼で少女を見た。

「感想は?」

 なおも尋ねる美少女から先を争って離れようとするが、

「一応、逃げられないように身体は麻痺(まひ)させているから」

 彼女の言葉に呼応(こおう)するようにふたりは無様(ぶざま)に倒れる。


「王都に着くころには回復するようにしてあるから、安心して」

「シジマ、いい加減にしないと――」

 その言葉をさえぎるように、羊に似た奇岩(きがん)散在(さんざい)する平原に大きな音が(とどろ)き、鍾乳洞の穴から巨大な手が見えると、中から巨人が現れた。


 男爵とヘプランを含む男たちの目が大きく見開かれる。


「ああリトーか。そういえば、ボクとカマラだけじゃないかな。封印の氷(コキュートス)戦で、巨大リトーを見ていないのは。こんな感じなんだね――あ、あれがスペクトラ?」

 たくましい巨人に抱かれて現れた白いワンピースの少女を見て、シジマが眼を丸くする。

「あんなに可愛いなんて聞いてないよ――ラピィと比較して()()()()アキオ(ごの)みだし、つのまである。またアキオを取られる時間が増えちゃう……」

「あなたは……アキオの好みを歪曲わいきょくするのはやめなさい。確かに中身は良い子だけれど」

 そう言ってあきれる姉の横に立っていたクルコスは、思わず微笑(ほほえ)んだ。


 ガラリオの血を引く利発(りはつ)な少年には、少女が行った、悪党ふたりに対する悪ふざけが、金鉱(きんこう)の傭兵とガラリオ家を裏切った護衛兵に向けたものであることが分かっていたからだ。


 伯爵家の背後には、とんでもない力を持ち、それを使うことに躊躇ちゅうちょしない者がひかえていることを、広く世に知らしめるために、緑の髪の少女はあえて悪役を演じたのだ。


 これ以上、ガラリオ家、()()()()()()危険が及ばないように。


 少年はあこがれの眼で少女を見て、思う。


 鍾乳洞における、魔王アキオの態度から考えて、姉ミストラが最高に大切にされていることはわかる。

 そして、あの気高(けだか)さが際立(きわだ)つアルメデさまと、優し気な水色の髪の女性――うわさ通り、魔王のまわりは、彼を愛する美しい方ばかりだ。


 しかし、たとえ()()()()()、どれほど他に素晴らしい女性がいたとしても、この冗談好きで活発で、明るく頭の良い美しいひとを、黒の魔王は手放さないだろう。


 巨人に続いて、アキオと少女たちも地上に飛び出して来る。


「スぺクトラの様子をみましょう。リトー、一度、彼女をおろしなさい」

 アルメデの指示で、巨人は、そっとオレンジの髪の少女を地面に寝かせた。


 アキオたちが歩いて近づき、シジマとミストラが駆け寄った。


 リトーが巨大すぎるため、遠目には、人間に抱かれたポジのように小さく見えていたスペクトラも、近づいた少女たちと比べればやはり大きい。


「大丈夫?」

 ミストラが話しかけると、地面に身を横たえたまま、少女は気丈(きじょう)に返事をした。

「はイ。もう、へいキ」

「わっ」

 シジマが叫んだ。

「なに、今の。頭の中にアキオの顔が浮かんだよ」

「まぁ」

 ミストラが笑う。

「わたしたちよりシジマの方が、彼女とよくナノ同調しているのですね。アキオ、何かいってあげてください。この子、あなたのことを考えているみたいですから」

 彼は、スペクトラに近づいた。


「これまでで、何か問題はあるか」

「もう!違います。もっと()()()()()()()()()ことを――」

 ミストラが可愛く拳を振りながら言う。


「――よく頑張った」

 アキオが再び少女を見上げた。

「ん!」

 白いシンプルなワンピースに包んだ身体を起こしながら、スぺクトラが微笑む。

「――これから俺の船、白鳥号シーニュに君を運ぶ。そこで、身体を完全に治すんだ。体調が元通りになったら、君が見たことのない景色を観に行こう。(つの)が治ったら、君の髪に合う髪飾りを贈るよ」

