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037.誘拐

 翌朝、夜明けともに目覚めたアキオは、シュテラ・ミルドへ馬車を進めた。

 ダンクに確認を取るため、馬車をおいて単身ザルスへ戻ることも考えたが、結局やめる、

 昨夜の刺客が、もしダンクの差し金であればユイノの身も危ないが、毒を使う暗殺者アサシンというのが、どうもダンクには相応ふさわしくない気がするからだ。

 だが、ダンクではないとすると、彼に恨みを持つ者が思い当たらない。

 元の世界であれば、殺してきた万を超える敵や為政者いせいしゃ、『マッド・ナノ・テクノロジストから世界を救え』を標榜ひょうぼうするNGO(善意組織)など、彼の命を狙う者は枚挙にいとまがないのだが、この世界で彼の名はまったく知られていないからだ。


 こうなれば、再び暗殺者アサシンが現れるのを待つしかない。

 昨夜の女暗殺者ピアーノは、まだ体力が回復していないだろうから、すぐには襲ってはこないはずだ。そう考え、彼女以外の襲撃を予期し、魔法にも注意して馬車を進めている。


 今のところ、その気配はないが安心はできない。

 元の世界での経験からいって、暗殺を計画するときに単独依頼することはまずないからだ。

 必殺を望むなら、必ず二の矢、三の矢を用意するはずだ。


 とりあえず、人気ひとけのない場所で襲撃を受けるのはまずかった。

 どんな大掛かりなトラップを仕掛けてくるかわからないからだ。

 アキオは早めにシュテラに着いて襲撃を待つことにして、ラピィを急がせた。


 しかし、案じた大規模襲撃もなく馬車は夜も更けた頃に街に着いた。


 シュテラ・ミルドの街は上流貴族たちが多く暮らすと言われている街だけあって、門の造りからぜいをつくしたものになっている。

 シュテラ・ザルスのようなレンガ造りではなく、ガブンのような緑石みどりいしを積んだ建造物でもない、白亜はくあの上品な石を切り出して精妙に積み上げられた瀟洒しょうしゃな門だ。


 街に入ったアキオは、宿を探さず、馬車停ばしゃどめと呼ばれる場所に向かった。

 宿に泊まらず馬車で寝泊まりするキャラバン用の馬車置き場だ。


 明日には、依頼にしたがってふみの届け先であるサラヴァツキー邸を訪れる予定だが、それまでは、せっかく完成した馬車、というより研究室ミニ・ラボ工作室ワーク・ショップこもって作業がしたかったのだ。

