370.不老
「もう、席をお立ちになって、お好きに移動していただいて結構です」
金髪碧眼の美少女、その言葉がこれほど相応しい方もいない、と思われるアルメデが皆に告げる。
エストラ王は、イワーナを伴って席を立つと、巨大な窓に向かって歩き、ふたりで艇外を眺め始めた。
空は地平線に沈み始めた夕陽に染まって、美しい茜色に変わりつつある。
シャロルは、シミュラのもとに駆け寄り、身振り手振りで話をしている。
その様子は、年相応で愛らしい。
ソニャは――椅子に座ったまま、コンソール近くで、アキオが桜色、エストラ語でフリュルの花の髪色をした少女と話すのを見ていた。
知的な瞳、優しく美しい顔つき、しかも、その髪色は、サンクトレイカの王族特有のものであることを、エストラの高位貴族であった彼女は知っている。
ユスラというその少女は、澄んだ瞳でしっかりとアキオを見上げ、微笑みながら会話を交わしていた。
その屈託のない真摯な態度から、彼女が、いかにまっすぐに彼を愛しているかが伝わってきて、ソニャの胸を熱くする。
なんてお似合いなんだろう――
そこに羨みの気持ちはなく、ごく自然に彼女はそう思った。
「ソニャさま」
背後からの呼びかけに振り向くと、灰色の髪を揺らす紅い瞳の少女と、銀髪緑眼の少女が立っていた。
その後ろで、小柄な緑色の髪の少女が笑っている。
先ほど、巨人を破壊した人物だ。
それぞれの少女の美しさに、思わずソニャは口元に微笑を浮かべ、
「はい」
返事をすると、さっと立ち上がって軽く会釈する。
「ピアノさま、カマラさま、シジマさま、あっ」
少女は、さっと近づいたシジマに、抱き着かれつつ髪を触れられて小さく声を上げた。
「抱き心地は――悪くない。髪は、同じ緑色だけど、ボクより、ずいぶん薄い色の髪だね。うーん、これがアキオの好み……」
「シジマ、いきなりそんなことをしたら驚かれるでしょう」
銀髪の美少女が注意する。
「ごめんなさいね、ソニャさま」
少女が謝り、
「ユイノさんから、アキオがひどく気に入った方がおられる、と聞いて心配で仕方がないのですよ」
「何いってるの、カマラ。あなただって気になっているでしょう」
「まぁ」
ソニャが、零れるような、それでいて、一抹の寂しさを滲ませた笑顔を見せる。
「わたしは、皆さま方から気にかけられるような女ではないのです。とるに足らない、醜い生き物です。いま、ここにいるわたしは、アキオさまに生まれ変わらせていただいた――仮の姿にすぎません」
「ああ」
三人の美少女が、同時にため息にも似た声を上げる。
「やはり――」
「はい、間違いありません」
「この人は絶対に良い位置につけてるよね。だって、あの、妙にアキオに好かれているユイノが心配するほどなんだよ。状況はキィに似てるし」
「何をおっしゃられているかわかりませんが――わたしは、生まれつき醜い女なのです」
「うん」
なんでもないようにうなずいて、
「そうらしいね」
シジマが、聴きようによってはひどく冷たい言い方をする。
「ですが、それはどうでもよいのです」
カマラも言い切る。
「ソニャさま。ここにいるわたしたち3人は、皆が、あなた同様、アキオから新しい人生をもらった生き物です」
ピアノが微笑み、
「わたしは、毒で顔が崩れていました。眼も鼻もなかったのですよ」
そういって顔に触れる。
「わたしは世界の果ての洞窟で、言葉も知らず、ひとり、裸同然でくらしていました」
カマラが言い、
「ボクは男だった」
歌うように言って、シジマが可愛くコートの裾をつまむ。
「え、え、ご冗談を――」
「だから、見かけなど、どうでもよいのです」
「そう、そんなことより、ソニャは良いことを教えてくれた。膝枕だよ」
「それと、体に触れて歌、子守歌ですね」
「どうしてそれを……」
「ユイノが、昨日の夜、アキオから聞き出したんだよ」
「……」
「ソニャさま」
カマラが、黙り込んでうつむいたソニャの肩に手を置く。
「先ほどお会いして、いろいろとお話してみてわかりました。あなたは素敵なお方です」
少女たちは視線を交わし合うと、
「ソニャさま。ヌースクアムへようこそ」
声をそろえて、三者三様の美しいカーテシーを見せた。
「ありがとうございます――」
少女が眼に涙を浮かべる。
「ですが、わたしには、為すべきことが決まっております。シャルラ王とイワーナさまの間にお生まれになるお子の乳母として――」
「うん。いいね。大事なことだよ。じゃあ、それが終わってから、お城に来て」
なんでもないようにシジマが笑う。
驚いたように目を見開く少女を見て、
「シジマ、ソニャさまは、ご存じないのではありませんか」
ピアノが指摘する。
「えっ、また、アキオは――ほんと、いつも言葉が足りないんだから」
シジマは、口を尖らせて緑の髪を揺らし、今は、アルメデと話しているアキオを見た。
ピアノが少女の優美にしなやかな手を取る。
「ソニャさま、アキオに――愛された者の時は止まるのです」
「時が……止まる?」
「あなたは、今のまま年をとらずに、いくらでも生きられるのですよ。もちろん、自然に年を取ることも可能です。その時でも、いつでも若返ることができますから」
「そんな――ことが」
「もちろんできるよ」
「アキオさま、あの方はいったい……」
「話せば長いんだけどね、今は、まあ、魔王だからって思っておけばいいんじゃないかな」
「優しい、魔王です」
珍しくピアノが笑顔を見せる。
「ですから、いつでも、ヌースクアムへお越しください。あなたの都合の良くなった時に」
「ありがとうございます」
少女は、再び、薄緑の瞳から大粒の涙を零す。
「シジマ」
「はぁい」
少女が、アキオに呼ばれて返事をする。
カマラたちは、彼に近づくシジマの後をついて行った。
「なんだい」
「さっき、巨人を破壊した攻撃だが――」
「ああ、あれね。ボクのコートには、ちょっとしたプラズマ・ジェットが内蔵してあってね、それを使ったの」
「ミーナが使ったのと同じものか」
「そうだけど、ボクには異次元のエネルギー・プールはないからね、一瞬、使えるだけだよ」
「君のコートにだけか」
「うん、だって危ないから」
「みんなで、一斉にあなたの前に立とうって話をしていたのに、シジマだけ、すごいスピードで飛び出したのです」
後から来たミストラが苦情を言う。
「早くしないと、手柄を独り占めできなくなるからね」
少女が、蠱惑的な表情で笑う。
「シジマ」
「な、なんだい」
いつになく硬い声を出すアキオに、少女が慌てる。
「もう、それは使うな」
「だって――」
言い返そうとした少女は、アキオに見つめられて、しゅんとなった。
「わかったよ。もう使わない」
「シジマ、わかってるでしょうけど、プラズマ・ジェットは、人間が扱うには危険過ぎる。アキオは、あなたに毛ほども傷ついてもらいたくないのよ」
シャルラ王に呼ばれて去っていくアキオを見送る少女に、背後からヴァイユが声をかける。
「わかってるよ、でもさ、ボクだけなんだよ、アキオに真っ二つにされたのは――」
「真っ二つ?」
眼を丸くするソニャに気づいて、金色の瞳の少女が笑顔になる。
「まあ、そういうこともあったのですよ」