378.陽動
「どうしますか、アキオ」
ミストラが、笑顔で指示をあおぐ。
「たのしそうだな」
「はい、やっと、ユイノさんやピアノさんと同じように、アキオと共闘ができそうな状況になってきましたから」
あたりに響く轟音の中、茶飲み話でもするかのようにふたりは会話する。
アキオは、盾にした岩をかすめて地面に突き刺さる杭を見て、
「大した武器もなさそうだが、向こうには君の弟が囚われている」
「はい、ということは、良い刑事、悪い刑事に分かれて反撃するということですね」
ラピィから教えてもらった、地球の知識を使った冗談に、まったく反応しないアキオの顔をみて、少女は吹き出し、
「ごめんなさい、使い方も間違っていますね。ウキウキしすぎてふざけてしまいました――陽動作戦をとるのですね」
「そうだ」
「では、わたしが、火線に出て敵の攻撃を引きつけている間、アキオが弟を救い出してください」
彼は、生き生きとした表情で語る少女の頭を軽く叩く。
「ダメだ」
「あんな攻撃、ホイシュレッケに比べたら何でもありません」
「もちろん、そうだ。だが、クルコスは俺を知らない」
「あ」
「君が適任だ」
「――わかりました」
少女がうなずき、コートの隠しポケットから取り出したナノ・グローブと、インナーフォンを身に着ける。
「では、いってくれ」
「はい。でも、その前に」
少女は、アキオに飛びついて首に手を回し、素早く口づけた。
「あと、もうひとつ」
そういって、岩陰から飛び出すと、飛んでくる杭を手刀で叩き折り、人間の頭大の岩石を踊るように足で蹴って粉々に破壊した。
少女のしなやかな足が、昼近くの陽光を受けて輝く。
そのまま、地面に転がった岩の破片を拾うと、すばらしいフォームで投擲した。
岩石は直線の軌道を描いて、石弓の傍らに立つ射手の肩を砕き、きりきり舞いさせる。
岩陰に戻ってきたミストラはアキオに抱きついた。
「やりすぎましたか」
「いや」
アキオは少女の背を軽く叩く。
「行こう。俺の合図で」
ミストラを優しく抱き下ろすと、
「行け」
英独の混在する地球語で発令する。
ふたりは同時に岩陰から飛び出した。
ミストラの倒した石弓の射手には代わりがいたようで、以前と変わらぬ勢いで岩石を撃ち込んでくる。
並みの人間なら当たれば即死だろう。
もちろん、アキオには当たらない。
彼にとってみれば、ノロノロと飛んでくるだけの岩石と杭を、手で叩き落とし足で蹴り、拳で破壊する。
次々と地面に叩きつけられた岩と木片が、凄まじい轟音を響かせた。
アキオは、目の端で、少女が岩山をナノ・グローブをつかって軽々と登って行く姿を捉える――
その後、空からの攻撃が停止した。
おそらく、白兵戦を始めるのだろう。
そう考えたアキオは、砦に向かって歩いて行った。
しかし、誰も出て来る気配はない。
「アキオ」
インナーフォンにミストラの声が響いた。
「どうした」
「詰所には、誰もいません」
「そうか」
アキオは苦笑する。
初めに、派手にやりすぎたのだ。
彼らの戦闘力を見て、遠隔武器である石弓と投石器にのみ兵を残して、あとは、早々に逃走路から逃げ出したのだろう。
なかなか素早い決断だ。
その点では、指揮をとるドビニーの判断力は、なかなかのものと言える。
「そちらに行く。奴らがどちらに向かったか調べてくれ」
「わかりました」
アキオは木製の壁の下に見える扉に走り寄ると、足で蹴った。
力を加減したので、分厚い扉に穴は開かず、蝶番ごと内側に吹っ飛ぶ。
中に入ると、目前に、両側を崖に囲まれた空間が広がった。
左手に、詰所と呼ぶにはかなり大きい建物が建ち、正面の崖には鉱山の入り口らしい洞窟が見えている。
洞窟は、直径3メートル程度の歪な円形をしていた。
「アキオ」
少女が洞窟の近くで手を振っている。
それを見て、彼が走り出した。
跳躍して、ミストラの横に立つ。
「この中か」
「はい。他に逃げ出せる通路はありませんでした」
少女は洞窟を指さし、
「詰所の壁に張られた地図によると、洞窟内100メートルほどの所に、金鉱へ降りるための縦穴が掘られているようです。洞窟自体は、200メートルほどで行き止まりです」
「縦穴を降りたか」
「でも、逃げるために金鉱に降りるというのが、よくわかりません。考えられるのは、鉱内に籠城するつもりか、あるいは――」
「鉱道からどこかに通じる道があるか、か」
「そうです」
アキオは、ポーチから直径8センチほどのミニ・ドローンを取り出した。
指で弾くと、そのまま空中に浮かび、彼がアームバンドを操作すると、四方八方へ、眩しい青色レーザーを照射しつつ、洞窟の奥へ向かって飛んでいく。
「マッピングをしておくのですね」
アキオはうなずいた。
「縦穴まで行こう」
そういってアキオが走り出す。
ミストラも続いた。
洞窟内は、数メートルおきにメナム石が設置され、視界は悪くなかった。
アキオは、走りながら、戻ってきたドローンを手でつかむとポーチに戻す。
ほどなく、ふたりは洞窟中央に作られた3メートル四方の縦穴に着いた。
アームバンドを確認したアキオが、少女に言う。
「この洞窟内に人はいない」
「つまり、鉱道の中にいるということですね」
アキオがうなずく。
「地図によると、この縦穴は、深さ50メートルほどだそうです」
縦穴の四隅には柱が立てられ、その上に屋根状のものが設置されている。
今は、そこから、途中で切断されたらしい太いロープが揺れていた。
「昇降に使う手動式昇降機は、おそらくロープを切られて下に置かれたままですね」
それを見てミストラが言う。
並の人間なら、新たに下にロープを降ろして、懸垂下降しなければならないところだ。
もちろん、彼らはそんなことをしない。
「では、いきましょう」
そういって、ミストラが縦穴に飛び込んだ。
アキオも、その後を追って穴に入る。