368.白鳥
「どうしますか」
アルメデがアキオを見る。
「白鳥号の実際の大きさは」
「全長120メートル、最大収容人員305名……」
「大きいな」
「タワー建設の終盤は、世界各地に作るミニ・タワーの建設速度を上げるため、組立工法を使いましたから」
アキオはうなずく。
ジーナ城で部品を作って、白鳥号で運び、現地で組み立てたのだろう。
少女は困ったように少し笑い、
「ニューメアは、あなたを倒すため大陸中から金属を集めていました。それが補償によって無尽蔵に供給されたので――シジマが大喜びして作ったのが、白鳥号なのです」
彼は、広場を見渡した。
ヴァイユとカマラが、ユイノと何か話し込んでいる。
兵士たちも、皆、事態の終息を知って緊張を解き、それぞれが談笑していた。
ギデオンによって殺された者はおらず、怪我した者も、治療用のナノ・マシンを与えられて回復している。
地球と同様、低濃度ながらこの世界の人々の身体に入ったナノ・マシンは、感染症にかかりにくくし、小さな怪我を速やかに治すが、完全な治癒効果は持たない。
ザルドは何頭か逃げたようだ。
このまま、往きと同じ隊列を組んで帰ることは可能だが――
「白鳥号を呼んでくれ、皆を乗せて帰ろう」
「はい」
アルメデが、アーム・バンドを操作すると、遥か上空から白い鳥のようなものが降下してきた。
遠目には、楕円形の胴体から、首と小さな羽が生えた鳥に見える。
地球でいう白鳥の胴体を、もう少し円形にした形だ。
近づくにつれ、それがかなり大きいサイズであることがわかり始める。
「大姫さま、あのゲルベに似たものは?」
シャロルが、シミュラに尋ねるのが聞こえる。
彼は知らないが、この世界のゲルベという生物が白鳥に似ているのだろう。
「白鳥号、わたしたちの乗り物じゃ。アキオ、皆で、あれに乗っていくのか?」
彼がうなずく。
地球の科学力を、この世界の者に見せるのは良くないが、視察に同行した40数名は、特にメルクが選び抜いた兵士だ。
王が命じれば、簡単に秘密を口外することはないだろう。
もし、漏れたとしても、魔王の乗物ということで収まるはずだ。
やがて、静かに飛行艇は着陸した。
伸縮性の脚が伸びて胴体が持ち上がると、底の一部が開いて、スロープになる。
「さあ、皆、馬車とザルドに乗って、中に入るのじゃ」
シミュラの言葉で、白鳥号の大きさに唖然としていた兵士たちが、出発の準備をして、スロープを登り始める。
「あれはどうします、アキオ」
ミストラが、キューブ状態のまま待機しているギデオンを指さした。
「つれて帰りますか?」
「危険だと思うなら、この船の武器で完全消去できるよ」
シジマが何でもないことのように言う。
「それより――」
カマラがヴァイユと視線を交わす。
「あのギデオンに仕事をさせましょう」
「仕事とはなんじゃ?」
シミュラが尋ねる。
「目立たぬように大陸を移動して、ギデオンの残りを見つけたら、わたしたちに報告、合体して再教育させるのです」
アキオがヴァイユを見た。
少女はうなずいて、
「そう、あの子たちと同じように――」
「あの子たちって?」
アルメデは、すでに馬車がスロープを登りきり、王と王女たちが、彼女たちを待って傍らに立っているのを見て言う。
「その話はあとにして、先に中に入りましょう」
金の瞳の少女がアキオを見た。
「ギデオンに、命令を送っても良いですか」
彼はうなずき、
「制限はつけてくれ」
「わかっています。ある程度以上の知能は持たせないようにします」
ヴァイユが手にした端末に触れる。
肩から、小粋に斜めにかけた小鞄から、小さな青いカプセルを取り出して、指で弾いてギデオンに打ち込み、
「これでいいでしょう」
そう言って、彼女を見ていたラピィに目配せした。
「では、行きなさい!」
少女が力強く命じると、巨大なキューブは溶けるように平たくなり、地面に消えていった。
