356.壊滅
ユイノは、倒れたまま血を吐くケシュラ弾きのメラドフに近づく。
ドレスの隠しポケットから、ナノ・カプセルを取り出して男の首に当てた。
ただちに、男の出血は止まり傷口は塞がる。
「これで、こいつに口を割らすことができるね」
その言葉を聞いて、瀕死の状態から回復したメラドフが叫ぶ。
「俺たちは決して口を割らない。だから、ザバドさまがつかまることはない。あの方が無事である限り、お前たちは安心して眠ることはできないのだ」
「そいつはどうかね」
ユイノが気の毒そうに言う。
「なんだと」
「まだ、そのレジオンって組織が無事にあればいいけどねぇ」
「レジオンは不滅だ。よって、お前たちが心安らかに眠れる日は――」
「今晩からだな」
会場の入り口から声がして、全員が一斉にそちらを見た。
戸口に衛士が立っている。
カフールだ。
「衛士ごときが、何をいうか」
「確かに、俺は衛士ごとき――だが、ただの衛士ではないのさ」
そういって、手にした縄を引っ張って、戸口の横にいる男を会場に引き出す。
「なにせ、その手に、ザバドを引き立てている衛士だからな」
「なんだと!」
メラドフは叫び、彼が連れ出した男をじっと見る。
「誰だ、そいつは?」
「自分の親玉も見忘れたか」
引き出された背の高い男は、服は血まみれで、髪の毛のほとんどが抜け落ち、ガラス玉のような目で無表情な顔をしていた。
メラドフの顔に、徐々に驚愕の色が広がり、
「ま、まさか、ザバドさま……」
「正にそいつだよ。ザバドだ。それとな、おまえたちの主力が集まるソレタナの森には、さっき兵士たちが向かった。もっとも――」
カフールは肩をすくめ、
「おまえの仲間、およそ100名あまりは、全員が逃走不可能な状態で倒れているらしいから、そいつらを回収するために出向いただけだが――」
「馬鹿をいえ」
メラドフが呻く。
「馬鹿はお前だな。スタニラス・メラドフ」
部屋に入ってきたメルクが、王に向かって歩きながら言う。
「今までは、ケシュラ弾きの名手という隠れ蓑を利用して人を暗殺し、うまく逃げおおせていたようだが今回はそういうわけにはいかんぞ」
宰相は、イワーナの肩を抱く王の前に歩み出て膝をつき、報告する。
「ご覧のようにザバドを確保いたしました。また、先ほど王軍の兵150名が、レジオンの構成員100余名を捕縛するために、拠点であるソレタナ南東部の屋敷に向けて出発いたしました」
「ということは?」
シャルラ王が尋ねる。
「は、レジオンは、今夜、壊滅いたしました」
王は、ふ、と笑い、
「どうやって、というのは聞く必要はなさそうだな」
「はい、王のお考えの通りです」
シャルラ王は、やれやれと首を振って、
「それで、あの方は」
「今、ここに来られます。おふたりで」
「ふたり?」
声を上げたのはユイノだ。
会場の戸口に、アキオが現われた。
宴の場にいる者、全員が一斉に彼を見る。
立ち止ったアキオは振り返って手を差し伸べた。
その手に華奢な指が重ねられる。
戸口から、おずおずと人影が現われた。
アキオに手を引かれて会場に入って来る。
粗末な服を着た少女だ。
だが、そのすらりとした体形、艶やかな薄緑色の髪、髪と同じ色の瞳を持つ顔つきは輝くばかりに美しい――
「あっ」
ユイノの背後で悲鳴のような叫び声が上がる。
ルイズだ。
そのまま、よろめくように少女のもとに駆け寄っていく。
「あ、あなたは……」
せき込むように伯爵夫人は言う。
「あなたは誰?その眼はクレイルの眼で――鼻と口元はラニャそっくり。まさか――」
すぐに言葉の出ない伯爵夫人と向かい合って立った少女は、少しはにかみながら答える。
「お久しぶりです。ルーさま」
「まさか、本当に、ソニャなの」
「はい」
「でも、その――」
ルイズが言いよどむ。
「この顔は、アキオさまのお力で――」
「彼女、本来の顔に戻した」
アキオが少女の言葉を遮って説明する。
「あ、あぁ……ソニャ」
夫人は、少女に抱きついて泣き出した。
「アキオ」
彼は、声を掛けながら近づいた舞姫を見る。
「お疲れ様、というべきなんだろうね」
「どうした」
「あれだよ」
少女は抱き合う美女二人を目で示す。
「ソニャだ」
「知ってるよ」
ユイノはゆっくり首をふり、
「いったい、どこで見つけたんだい」
「レジオンの拠点だ」
「どういう経緯で?」
