表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
359/749

359.教授

「はっ」

 短い掛け声とともに、光る剣先がユイノの鼻先をかすめた。

 刃先を(つぶ)した、刃引(はび)きの剣ではあるものの、当たれば、かなりのダメージを受けるだろう。


 だが、舞姫ダンサーは、恐れる様子も見せず体を反転させ、バランスを崩す相手と背中合わせになる。

「あっ」

 合わせた背中で体を回されて、転びそうになった女剣士は、長い薄緑ライト・グリーンの髪を美しく舞わせながら、すぐさま離れたユイノへ向けて剣を構えた。


 髪と同色の瞳を鋭くして彼女を見る。


「信じられないお強さです。ユイノさま」

 イワーナがつぶやいた。

「あんたもいい動きだよ」

「――」

 良い笑顔を見せる少女に、再び女剣士が斬りかかる。

 今度は、ユイノもかわさず、手にした長剣で、刃を傷めない絶妙な角度でイワーナの剣を(はじ)き、数合(すうごう)打ち合った。



 もちろん、何かのいさかいで、彼女たちが戦っているわけではない。


 事の起こりは、アキオとユイノが、シャロルを見送った直後に始まった。


「アキオ殿――」

 振り向くと、シャルラ王が、ちょっと困った微笑みを見せながら立っていた。


「さきほど、ご自由にお過ごしください、と申しましたが――」

「なんだい」

「大変に、厚かましいお願いで申し訳ありません……」

 一国の王が、を低くして彼らに願ったのは、イワーナとアキオの手合わせだった。

「へぇ」

 ユイノは、アキオとの時間を取られることに難を示すより、まず、王がイワーナの願いを叶えてやりたいと思ったことに感心する。

 なかなか、しっかりと心をつかんでいるじゃないか――


「わかったよ」

 好意的な笑顔を向ける。

「いいだろう、アキオ」


 もちろん彼に異論はない、が――

「まず、君が相手をしてくれ」

 そう言った。


 一瞬、ユイノは怪訝けげんな顔をするが、

「いいよ。あたしがまず相手をする。王さま、それでいいかい」

「もちろんです」


「でも、どうしてあたしなんだい」

 王と別れ、待ち合わせ場所のエストラル城の中庭――かつてシミュラとアキオが城内の魔法使いを全滅させた場所だ、に向かいながらユイノが尋ねる。


「俺では、上達の役に立たない」

 アキオの言葉にユイノは納得する。


 彼は、手加減はできるが、それは怪我をさせずに、あっさり彼が勝つだけだから、相手の技術の向上には役立たない、と言いたいのだ。


 イワーナとて、まさか彼に勝てると思っているわけではないだろう。

 ただ、彼との戦いで、何かを得たいと考えているはずだ。


「わかったよ、やってみる」

「すまない」

 アキオは、ユイノを軽々と持ち上げて抱きしめる。


 どうやら、昨夜からの()()()()は、まだ続いているようだが、なんだか子供扱いされているようで納得がいかない――

 足をぶらぶら揺らしながら、ユイノはそう考えたが、

「ま、いいかね」

 すぐに、自分から彼に抱き着くのだった。


 薄緑ライト・グリーンの瞳の美女は、すでに待っていた。

 かつては石畳がむき出しであったが、今は一面、緑の芝に覆われている中庭に、二振(ふたふ)りの剣を(たずさ)えて、一人静かに立っている。


「このたびは、ご無理を聞いていただきまして、ありがとうございます」

 丁寧に礼をいうイワーナに、まず、ユイノが相手をすることを伝えると、美女は少し(けわ)しい顔になった。


「ユイノさまが素晴らしいダンサーであることは存じておりますが、剣技となるとまた別。昨夜のお働きは素晴らしかったですが――」

 昨日の夜、彼女は、剣を使わず体術で暗殺者を退(しりぞ)けたのだ。


「彼女が本気をだせば、この国の誰より強い」

 イワーナを(さえぎ)ってアキオが断言すると、彼女は厳しい表情でうなずいた。


「わかりました。あなたさまが、そうまでいわれるなら――お怪我をさせないよう努力いたします」



 ふたりの美女は、その手にそれぞれ刃引はびきの剣を手にし、離れて対峙たいじした。


 アキオはイワーナを見る。


 体を傷つけぬように稽古用の厚手の衣服を身にまとった、そのリラックスした立ち姿から、イワーナの腕が尋常でないことが伝わって来る。


 対するユイノは、朝にデザインを固定させたままの白いショート・ドレスから伸びるきれいな手足を陽光にさらし、これから恋人と逢引(あいびき)に出かけるような浮き浮きした感じで、優しく剣に手を添えて立っていた。