「ど、どうしたのでしょう、アキオの言葉が長い上に、普段、絶対に口にしない()()()()()台詞(せりふ)が――」

 そこまで言ってミストラは、アキオの手とアルメデの手がつながれていることに気づいた。

 いつの間にか、おそらく彼女の『女の子が喜ぶような』あたりから、アルメデが指話で台詞(せりふ)の指導をしていたのだろう。

 言葉の前の、()()()()がその証拠だ。


「わカッタ。たのシみに、すル」

 アキオはうなずくと、ミストラを振り返った。

「君も、白鳥号シーニュで、アミノ酸プールに入るんだ」

「え、わたしはもう大丈夫です」

「頼む」

「――わかりました」


「では、全員で、白鳥号シーニュへ向かいましょう。リトー」

 アルメデの言葉で、巨人が、そっとがスぺクトラを抱き上げた。

 足場を確認しながら、ゆっくりと歩き始める。


 歩き出そうとしたアキオは、目の前に小柄な人影が現れたのをみて立ち止まった。

 クルコスだ。

「アキオ、弟があなたにご挨拶をしたいといっています」

 彼がうなずくと、少年は、一歩前に踏み出して言った。

「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。 アキオ・シュッツェ・ラミリス・モラミスさま。クルコス・スタルク・ガラリオです。このたびはわたしの救出にご尽力いただき――」

 アキオは手を振って少年の言葉を遮る。

「アキオでいい」

「は、はい、アキオさま」

 栗色の髪の美少女は、ね、というように弟にうなずき、

「余計な気遣いはいらない、といったのですが――」

「しかし……」

「気にしなくていい。無事でよかった」

「ありがとうございます」

「さあ、行きましょう」

 少女が弟をうながして歩き出す。


 ミストラはクルコスの手を引き、シジマとヨスルがドビニー以下40名の男たちを引っ立てた。

 彼らの横を、巨大な蛇の姿になったグリムがついていく。

 よろめきながら歩く伊達男だておとこの男爵とヘプランは、すっかり老け込んだ様子でおとなしくなっていた。


「クルコス」

 手をつなぐ弟にミストラが声をかける。

 こうして、一緒にあるくのは何年ぶりだろう。

「はい、(ねえ)さま」

 明るい瞳で少年が返事をした。

「シジマのことだけど、誤解しないでね。あの子は――まあ、普段からあんな感じだけれど、今日の悪ふざけは――」

「わかっています……よく、わかっていますよ」

 少年は笑顔になる。

 やはり姉さまは素晴らしい。

 ちゃんと、彼女の意図を理解しておられたのだ。


 奇妙な集団が、多くの丸みを帯びた石灰岩柱ピナクルが、羊が群れを作ったように見える羊群原ようぐんばるを進んで行く。


「アキオ」

 黒いコートの(すそ)(ひるがえ)しながら足を運ぶ彼に追いつき、並んで歩きながら、アルメデが声を掛けた。


 彼は少女を見る。


 いつのまにか、太陽は地平線に近づき赤みを帯びていた。

 その光を受けて、彼女の短い金髪がきらきらと輝いている。


「メデ」

 ごく自然に少女の名が口をついて出た。

「はい」

「もうすぐ君と出かけることになるが、観たことがない景色はあるか」

「嬉しいことをいってくれますね。ではお答えします。わたしは、この世界に来てから、いいえ、出会ってから、アキオとふたりきりで出かけたことがありません。ですから、どんな光景でも、初めてふたりで見るものなら見たことのない景色です。つまり(インアザワーズ)――」

 普段は、どこか冷たさすら感じさせる女王らしい硬い表情が、太陽をあびた氷柱(つらら)のように溶け、とろけるような甘い笑顔で少女がいう。

「ふたりならどこでも良いの。だって、130年前にあのロケットの中で出会ってから、ずっとそれだけがわたしの願い、あこがれだもの」


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