「わたしたちも行きましょう」
アルメデが言い、王と少女たちは、アキオと共に歩いて白鳥号の格納庫に乗り込んだ。
「広いですね」
馬車5台が入っても、まだ広々としている庫内を見てシャロルが驚く。
「ご指示を」
滑るように近づいてきたライスが声をかけた。
「兵士の皆さんを展望室へお連れして」
ピアノが命じる。
「はい」
返事をして兵士たちのもとへ向かう人形を見て、イワーナが尋ねた。
「あれは何ですか」
「うちの乗組員です」
「人間ではありませんのね」
「そうなのです。でも、よく気がつく良い子たちですよ」
「はぁ」
エストラの少女たちは、眼を丸くして、数体のロボットが兵士を案内するのを見ている。
「ライス、皆さまに、ご挨拶なさい」
ミストラが、一体のライスに命じた。
アキオは、その動きで気づいたが、白鳥号乗組員であるライスの内部は、リトーのようにナノ・マシンでぎっしり詰まっているわけではなさそうだった。
おそらく、そのほとんどが空気だ。
ジーナ城のライスも空気が入っているが、もう少しナノ・マシンの割合が高い。
力仕事が必要な度合いに応じて、マシン充填の度合いを変えてあるのだ。
彼は、バルーン・ロボットと会話して笑う少女たちを見る。
ライスに新しい科学技術はつかわれていない。
これまであったものの応用だ。
もとは、シミュラの発声練習のために作られたものだが、その基本となった技術は、ずっと前に完成されている。
250年の長きに渡り、独り研究室で過ごしてきた彼には、こういった奉仕ロボットを作るという発想が抜け落ちていた。
すべてを自分自身で行っていたのだ。
兵士として生きてきた彼にとっては、その方が確実であったし安心だった。
それが彼の生き方であり――限界であった。
だが、少女たちは、彼が生み出した技術を使って、易々と彼の限界を飛び越え、より暮らしやすい人間的な環境を作っていく。
家具などもそうだ。
北極の研究所にいたころの彼は、木製の椅子やテーブルなど使ったことがなかった。
いわゆる、木のぬくもり、というものが分からなかったし、必要だとも思わなかったからだ。
実際のところ、彼には、今も、それがよく分かってはいないのだが、少なくとも普通の人間である王やソニャたちは、木のぬくもりを善きものと感じるだろう。
「シャロル王と姫さま方はこちらへ」
アルメデが先導して、王と王女、イワーナとソニャを制御室に連れていく。
艶やかに光る白亜の通路を歩いて、シュッという音とともに自動的に開いた扉をくぐると、
「まぁ」
ソニャが胸の前で指を組んで、感嘆の声を上げた。
広い制御室は、進行方向にあたる壁の三分の二が、有視界飛行のために透明になっており、外の美しいカヅマ・タワーが見えていた。
その上部には巨大なスクリーンがあり、様々な情報を映し出している。
窓に向かって、制御盤と椅子が並び、その後ろにはソファが扇形に並べられていた。
「おかけください」
ライスに声を掛けられて、王とイワーナ、シャロルとソニャが、ソファに座る。
「アキオはこちらへ」
ピアノに手を引かれて、彼は、部屋の中央に位置する椅子に導かれた。
装飾がなにもない、ただの金属製の椅子だ。
「これはいい」
「はい。アキオならきっと気に入ると思っていました」
少女が喜ぶ。
他の少女たちもそれぞれ席に着いた。
白鳥号の制御盤には、誰も座らない。
基本的に、AIが操縦を受け持つので、座る必要がないのだ。
「離陸準備できました」
穏やかなアカラの声が室内に響く。
アルメデがアキオを見た。
彼がうなずくと、
「出しなさい」
アルメデの命令で、白鳥号は、ゆっくりと上昇を始める。
窓から見えるカヅマ・タワーが、下に移動していき――頂点を超えると、アカラは上昇速度を上げた。
スクリーンの一部に、みるみる小さくなっていく塔が映る。
雲が見える高度まで上昇すると、白鳥号は、水平飛行に移った。