表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
362/749

362.気配

 ナノ・コートを身にまとい、小さくまとめられた装備をアサルト・パックの形で背負ったユイノが庭園に戻ると、皆がザルドと馬車に乗り込むところだった。


 アキオが、用意されたザルドに乗ろうとすると、

「今日は、馬車に乗って行きたいんだ。いいかい」

 ユイノがそれを(さえぎ)って、5台並んだ馬車に連れていく。


 引いているのは穏やかな表情のケルビだ。


「あんたは昨夜(ゆうべ)も、ソレタナからザルドに乗って帰ってきたんだろう。ソニャとふたりで」

「ザバドも積んでいた」

「それは荷物さ」


 アキオは、彼女に手を引かれるままに、王とシャロル、彼女と手をつないだソニャ、そして騎士の装備のままのイワーナが乗り込む馬車に乗せられる。


 大きく豪華な装備の馬車は、前後3人ずつが向かい合わせにゆったり座る構造だった。


 後ろの席では、前向きにシャルラ王が左端の窓際に座り、その横にシャロルに無理やり押される形でイワーナが腰を下ろし、反対の窓際に少女が座る。


 向かい合った後ろ向きの席には、()()()()()()()真ん中にアキオ、右手にソニャが座らされ、シャロルの向かいにユイノが腰かける。


「わ、わたしは、騎乗して、あなたさまをお守りしようと――」

 シャルラ王に対して、しきりに恐縮(きょうしゅく)するイワーナの腕に、シャロルが手をかける。

「馬に乗られているあなたを見られて、父上が、馬車にお連れするように申されたのです」

「え」

 驚くイワーナに、王が優しく声を掛ける。

「そうです。あなたには、わたしの(そば)に居て欲しいのです。嫌ですか」

「と、とんでもありません」


 王は、どんな形であれ、イワーナを危険な目にあわせたくないのだ。

 その微笑ましい光景を見ながら、ユイノは内心つぶやく。


 あたしもバカだねぇ。

 あのまま、ふたりでザルドに乗ればよかったのに。

 でも、あの子の真摯しんしで、純粋な気持ちを知ってしまったら、こうするより他ないじゃないか――


 ユイノは、隣に座るアキオを見た。


 彼女の愛する男は、髪を元の色に戻し、漆黒のナノ・コートにゆったりと身を包んで、自室でくつろいでいるように見える。


 つまり、戦闘時以外のいつもの彼の姿だ。

 アキオは、いつだってこうだ。


「出します」

 御者から声がかかって、馬車が走り始める。


 こうして、馬車とザルドに分乗した、護衛を含めた総勢50名の視察団は、メルク宰相やメルメードフ伯爵夫人たちに見送られて城を後にするのだった。


 走り始めてしばらくすると、

「さすがに、王室御用達(ごようたし)の馬車だねぇ」

 ユイノがアキオに(ささや)く。

 (ぜい)を尽くした作りだけあって、ほとんど振動を感じない。

 最新のナノ・サスペンションを搭載した、ヌースクアムの馬車以外で、これほど静かな馬車は初めてだった。


「ユイノさま、わたしは、その塔を見るのは今日が初めてなのですが――」

 向かいに座ったシャロルが話しかけてくる。


 彼女は、少女との会話を続けながら、アキオの横に座らせたソニャの様子が気にかかっていた。

 せっかく、彼と話ができるようにお膳立てをしたのに、ずいぶん長く、ふたりは黙って座っているだけなのだ。


 舞姫ダンサーは、シャロルとの会話を続けながら、まず自分の側の窓の景色を(のぞ)き、反対側の窓に目をやる素振(そぶ)りで少し前かがみになって、アキオの隣に座って身体を固くするソニャを見た。


