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364.欺瞞

「で、どうするんだい」

 ユイノがアキオを見る。

「楽しそうだ」

「そ、そうかい」

 実際、彼女はアキオと共に闘えることが嬉しくて仕方ない。

 もちろん、そこには彼に対する全幅ぜんぷくの信頼があるのだ。


「王を馬車の中へ」

 アキオはユイノに言い残すと、剣を構えて空をにらむナニエルたちに近づいた。

「君たちは、王の馬車の背後にいてくれ」

「しかし」

「あれは――」

 アキオは空を見て、

「俺たちがなんとかする。だが初めて戦う敵だ。どんな伏兵ふくへいが王を襲うかわからない」

 兵士は力強くうなずく。

「わかりました。わたしたちはシャルラ王を守ることに全力を尽くします」

 アキオは、ナニエルの鎧に包まれた肩を叩くと、ユイノのもとへ戻ろうとした。


「アキオさま」

 馬車に乗り込もうとしていたシャロルとソニャが、彼の名を呼ぶ。

 アキオは馬車に歩み寄り、彼にべられたふたりの手を握った。

 黒紫色(ブラック・パープル)薄緑(ライト・グリーン)の瞳が彼を見つめる。

「心配するな」

 アキオは少女たちを馬車に押し込んで外から扉を閉めた。


「それで、次は?」

 真紅のコートの(すそ)を風に揺らしながら、空を見上げたユイノが尋ねる。

 


 黒雲は、いつのまにか、かなり低空まで降りてきていた。

 大きさも、塔を中心とした半径2キロほどの円形にまとまっている。

 その内部を走る稲妻は、ますます青白い光を強く輝かせていた。


「結論からいう」

「うん」

「神はグレイ・グーの()()だ」

「だろうねぇ」

 ユイノが、予想はしていた、というように答える。

 少しがっかりしたようにも見える。


 それはそうだろう。

 グレイ・グーを()()()()させ、元の窒素、酸素と二酸化炭素に戻すために、彼女たちは死に物狂いでカヅマ・タワーを建設したのだ。


「地球での経験からわかっているが、タワーから発するコマンドだけで、完全にグレイ・グーは解体できない」


 ユイノはうなずく。


 そのことは、あらかじめ、アルメデから聞かされていた。

 惑星規模で広がったすべてのナノ・マシンを、限られた数の塔で、全て排除することはできない、と。


 それでも、惑星上の98パーセントは排除、ないし活動を制限できるはずだったのだ。


「本当に、あれはグレイ・グーなんだね」

「おそらく、ただのグレイ・グーではない」

 アキオは言葉を切り、

「だが、ナノ・マシンの集合体だ――さっき、光に対する印象が変わっただろう」

「そうだね」

「俺が、アーム・バンドから塔にコマンドを送って、ナノ・マシンの()()を一時的に阻害(そがい)した」

共鳴(きょうめい)……」

 ユイノが、はっとする。


 灰色の(グレイ・)拡散(ディフュージョン)以降、大陸すべての人間に、低濃度ながらナノ・マシンは浸透している。


「それって――」

 驚くユイノに向かってアキオが言う。

「それから、2つのことがわかる」

「うん」

「俺のコマンドが神に通じる――つまり、奴がグレイ・グーであることと――」

「もう一つは?」

「空に浮かぶ偽神が、俺たち全員のナノ・マシンへ、共鳴という形で影響を与えているということだ」

「ああ」

 ユイノが納得する。

 さっきの()()()()、あれは、アキオとの間に見える、色の感じ方に似ていたのだ――


「それで、あれほど印象深く、荘厳そうごんに見えていたんだね」

 彼女は納得の声を出す、が、

「でも、グレイ・グーはあんなに黒くない。あたしは、いろんな塔で何度もあいつらを解体した――あっ」

 ユイノは、アーモンド形のあおい目を見開く。

「あんたはさっき、変種へんしゅといった」

 アキオはうなずく。

「おそらく――」


 彼は、雲の中を、光が円形加速器サイクロトロンの中の荷電粒子のように回転し始めるのを見ながら続ける。


「グレイ・グーが、生き残っていたギデオンを取り込んで、スウォーム知能インテリジェンスに影響を受けたんだろう」

「ギデオンが混ざってる?だから、あんなに黒いのかい」

「今はただの予想だが、大きく間違っていないだろう、なにより――」

 言ったあとで、アキオがつけ加える。

「あいつは、神になりたがっていた」


「でも、教育を受ける前の()()()は、ギデオンは――人の命を何とも思っちゃいなかった」

 ユイノは、『神』が狩人たちを驚かせるだけで、ひとりも傷つけていないことを言っているのだ。

「おそらく、グレイ・グーがベースとした()()()()()()()()()()による抑制(よくせい)が効いているんだろう」


 今も、高電圧の塊を、雲の中で回して威嚇(いかく)を続けているが、特に人間を攻撃する様子は見られない。


 もともと、グレイ・グーによる最大の脅威は、その材料さえあれば際限なく増え続ける増殖率(ぞうしょくりつ)の高さだ。

 カヅマ・タワーによって、増殖が抑制されている今、ナノ・マシン自体は危険なものではない。

 