「傷ついた俺に膝枕をしてくれた」
「膝枕!そうか、膝枕かい!その手が残ってたね――」
天を仰ぐユイノをよそに、
「アキオ殿」
シャルラ王がイワーナを伴って近づく。
「何があったのか、お話し願えますか」
「報告なら――」
「あなたさまのお言葉でお聞きしたいのです」
横からイワーナが真剣な表情で言う。
「ソレタナで何があったか、お話してくださいますかな」
あらためて王に頼まれ、アキオはうなずいた。
「わかった」
彼の返答に、わぁ、と会場が沸く。
皆、今夜、深い森の中で、何が起こったのか知りたがっていたのだ。
その喜びの声の中、
「お前たちはこっちにこい」
入ってきた大量の衛士に、ザバドをはじめ、暗殺者たちが運び出されていく。
「覚えてやがれ!」
ユイノに足や肋骨を折られた男たちは、苦痛のうめき声とともに、悪態をつきながら担ぎ出される。
「あの様子じゃ、反省はしていないようだ。早めに傷を治してやろうと思ったけど、あいつらはしばらく苦しんだほうがよさそうだね。治療用のナノ・マシンは明日の朝、与えてやろう」
そう呟いて、ユイノは、アキオを王が待つ泉のほとりに連れて行こうと手を引く。
「アキオさま」
そっとかけられた声に、足を止めたユイノと彼が振り向くと、ソニャがルイズに肩を抱かれて立っていた。
「この子は、ひとまず、わたしの屋敷に連れて帰ります。本当にありがとうございました」
伯爵夫人が頭を下げる。
さっと、ソニャが彼の前にひざまずいた。
アキオの手を取ると頬に当てる。
「ありがとうございます。アキオさま。このご恩は決して――」
アキオは、少女の髪に触れると手を持って立たせた。
「この子は、夫の弟の子供であり、わたしの妹の娘なのです。つまり、わたしにとっては子供同然です。どうか安心してお任せください」
ルイズが真剣な表情で断言する。
「本当だよ、アキオ。メルメードフ伯爵夫人は、ずっとソニャさんのことを心配されていたんだ」
ユイノの言葉にアキオがうなずいた。
「では、ひとまず失礼させていただきます」
夫人がそう言うと、ふたりはもう一度頭を下げて部屋を出て行く。
「あ、あの――アキオさま」
足元から声がして下を見ると、シャロルが彼を見上げていた。
「わたくしも、ソニャさまと共に参ります。わたしは――とにかく、あの方に謝らなければならないのです」
そう言い残すと急いで部屋を出て行く。
会場に残っていたカフールが、会釈をしてそれを追った。
ふたりを見送ったアキオが、ユイノの顔を見る。
「まあ――いろいろあるんだよ」
舞姫が笑顔で言った。
「君が皆を守ったんだな」
「シャルラ王は、イワーナさまが守られたんだけどね」
「よくやった」
「そう思うなら、心配かけた分も今夜は可愛がっておくれよ」
「わかった」
「やったね!」
ユイノが、いつものように彼に抱きつこうとしたその時、
「アキオ殿」
呼びかけに振り向くと、ナニエルとノルム、そしてムランが立っていた。
前回、シミュラと来た時に面識のある者が、この宴に集められたらしい。
「今回も、大暴れされたのですな」
アキオが黙ったままなのを見て、
「相変わらずのお方だ」
3人とも笑顔になる。
「では、お話を聞かせていただきましょう」
そういって、男たちは先に立って泉に向かう。
歩きながら談笑する声が聞こえて来る。
「前回は、エストラルの魔法使、全員を倒されましたからな」
「今回は反逆者レジオン100人ですか」
「魔獣を倒されたという噂を聞きました」
「マーナガル数体なら敵ではないでしょうな」
「ゴランという話ですが……」
「いや、さすがにそれは――」
その会話を聞きながら、ユイノはアキオのわき腹を小突く。
「ふーん、ゴランね。何匹だい」
「5体だ」
「銀針は?」
「使わなかった」
「素手でかい!あの子にいいところを見せたかった――なんてことはないね」
アキオは少女を見下ろして、
「ユイノ」
「なんだい」
「そのドレスは君に似合っている」
例によって唐突に褒める。
ぼっ、とユイノが真っ赤になった。
「な、な、なんだい急に。でも、あ、ありがとう――うれしいよ」
その夜、宴に集まった数少ない人々は、問わず語りのように、彼の口から淡々と話される信じられないレジオン壊滅の経緯を聞いたあと、アキオとユイノのダンスに酔いしれたのだった。