 せめて、今日の午後一杯だけでも、この子に良い思い出を与えてやりたいねぇ。


 彼女はそっと恋人の手を握った。


〈アキオ、ソニャに話しかけて〉

〈何を〉

〈何でもいいんだよ――好きなこととか〉

 彼はうなずき、少女の方を向いて、

「ソニャ」

「はい」

 ぱっと、花が咲くように表情を明るくした少女が答える。

「奴らにつかまる前、君はいつも屋敷内にいたと聞いた」

「はい。わたしが姿を見せない方が、メルメードフ家はうまく回りましたから」

 ――昔のつらい記憶を思い出させてどうするんだい。

 ユイノが指話で止めるより早く、アキオが続ける。

「何をしていた」

「はい――ご本を読んでいました」

「どんな本だ」

「旅行の記録や、他の国、サンクトレイカや西の国について書かれたものが好きでした」

 そういって、ユイノの知らない題名の本をいくつか挙げ、

「でも……アキオさまには正直にお話します」

 彼はうなずく。

「いちばん好きなのは物語でした。冒険のお話や――」

 少女は少し言いよどみ、

「殿方とご婦人の……恋のお話などを読んでおりました――生涯、縁のないものと考えておりましたけれど」

「そうか――」

 言いかけて、彼は何かを思い出したように、

「だが、エストラには少ないだろう」

 その手の本は、この国にはあまり出回っていないのではないか、そう彼は尋ねたのだ。

 シミュラにでも聞いていたのかもしれない。


「は、はい、よくご存じですね。確かに、あまり、その手の本はございませんでした。ですから――」

 言いかけて、はっとした顔になったソニャは口をつぐむ。

 アキオは、何も言わず少女の顔を見た。

 ソニャは、しばらく黙っていたが、やがて首筋にわずかにしゅを注いで、

「アキオさまは意地悪です」

 そう言うと、あきらめたように続ける。

「自分でお話を作って書いていました」

 彼は軽くうなずく。

「本当にお恥ずかしいのですが――目を閉じて空想の羽をひろげれば、どんな場所にでも出かけられ、どんな容姿にでもなれ……どんな素敵な殿方とも恋の語らいを――」

 少女の言葉が止まる。

 アキオが彼女のあごに手を触れたからだ。

「今はどうだ」

「――」

「どこにでも行けるな」

「はい――はい、どこにでも行けます」

()()、読み聞かせてくれ」


 ユイノが眼を()()()()()()()

 アキオの知る物語の多くは、()()の朗読によるものだ。

 つまり、彼は、()()と同じことをソニャに要望したことになる――


「え、え、それは――」

「君の創る話だ。きっと――美しい、()()()()話だろう」


〈ユイノ〉

 アキオは、ソニャへの言葉と同時に反対の手で舞姫ダンサーの手を握って呼びかける。

〈なんだい〉

〈カヅマ・タワーまでの距離と馬車の速度から、あと5分ほどで目的地だ〉

〈そうだね〉

〈だが、外の気配が少しおかしい〉


「シャルラ王」

 指話による短い打ち合わせの後でユイノが声を掛ける。


「ちょっと気になることがあるので、あたしとアキオは外に出ます。念のために。イワーナさま、()()()()車内で王と姫さまをお守りください」

 立ち上がろうとする女剣士をせいして、ユイノは扉を開け、屋根に手を掛けると、軽く反転して静かに馬車の上に降り立った。

 アキオがそれに続き、宙を舞うと同時に扉を閉める。


「何があるんだい」

 ユイノがアキオに(ささや)いた。

 馬車は、何事もないように穏やかな景色の中を進んでいる。

「まだ、わからない――が」

 ユイノが左右を見渡し答える。

「ああ、本当だ。確かに、なんだか妙な感じがするね。なぜか、あたしにもわかるよ」

「君にもわかる。おそらく、それが答えだ」

「それは――」

「あれがカヅマ・タワーか」

 アキオが馬車の屋根から空を見上げてつぶやく。


 その視線の先には、巨大で変わった形の鉄塔が(そび)え立っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