「わかったよ。それで、どうするんだい。ここもドッホエーベほどじゃないけど、PS濃度は高いよ。やるかい」

 そう言って首に手をやり、標準装備の黒いチョーカーに触れる。

「それはよそう」

 アキオは、少女の優美な手を首から外させ、

「インナーフォンは」

「つけてるよ」

 彼はユイノの手を一度軽く握ってから言う。

噴射杖ロケット・ケーンで、君はタワーの左上空へ飛んでくれ。その後、俺の合図で、さっきの弾丸を奴に向けて全弾発射だ」

「わかった」

 ユイノは、即座にPPKを取り出して、薬室に弾丸がないことを確認してから予備弾倉と交換する。

 真剣な表情だ。

 その様子を、アキオは黙って見ていたが、

「君は銃の扱いも美しい」

 お世辞でなくそう言う。

「な、なんだよ、急に」

 彼の言う『美』が、普通の意味と違うことは分かっているが、それでもユイノは嬉しくなる。


「行こう」

 アキオは、コートから20センチほどのロッドを取り出して一振ひとふりし、ケーンにする。

 改良された携帯型噴射杖ロケット・ケーンだ。


 ユイノも同様にするのを見て、

離陸リフト・オフだ」

 彼の言葉で、ふたりは同時に空に飛び立った。

 雲を引くように美しい軌跡で上昇していく。


 少女はカヅマ・タワーの左側、アキオは右側から黒雲(ナノ・マシン)に向かって進んだ。


 急速に雲の表面が近づく。

 その中を不気味に青白い光が走り回っていた。


「今だ」

 アキオの掛け声で、ユイノが雲に向けてPPK(ワルサー)を撃つ。


 シジマの作った小型拳銃は、装弾(そうだん)される弾丸によって、レイルガンと火薬銃に自動的に切り替えられる。


 今回の弾丸は火薬(ガンパウダー)を用いる通常弾だ。


 発射された弾は、本来なら雲を突き抜けて飛び去って行くところを、その内部で赤く発光しながら破裂した。

 銀色の粉をまき散らす。


 この真紅の弾丸は、もとは電波欺瞞紙チャフの機能をプログラムしたナノ・マシンを打ち出すためのものだった。


 これを使えば、しばらく敵の電子索敵(さくてき)を混乱させることができるのだ。


 地球にいる時は多用したが、レーダーの存在しないこの世界に来てからは、使ったことがなかった。


 今回は、ナノ・マシンにチャフ機能ではなく、()()()()()()()()()を施してある。


 ユイノとほぼ同時にアキオのP336も火を噴いていた。


 塔をはさんで、右手と左手で赤い発光が連続で発生する。

 

 その周辺から激しい勢いで雲が消えていき、同時に地表に黒い粒子が落ちていった。


「何を――した」

 重低音の効いた『神』の声が響く。


「聞き忘れたけど、どうやってナノ・マシンが声を出してるんだい」

 インナーフォンを通じて舞姫(ダンサー)が尋ねる。

 アキオは、空を旋回(せんかい)しながら答えた。


「空中に薄膜を作って振動させる――疑似スピーカーを作っているんだ。ギデオンが使った方法だ」

「なるほどね、()()()から学んだんだ」


 少女は、雲が、着弾点から外側に向かって(すみ)やかに消えていくのを見ながら尋ねる。


「さっき、あんたは神の登場を予想したね。あれは?」

「メルクから、おおよその『神』の目撃時間を聞くことがきた。それは太陽フレアの発生時刻と一致していた」

「そうか――電波障害が起こってタワーが機能しなくなった時に、分解コマンドを避けて、どこかに(ひそ)んでいたグレイ・グーが現われてたんだね」

「そうだ」

「でも、さっき共鳴を打ち消したのは?」

「範囲を限定して出力を上げれば、一時的にタワーの電波は届く」

「じゃあ、これで終わりだね」


「何を……した……」

 空から響く、悲鳴にも似た声が、甲高く小さく変わっていくのを聞いたユイノが言った。

 アキオはうなずき、

「だが、気を抜くな」

「わかってるよ――なんで神の声に迫力がなくなったんだい」

「大きかった振動版が縮小したからだろう」

「ああ、大きいスピーカーと小さいスピーカーだね」

 ユイノにもその違いはわかる。


 ほどなく、黒い雲は消え去った。

「終わった、のかね」

 空中に静止したアキオの横に並んだユイノが肉声で尋ねる。


 アキオは答えない。

 怪しい気配を察知しようとするかのように四方(しほう)に目を配っている。


 いきなり、ユイノは横に弾き飛ばされた。

 少女のいた場所を、細長く黒い槍が突き進んでいく。


「アキオ!」

 少女が叫ぶ。

 地面から長く伸びた黒い槍には見覚えがあった。

「こいつは――」

 態勢をたてなおしたユイノの言葉に、アキオが続ける。

「ギデオンだ」

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