「アキオさま、合図を」

 イワーナの言葉に彼がうなずくと、静かに戦いが始まった。



 そして、先ほどの剣戟けんげきに続くのだ。


 初めのうち、小柄で華奢きゃしゃな上、防具もつけない舞姫ダンサーに対して、斬りつける踏み込みを浅くしていたイワーナも、今や、全力で彼女に向かっていた。


 激しい剣風を巻き起こし、右袈裟(みぎけさ)横薙(よこな)ぎ、さらに突きと、息つく暇もない連続攻撃を仕掛けている。


 が、ユイノはナノ強化を行わない体で、女剣士のすべての攻撃を、踊るように、舞うように、弾き、受け流し、時に軽やかに反撃していた。


 その様子を見たアキオが微笑む。


 強化を行わずとも、優れたダンサーであるユイノが、普通の人間に身体能力で劣ることはないが、しばらく見ない間に、彼女が剣を使った戦闘技能においても、数段、上達したことが見てとれたからだ。


 兵士であるアキオは、もともと剣戟けんげきの専門家ではない。

 どちらかといえば、銃剣、あるいはナイフ、または素手による戦いの方が好みだ。


 そんな彼の眼から見ても、イワーナの戦い方には、足さばきに難があるのが分かる。


 女性としては素晴らしい膂力りょりょくを持っている彼女の攻撃は、どうしても腕の力に頼ったものになり、結果、その動きが単調に見えるのだ。


 だが、力だけで振るう剣には、おのずから限界がある。

 上には上があり、彼女より力のつよい男性剣士はいくらでもいるからだ。


 力勝負ではなく、技で敵を圧倒しなければ、いずれは、より力の強いものに簡単に負けてしまうだろう。


 全ての戦闘に通じることだが、特に、素手(ベア・ナックル)ではなく、触れれば傷を負わすことのできる剣戟(けんげき)では、いかに敵の斬撃(ざんげき)かわしながら、自身の攻撃を当てるかが肝要(かんよう)となる。


 そのために必要なのは、上半身の柔軟さと足さばきだ。


 彼と同様、それに気づいたらしいユイノは、ダンスのステップにも似た見事な足さばきで、押し、引き、かわしながら、美女の足の動きを矯正きょうせいしていく。

 あたかも、ダンスでいつも彼女がおこなっているように――


 しばらくすると、ユイノによって身体に()()()()()()()足運びで、イワーナの技量は格段に進歩した。


「良くなったよ」

 ユイノがにっこり笑って、一瞬、間合いを外してから大きく踏み込み、イワーナの剣の柄頭(ポンメル)を肘で弾いて跳ね飛ばし、美しく回転しながら剣の刃先(カッティング・エッジ)を彼女の首元寸前で止めた。


「終わり、でいいね」


「はい。ありがとうございました。ユイノさま」

 肩で息をして片膝をついたイワーナは、それでも笑顔で応える。


 そっと彼女の腕に触れたユイノは、踊るような足どりでアキオのもとに戻って来た。


 どうだった、と尋ねるより早く、アキオが彼女の頭を撫でて言う。

「いつのまに、あんなに上達した」

灰色の拡散グレイ・ディフュージョンの時にね、もっとうまく戦いたいと思ったんだよ。だから、シジマに剣の扱いを教えてもらったんだ」

 アキオはうなずく。


 ヌースクアムの少女たちですら、シジマが彼女たちの中で、一、二の剣の使い手であることを忘れている者が多いだろう。


 彼女の普段の言動と、際立(きわだ)つ工学の天才ぶりで見えにくくなっているが、もともと貴族の嫡男ちゃくなんとして生まれ、幼少期より、()()()()()を厳しく教え込まれた彼女は、その才能もあって、飛びぬけた剣の技術を持っているのだ。


 キィに、ノランですら勝てない華麗な剣技を教えたのも彼女だ。


 もちろん彼女の技術は学習パッケージ化されているが、実際に本人から学ぶ以上のものではない。


「踊りも剣の扱いも君は美しい」

「あ、ありがとう」

 愛する男の、飾らない素直な誉め言葉にユイノが満面の笑みを浮かべた。

 いつものように、アキオに飛びつこうとしたところへ、背後から声がかかる。

「アキオ殿」

 振り返ると、ナニエルが立っていた。

 ノルムもいる。

 それ以外にも、多数の衛士たちが興奮した面持ちで彼らを見つめていた。


 いつのまにか、一個中隊、およそ200人余りの人数が、遠巻きに彼らを取り囲んでいたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