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354.何度でも死ね、

 アキオは、うなり声を上げる5体のゴランを見上げた。

 相変わらず粗暴そぼうな顔をしている。


 最初、彼はコートに収められた銀針シルバー・ニードルを使うことを考えた。


 魔獣に絶大な効力を持つナノ・マシンが塗布(とふ)された()()なら、一体につき0.5秒――5体で2.5秒あれば魔獣を片付けられる。


 しかし、塔の上で腕を振り回しているザバドを見て考えを変える。


 偶々(たまたま)、彼が良い武器を持っていたためにゴランを倒すことができた、と思わさずに、()()()()()()()で魔獣を圧倒することが、おそらく後のメルクたちによる組織の実態解明の役に立つだろう。

 つまり、ザバドに()()()()()()()()のだ。


 そういうことなら――


 彼は周囲を見回した。

 まず、転がってうめいているレジオンの兵士たちからゴランの注意をそむけさせる必要がある。


 アキオは、血走った目で、床に倒れる男たちをにらむゴランに向かって走り始める。


 魔獣の前を駆け抜けながら、床に転がる石壁いしかべの破片をいくつか拾った。

 指ではじく。

 小さな石片せきへんは、ナノ強化された指の力によって強烈な運動エネルギーを与えられ、ゴランの扁平へんぺいな鼻に食い込んで血しぶきを上げさせた。


 残り4体のゴランにも次々と石を撃ち込む。


 その程度の傷では、肉体的なダメージには程遠いだろうが、怒らせることはできるだろう。


 (あん)(じょう)形容けいようがたい叫び声を上げたゴランは、駆け去るアキオを追いかけ始めた。


 見失われては意味がないので、わざとゆっくり走ったアキオは、屋敷前の広場中央で立ち止まり、振り返る。


 計算どおり、5体のゴランは、全員が彼を追って庭に出ていた。


 彼は、塔の上のザバドを見る。


「殺せ、みんな殺せ!」


 隻眼せきがんの男は、相変わらず同士であるレジオンの仲間ごとみなごろしにしろと、意味不明な言葉を叫んでいる。

 正常な判断ができなくなっているのかもしれない。


 アキオは、顔面を血に染めて、()たけびを上げながら迫ってくるゴランに対して、()()()()()()で向きあった。


 改めて見ると、(まさ)に巨大なゴランだった。

 これまで見た中で最大級のサイズだ。

 おそらく身長は6メートルを超えるだろう。

 体重は2トン近くありそうだ。


 威嚇と攻撃のために手を上げているので、さらに巨体に感じる。


 アキオはかつて、セイシェルのミサイル基地を破壊する際に、海中で襲われた、ほぼ同サイズのホオジロザメを思い出す。


「アキオさま!」

 んだ叫びが広場に響き、彼は、眼の(はし)で屋敷から出てきたソニャが恐怖の表情で立ち尽くしているのを確認する。


 手を無防備に下げたまま、声質(こえしつ)が少々変わってもソニャの言葉が持つ優しさは変わらないな、と彼は思う――


 真っ先に彼に追いついたゴランの身体が激しく発光した。

 久しぶりに見る、()()()()()()強化魔法ザグレフだ。

 アキオの口元が(わず)かに(ゆる)む。


 この世界に来て、最初に戦ったのはゴランだった。

 カマラを助けて戦うことになったのだ。

 あの時は、初めて見る魔獣に随分(ずいぶん)苦戦したものだった。


 だが、今は、魔獣という生き物と強化魔法ザグレフを知り尽くした上、封印の氷(コキュートス)の戦い以来、少女たちが抑制(よくせい)をかけずに改良を加えたナノ強化によって、巨大な魔獣は、ただの生物の一種に過ぎなくなっている。