 昨夜のピアーノによる襲撃で、思いついた武器の工夫がいくつもあった。

 個人的にラピィの傍を離れたくないということもある。


 受付で所定の金を払い、馬車を停める。

 ケルビに水を与え、自分も夕食のレーションを食べた。

 ムサカの肉は客があった時に食べるつもりだ。

 独りの時は栄養補給と時間短縮が優先する。


 その後、しばらく工作室ワーク・ショップこもり作業した。

 一段落して、時計を見ると午前2時だ。

 思いついて街をぶらつくことにする。


 上流階級の街だけあって夜間外出禁止令が出ているようだが、見つからなければ何の問題もない。

 ついでに、明日、訪れるサラヴァツキーという貴族の屋敷の場所も確認するつもりだ。


 ナノ・ジェルを再封入したロング・コートを身に着け、暗視能力を強化したアキオは、隠しドアから馬車の屋根の上に出た。


 護身用のP336は、音がうるさいので持ってこなかった。

 代わりに避雷器パラトネ改をベルトに挿す。

 街中まちなかなので、魔法による攻撃は考えなくていいはずだから、雷球アラメイ対策ではなく、単に警棒としての使用が目的だ。


 空には月があるが、今夜は雲が多く風が速いため、短いサイクルで月光が見え隠れする。

 しばらく、夜空を眺めたアキオは、身軽に道に飛び降りた。


 そのまま、音を立てずに歩き、狭い通りに出る。

 これまでの街と違い、すべての通りが石灰らしきもので固められていて歩きやすい。

 塀のところどころに発光石が埋められているが、それほど数が多くないため、周りがぼんやりと照らされて良い感じだ。


 広い通りに出た時、メナム石を手に持った衛士と出くわした。

 道の端を歩くアキオは特に隠れもせず、そのまま衛士とすれ違う。

 少し気配を消すだけで、まったく感づかれない。

 長い傭兵生活で隠密行動コウバート・アクションに慣れたアキオにとって、緊張感のない市内巡視の衛兵などいないも同然だ。

 無人の野を行くがごとく街を散策する。

 思えば、ここ数日は、いつも少女たちがそばにいたため、独りになることがほとんどなかった。


 しばらく歩くうち、街の中央近くの広場で、複数開いた石畳の穴からリズミカルに水が噴き出る噴水ショウのようなものを見つけた。

 真夜中のため、だれも見物客がいない。

 無人の広場で音もなくメナム石に照らされて水の舞い踊る様は、なかなかに幻想的だ。


 しばらくぼんやりと水の舞踊(ダンスを見つめてから、おもむろにきびすを返し、アキオは、サラヴァツキー邸へと向かった。

 屋敷の位置は、あらかじめ馬車停ばしゃどめの受付で聞いておいたのだ。


 街の中央から少し離れた場所まで歩く。

 そのあたりまでくると、見るものを圧倒する巨大な邸宅が立ち並び始めた。

 ダンクの邸宅もかなり巨大だと思っていたが、そんなものとは比べ物にならないほどの大きさだ。

 小規模ながら白亜の城のように見える。


(ここか――)

 巨大な建物の中にあって、ひときわ他を圧する豪華な門を持つ建物がサラヴァツキー邸だった。


 特に興味もなかったのでダンクに確認しなかったが、サラヴァツキーという貴族の爵位は伯爵以上なのかもしれない。


 アキオは、月光に浮かぶ白亜の門と、その向こうに見える尖塔せんとうを眺める。

 3つの月による月光が、風に流される速い雲によってランダムに建物を光らせ、まるで生き物のように見せていた。


「――!」

 その時、アキオの感覚が異常を捉えた。

 門近くの石壁の一部が崩れ、中から人が現れたのだ。

 体の大きさから察するに男が6人。

 全員が、黒服に身を包み、顔を布で隠している。

 そのうちの一人は、黒い布袋ぬのぶくろを担いでいた。

 見るからに怪しい連中だ。


 アキオはしばらく男たちの様子を眺める。

 別に彼らの仕事を邪魔するつもりはない。

 なかったが、もし、サラヴァツキー邸から誰かが誘拐されたなら、明日訪問した際に騒動に巻き込まれるかもしれない。

 あるいは、ダンク程度のギャングからのふみをもって来たアキオは騒ぎに紛れて放置される可能性もある。

 それはまずい。

 彼は、順当に仕事を終えて、シュテラ・ザルスに戻ってキイと落ち合わなければならないのだ。


 アキオは音もなく、通りに出た男たちに近づいた。

「それは誰なんだ?」

「――」

 声をかけた途端、即座に剣による斬撃ざんげきが飛んできた。

 男たちは、見た通りのプロのようだ。

 アキオは、剣筋を見切ってバック・ステップし、コートの下から避雷器パラトネ改を出して一振りして長さを伸ばした。

 違う男の横薙よこなぎの太刀筋を避雷器パラトネで弾く。

 キン、という澄んだ音が通りに響いた。

(音はまずい)

