表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
380/749

380.夜光虫、

 ふたりは、鉱夫たちを残し、男爵を追って駆け出した。

 それほど速い速度ではない。

 100メートル6秒フラット、時速60キロほどの速さだ。


 それでも、たちまち洞窟の(はし)に近づく。


 壁には、かろうじて人が通り抜けられるほどの穴が開いていた。

 隣の鍾乳洞への通路だろう。

 地上から3メートルばかりのその入口には、鉄の梯子はしごが掛けられている。


 アキオは、ジャンプして、そのまま入口に入った。

 ミストラが後に続く。


 彼らが飛び込んだ先には、やはり鍾乳洞が続いていた。

 これまでよりかなり細い通路だ。


 先ほどより冷たく湿った空気が彼らの頬を()でる。



 アキオは走るのをやめ、ミストラを待って、並んで歩き出した。

 ライトをつける。


 光に浮かび上がったのは、足下(あしもと)の石すべてを鍾乳石しょうにゅうせきなめらかに覆う流華石フローストーンの道だった。


 さっきまで走っていた鉱道ギャラリーと違い、左から右に向かっておだやかに傾斜しているが、見た目ほど滑りやすくはない。


 広くはないが、大人ふたりが並んで歩くことができる幅は確保されている。

 高さは3メートル足らずだ。


 進むにつれて、道は大きく左右に曲がり、急激(きゅうげき)に下降すると唐突とうとつに終わる。


 立ちふさがる壁と、その一部を四角く切り取った入口が現われたのだ。


 穴の向こうからは、(まぶ)しい光があふれている。


 警戒したアキオは、穴の手前で少女を待たせ、眼だけを出して光を見た。


 しばらくして少女を招く。


 ミストラは、走るように彼に近づき、彼の身体の陰から頭を出して()()()()を見て――

「あっ」

 思わず叫んだ。


 そこは、様々な色彩しきさい渦巻(うずま)く――さながら光のキャンバスだったからだ。


 彼らの立つ穴から、鍾乳洞の下まではおよそ10メートルほどの高さがあり、天井の高さは数十メートルはありそうだった。

 奥行(おくゆ)きは、はるか彼方(かなた)までカーブしながら続いていて、その先は分からない。


 そして――目に見える空間すべてが、色鮮やかに発光していた。


 青、赤、黄、緑、紫、広大な洞穴が、様々(さまざま)な色の光で満たされているのだ。


 床と天井をつなぐ、数多くの石柱(せきちゅう)も、色とりどりに光っている。


「アキオ、これは……」

「地球でいう、夜光虫(ナクタルーカ)とヒカリゴケの一種だろう。この世界では海洋性(かいようせい)ではないようだ」

 アキオがつぶやき、

「これほど明るい理由は――」

 そういって、アームバンドの数値を見る。

「どうしました」

「この洞窟のPS濃度は高い。光を発している生物は、メナム石のように、体内でPSエネルギーを光に変換している可能性がある」

 そういって、アキオは、ライトを消すと下に飛び降りた。

 ミストラも続く。


 極彩色ごくさいしきの光に浮かぶ鍾乳洞の底には、整備はされていないものの、歩いて行けそうな平坦へいたん部が続いていた。


 先を行く男爵たちも、そこを通って行ったのだろう。


「わぁ」

 地面に足をついた少女が可愛い声をあげた。

「アキオ、まるで、水の上にいるみたいです」


 彼らの足下(あしもと)流華石フローストーンをびっしり覆った苔は、鮮やかな淡青色(たんせいしょく)に揺らめきながら発光し、まるで水上に立っているかのような錯覚を与えるのだった。


 アキオは、アーム・バンドに指を触れ、少女の眼が受ける光刺激(ひかりしげき)閾値スレッショルドを上げて制限した。

 おそらく問題はないと思うが、暗闇の中における、過度かどの光刺激は脳を疲労させてしまう。


「先に進もう」

 彼の言葉にうなずいて、少女がアキオの左腕につかまった。


「この光の意味は何でしょう?」

「洞窟にとって、異物であるヒトを警戒しているのだろうな」

「わたしたちを?」

 アキオは首を横に振った。


 彼らがこの鍾乳洞に入った時、すでに光の洪水は始まっていた。

 おそらく、先に()()()()()侵入したドビニー男爵と兵士たちに刺激されたのだ。


「聞こえるだろう」

 アキオに指摘されて少女が聴力をナノ強化すると、エコーの掛かった話し声が進行方向から聞こえてくることに気づいた。


「距離は()まっている。(あわ)てず追いかければいい。それに――ここは明るすぎる」

「わかりました」



 さらに進むと、見事な畦石池リムストーンプールが現われた。


 おけの形をした畦石あぜいしに水がまったものを、畦石池リムストーンプールと呼ぶ。


 アキオたちが進む道の、左右の壁面には、大小さまざまの膨大ぼうだいな数の畦石池リムストーンプールが形成され、それらが段々(だんだん)に並んで壁を埋め尽くしていた。


 ただでさえ奇岩きがんとして目を引く美しさがあるのに、いまや、そのプールの一つ一つが、鮮やかに青く、微妙に色を変えながら発光しているのだ。


 少女は立ち止まり、息を()んでつぶやいた。

「こんな幻想的な鍾乳洞アエラムスは初めてです。思いがけなくアキオと素敵な場所に来られました」

「ミストラ――」

「もちろん、クルコスのことは忘れていません。しかし、敵が、黒の魔王に対して恐怖心を持っている限りあの子は安全です。人質は最後の切り札にしなければなりませんから――」

 そこまで言って、少女は頬を赤らめた。

「ね、アキオ。こんなふうに、わたしは、どんな時でも人との駆け引きを計算してしまうのです。たとえ、身内が関わっていたとしても――」


「当然だ」

 ことげに彼は言う。

「状況を客観的に見ることは、戦いには必須(ひっす)だ」

「アキオ」

「同時に、君の弟が安全だ、というのも事実だ」

「やはり、あなたは優しいですね」

 美しく揺れる青い光を、水色の瞳に映した少女が、にっこり微笑(ほほえ)む。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