 アキオは、ゴランから目を離し、再び塔を見た。

 手すりから身を乗り出して、無残な殺戮(さつりく)への期待で、残った目を輝かせるザバドが見える。


 ゴランは、怒りと、小賢こざかしい道具を使って彼を傷つけたちっぽけな人間をひねつぶす喜びに、眼を赤く光らせ、口からよだれを垂らしながら跳ね上がった。


 高くジャンプし、全体重をかけた巨大なこぶしを突き下ろす。


 悲鳴と笑いが広場に交錯こうさくした。


 勝利を確信したゴランが()える。


 が――

 魔獣は、すぐに不思議そうな顔になって横から手元をのぞいた。


 拳が地面に当たらず、空中で止まっていたからだ。


 本来なら、あの勢いで殴りつければ、人間を粉々(こなごな)粉砕(ふんさい)して地面深くに穴を穿うがつはずなのだ。


 次の瞬間、ゴランは巨体を強烈に押し返され、()()()()()()()後ろにひっくり返った。

 地響きが(とどろ)く。


 仰向けに倒れたまま、身を起こして、呆気(あっけ)にとられたように前を見たゴランの眼の先に、()()()()で細長い黒い影が、何事もなかったように立っていた。


 あの人間は死んでいない――



 アキオの足は、膝まで土に埋まっていた。

 ナノ・ブーツの機能を使って、あたりの地面を強化させた上での、この状態だ。

 なかなかの攻撃力と言って良いだろう。

 だが――

 魔獣の、拳による運動エネルギー自体は想定以下だった。


「こんなものか」

 ホイシュレッケの槍の方が、よほど高エネルギーだ。


 彼は地面から足を引き抜くと、数歩、魔獣に歩み寄った。


 仰向あおむけに倒れたゴランに驚いて、残り4体のゴランの動きは止まっている。

 塔の上のザバドも口を()けたまま、眼を()いて沈黙していた。


 ――あとは、どうすれば、さらに()()()に衝撃を与えることができるか、だ。


 その前に、獣の一種であるゴランが戦意を失っていなければよいのだが……


 アキオの心配は杞憂きゆうだった。

 (くだん)のゴランは、しばらく不思議そうな顔をしただけで、再び体を発光させて彼に殴りかかってきたからだ。

 何かの間違いだと思ったのかもしれない。


 事実、魔獣はそう考えていた。

 かつて、完全な態勢から放たれた彼の攻撃に耐えた者はいなかったからだ。


 アキオは、()()()()()が命じるままに、ゴランの拳に合わせてパンチを放った。

 腰がきれいに回った気持ちのよいストレートだった。

 ()()()()()に対して、力を加減セーブせずに拳を突き出したのは、およそ200年ぶりだ。



 ドン、ともボン、ともとれる、腹を震わせる音が響き、ゴランがきりきり舞いしながら空中にはね飛ぶ。


 大が小によって弾き飛ばされる――本来なら、物理現象としてあってはならない光景だった。


 目にもとまらぬ速さで回転した魔獣は、地面に激突したあとも止まらず、そのまま転がって、ザバドの乗る塔にぶつかった。


 魔獣の身体は、肩ごと()()()()()()()にねじ曲がり、衝撃によって数百倍に(ふく)れ上がった血圧によって、穴という穴から血を吹きだして沈黙している。

 即死だ。

 アキオに殴りつけた腕は、肘のあたりまで爆発したように消滅していた。


 魔獣にぶつかられた衝撃で、塔から落ちそうになった男は、言葉もなく手すりにしがみついている。


 ――もう充分か。


 口をおおって立ち尽くすソニャを、これ以上、怖がらせることもないだろう。


 漆黒の魔王は、魔獣の魔獣たる所以ゆえんを示しながら、仲間の死をものともせずに4体同時に歯を()き出して威嚇(いかく)するゴランと向きあった。




 アキオは塔を見上げる。


 頭を体の中に陥没かんぼつさせて即死させた、4体のゴランを重ねて台にして、それを足掛かりに、ザバドのいる塔へと飛び上がった。


 腰を抜かして、茫然自失ぼうぜんじしつだった男は、彼の姿を見て我に返る。


 座ったままあとずさりしながら叫び始めた。


「お、お前は何なんだ」

 アキオは、首をかしげ、少し考えてから言った。

「魔王――」

「ひぃ……来るな、来るなぁ」

 もちろんアキオは、そんな言葉に耳を貸さずに近づく。


「お前をメルクに引き渡す」

「メ、メルクに引き渡す?残念だがそれは、む、無理だ」

 男は震えながら虚勢を張る。

「もう遅い、さっき連絡がきた。同士メラドフが、今宵(こよい)(うたげ)でシャルラ王とメルクを殺す」

「そうか」

 アキオは(あわ)てず、静かに問いかける。

「止められるか」

「だから、もう遅い。今頃は、音剣(エドニフ)のメラドフが、死の楽団とともに、王と宰相、それに(うたげ)に居合わせるすべての者を殺している。お、お前の負けだ」

「すべての者を殺す――()()ではなく」

「そうだ、虐殺(ぎゃくさつ)だ。演奏の最中に殺すのが同士の流儀――」

「ならば問題ない」

「なに」

「世の中には、お前が想像もつかない者がいる」

 彼の脳裏を、紅髪の少女が舞う姿がよぎる。

 (ひそ)かに殺す暗殺でないなら、ユイノが対処できるはずだ。

「なんなんだ、お前は。なぜ、そんなに落ち着いている。もっと慌てろ!」

 アキオは、ザバドへ手を伸ばした。

「近づくな、お、俺に手を出したら、ただではすまんぞ。ここにいる無能な配下と違って、素晴らしい暗殺者の仲間がいるんだ。今は勝てても、奴らは、お前と――あの醜い化物を必ず殺す。女として(はずかし)めてからな。もっとも、あの女(ソニャ)にとったら、それでも男を知る――」

 ザバドの口から言葉の代わりに血が噴き出した。

 下を見た男の眼に、胸に突き刺さったアキオの手が映る。

「ご……が」

 アキオがゆっくりと手を引き出すと、(てのひら)には心臓が掴まれていた。


 血に(まみ)れた(おのれ)の心臓を、恐怖のあまり残った片目を飛び出しそうな顔で見つめる男の目の前で握りつぶす。

「がぁっ」

 まさに、血を吐くような叫びをあげて、ザバドは死亡した。


 アキオは、生ゴミを捨てるように潰れた心臓とザバドを床に落とす。

 

 恐怖に(ゆが)んだ男の死に顔をしばらく見つめてから、ポーチから取り出したカプセルを、胸の穴に指で撃ち込んだ。


 ナノ・マシンの修復機能によって、凄まじい勢いで心臓が再生され、拍動を開始する。

 潰した目と折った足首も元に戻る。

「ごばぁ」

 血を吐いて呼吸を再開した男に尋ねる。

「初めて死んだ気分はどうだ」

 そういって、頭を掴んで持ち上げ、(そろ)えた指先を心臓に向ける。

「や、やめ――」

 再びアキオの手がザバドの胸に突き刺さり、全身が痙攣(けいれん)する。


 当初とは()()()で恐怖を植え付けることになったが、まあ良いだろう。

 公園の男は()()()()()おとなしくなった。

 こいつは、何度死ぬべきだろうか。

 アキオは、男の心臓を握りつぶしながら考える。


 ザバドの間違いは――彼を()()だと思ったことだ。

 その意味で、アキオは()()()()()()()()


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