 そう思ったアキオは、身体の動きを加速させ、男の手首、首筋、鳩尾みぞおち、股間をほぼ同時に突いた。

 男が悶絶もんぜつして倒れる。


 それを見て、袋を担いだ男以外の4人がアキオを取り囲む。

 アキオはどうするか思案する。

 これからとる行動は、彼らを殺すか、行動不能にさせるか、逃げ出させるかの三択だ。

「お前は誰だ?」

 取り囲む男たちの背後、袋を担いだ男が問う。

 はっきり聞こえるが、遠くには通らない声音こわねだ。

 そいつがリーダー格らしい。

「先に名乗る理由がないな――」

れ!」

 リーダーの男の声が命じる

 例によって面倒になって来たアキオは、全員殺そうと行動を開始しようとし――

 次の瞬間、男たちが糸の切れた操り人形のように地面に倒れた。

 アキオは、リーダー格の男が袋を放りだして倒れるのに向かってジャンプし、何とか地面に落ちる前に袋を捕まえた。


「おい、中に人間が入ってるのはわかってるだろう。いきなり気絶させるな――」

 振り返って言う。

ピアノ(・・・)!」

 ナノ・マシンの反応から、男たちの背後に昨夜の暗殺者アサシンがいるのは分かっていた。

 15メートル程度の距離なら、アーム・バンドがナノ・マシンの信号シグナルを拾うことができる。

 女が何らかの麻痺毒を縫った長針を男たちに投げたのだ。


「わたしはピアーノ」

 昨夜と同じ、グレーのフードを目深にかぶった女が答える。

 顔は影になって見えない。

「ピアノは俺の世界の楽器の名だ。呼びやすいから、とりあえずはそっちでいいだろう」

「……好きに呼ぶといいわ」

「なぜ、こんなところにいる?」

 袋に入った人らしきものを横抱きにしてアキオが尋ねる。実際持ってみると子供より少し大きいようだ。

「あなたを殺すため」

「そうか――」

「なぜ真夜中にウロウロするの?」

 いきなり反問されてアキオは返答に窮する。

「――楽しいから……か?」

「噴水の前では、ぼんやり立ってるし――」

「見てたのか?」

「あなた、分かってるの?わたし以外に5人から狙われてたって」

「狙われてた?」

 過去形だ。

「今はわたしだけ。全員、わたしが倒したから」

「なぜ?」

「あなたはわたしが殺すからよ」

 そう言って女はフードを取った。


「お前は誰だ?」

 アキオは反射的に尋ねる。確かに、ナノ・マシンの反応から誰かは分かっている。

 だが――


 風に雲が流され、月光が女の顔を照らしていた。

 月の光に浮かび上がるのは、女というより、少女といった方が良い年頃の娘だった。

 そして、その抜けるように白い顔は驚くほど美しい。

 豊かでつややかな灰色アッシュ・グレイの髪が光り、高すぎず低すぎない絶妙な鼻と形の良い唇が淡い光に浮かび上がる。

 当たり前だが昨日の面影などまるでない。

 左の赤い眼だけが昨夜のままだが、月の光を映す双眸そうぼうは命を宿した紅玉ルビーのように生き生きと色を変え燃えるようだ。

 つまり、月の光を浴びてそこに立つのは絶世の美少女だった。

「誰?いったでしょう。わたしはピアーノ、ピアーノ・ルーナ」


 初めに自分から尋ねておいて、そう考えるのは申し訳ないが、暗殺者アサシンは名乗るものではない、とアキオは思う――が、

「どうする?いま、やるか?」

とりあえずそう尋ねた時、通りの向こうに人の気配がした。こちらを指さして何か叫んでいる。


「こいつらは?」

 瞬時に、瞳から闘いの意志を消して通りを見つめる少女にアキオが問う。

「知らないわ。ただの誘拐犯キッドナッパーズでしょう」

 そう言って、ピアノはアキオに背を向けて走り出した。

「必ず殺すから――待ってて!」

 捨て台詞ぜりふを残す暗殺者の後姿うしろすがたを見ながら、アキオも行動を起こす。

 袋を抱いたままナノ身体強化を発動し、馬車まで走り出した。



 数分後、馬車についたアキオは袋を床に降ろし、ナイフで切り裂いた。


「ごきげんよう」

 中から現れたのは、淡い桜色の髪、青灰色せいかいしょくの眼の、まだ幼さの残る少女だった。

 前髪は瞳の位置でまっすぐそろえられている。

 少女は、恐れもせずアキオを見つめていた。

 この時になって、彼は、少女が袋の中でひと言も声を発しなかったことに気づいたのだった。


「この状況で妙な質問だが……君は誰だ?」

「わたし?」

 少女は頬に指をあてる。

「わたしはグレーシア・サラヴァツキー女公爵バドリエ

女公爵バドリエ?令嬢ではなく?」

 バドルつまり公爵だ。女性だと女公爵バドリエになる。

 この世界では知らないが、地球では公爵は王に近しい身分だったはずだ。

「そう、わたし自身が女公爵パドリエです」

 少女はくすりと笑い、

「親しいものは、シアと呼びます。あなた――」

「アキオ・シュッツェ・ラミリス・モラミス。親しいものもそうでないものもアキオと呼ぶ」

「アキオどの、あなたはわたしを助けてくれました。よって、シアと呼ぶことを許します」

 言葉遣いには威厳があるものの、話し方は少し舌足らずだ。


 女公爵バドリエとしての言葉に、アキオはあえて正規軍の敬礼で応える。

 無帽での敬礼は気持ち悪いが、彼は軍人ではないのでかまわないだろう。

 ただの儀礼だ。

「おお、あなたは戦士なのですね」

 彼女が少し毅然とした態度を見せる。

兵士(ソルジャー)だ。元兵士(フォーマーソルジャー)。今は傭兵(マーセナリー)だな」

「わかりました、アキオどの――ところで」

 少女は、突然表情を毅然としたものから、ふにゃっとしたものに変えた。

「オシッコがしたいのですが、ここでやってよろしい?」

 そういって、スカートをまくってしゃがみこもうとする。

 アキオは慌ててそれを止め、トイレに案内した。

「ああ、これが便所ですね。失礼しました」

 そういって、中に消える。

 しばらくして、トイレから出てきた少女は、ベッドを見て、

「眠くなりました。アキオどの、わたしはここで寝ます。朝になったら起こしてください」

 そういうと、ぱたりと寝台に倒れこむと、そのまま、安らかな寝息を立て始めた。


 その美しい寝顔を見ながら、アキオは考え込む。

 地球でも、貴人の中には、とんでもない浮世離れがいたという話だが、この世界のお姫様もかなり現実世界から遊離しているようだ。

 かつてサルヴァールが言っていたことを思い出す。

「その人物が上流階級、それも本物かどうかを判断するには便所をどう呼ぶかでわかる。『お手洗い』だとか『化粧室』『はばかり』なんていうのは似非えせ貴族だ。本当のお貴族さまは便所は『便所』っていうものさ」

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