382.奪回
光が激しく明滅し始めると同時に、少女は異変に気づいた。
ゴランに怯えて広場中央に集まり、背中合わせに剣を抜いて防御していた男たちが、一時的に虚ろな表情になったあと、急に怒りを露わにして斬り合いを始めたのだ。
「いけない」
どうしてそうなったのかは分からないが、すでに彼女も戦場をいくつか経験している身だ。
理屈はともかく、戦いの場では、今起こっている結果がすべてであることは知っている。
考えている間に殺されたのでは意味がない。
まず、彼らを止めなければ、クルコスも巻き添えを受けて殺されてしまうだろう。
ミストラはナノ強化のレベルを上げて、男たちのもとへ走り寄った。
「やめなさい」
叫びながら、避雷器改を伸ばして長剣とし、斬り結ぶ男たちの間に割って入る。
兵士たちは、血走った目を吊り上げて、今度は少女に襲いかかってきた。
「しかたないですね」
ミストラはコートのポケットから、小さな丸いタブレット状のものを取り出した。
「アキオ、PSスタンを使います」
そういって地面に叩きつける。
その瞬間、凄まじい音と光が広場全体に行きわたり、アキオとミストラを除く洞窟の人間すべてが意識を刈り取られた。
封印の氷戦で、魔法使などの生身の人間の扱いにアキオが困るのを見て、アルメデがシジマに開発させた、PSを用いる閃光発音筒、通称M98。
起爆させると190デシベルの爆発音と150万カンデラ以上の閃光を放ち、人間を一時的に失神させる非致死性兵器の効果は絶大だった。
兵士たち全員が倒れたのを見届けると、少女はアキオを振り向いて笑顔を見せた。
「念のために、アルメデさまが作ってくださったM98が役に立ちま――」
その言葉を言い終わらないうちに、少女は後方に飛びのく。
なぜかわからないが、アキオが突然、襲ってきたのだ。
「いったいどういう冗談です」
なおも、笑いながら言いかけた少女の顔から微笑みが消える。
愛する人の眼が、いつもの光を失っていたからだ。
さっきの兵士たちと同じ虚無の眼だ。
少女は気づく。
アキオは、紅い光によって操られている――
彼の眼を覚まさせねばならない。
彼女は、ポケットからM98を、もうひとつ取り出して、地面に叩きつけようとした。
そこへ、凄まじい速さでアキオの拳が飛んで来る。
かろうじて身を躱した拍子に、掌からM98が零れた。
彼の手がそれをつかみ取り、粉々に砕く。
続けて、休む暇を与えず、アキオは連続攻撃を繰りだし始めた。
赤い光が、ストロボライトのように素早く点滅しているため、彼の動きは分解写真のように途切れ途切れに見える。
さすがに黒の魔王は強い。
ミストラが精いっぱいナノ強化しても、ギリギリでしか彼の攻撃は躱せない。
5分以上攻撃を続けた後で、やっと、アキオがインターバルをとった。
光は今も、無音のうちに目まぐるしく点滅している。
その奇妙な静寂の中で、少女は赤い光に浮かび上がる恋人の顔を見つめて言った。
「わたしの命はアキオのもの。欲しいといわれれば、いつだって差し出します」
ミストラは、頬をひきしめ、
「しかし、今のあなたはアキオではありません。ですから――力の限り戦って、あなたを取り返します」
少女は再び避雷器を一振りして伸ばすと、身構えた。
魂が抜けたように広場に立つ恋人を見て、考える。
どうすれば、彼の意識を取り戻すことができるだろう。
普通のやりかたでは、M98は使わせてもらえない。
携行してきたP99は、まず撃たせてもらえないだろう。
だけど――
彼女は気づいている。
もし、本気でアキオが彼女を殺そうと思ったなら、すでに十数回、彼女は殺されているはずだ。
つまり、彼は本気を出していない。
それが、操られているが故の精彩のなさなのか、無意識に彼女を守ろうとしてくれているのかは分からない。
彼女自身としては、後者を信じたいが――
闘っている間に、少女はひとつ策を思いついた。
なんとか彼の動きを止め、その隙に手の中でM98を起爆するのだ。
至近距離での爆音と閃光は、きっと彼女に愛するアキオを取り戻してくれることだろう。
ミストラは、最後のM98を手にすると、慎重に彼との間合いを測り、左手の避雷器で必殺の攻撃をさばきながら機会を待った。
3度の命に関わる攻撃をしのいだ少女は、4度目の攻撃で、わずかにアキオの重心保持にブレが生じるのを見逃さなかった。
まともな状態の彼なら決して冒さないミスだ。
おそらく、操られているが故のことだろう。
ミストラは、顔面に向けて突き出されたアキオの貫手を、右目を犠牲にして体を半回転させ、左腕で巻き込んだ。
右手を掲げ、握ったM98の起爆スイッチに指をかける。
「――!」
次の瞬間、彼女の右手は閃光発音筒を掴んだまま宙を舞っていた。
アキオの手刀で切断されたのだ。
「これでもダメなの!」
たとえ操られていても、アキオは凄まじく強い。
右目、右腕を失った少女の胸を、絶望の黒い霧が覆っていく。