表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
353/749

353.饗宴

「なんだって、アキオがいない?」

 ユイノが驚く。

「はい、ご案内したお部屋にも居られませんし、城内をお探ししても姿が見当たらないのです」

 メルクが困った顔をする。


 駆け込んで来た衛士が、宰相の耳に何かささやいた。

「その後は」

 メルクの問いに男は首を振る。

「わかった。引き続き捜索を頼む」

「は」

 衛士が去ると、メルクはユイノに向きなおった。


「今、報告が入りました。あの方は、夕刻に通りを歩いて街門がいもんを出て行かれたそうです、お独りで。黒い服、黒い髪という魔王のいでたちをされて、つまり――」

 ユイノはうなずく。

「レジオンを挑発して、誘い出そうとしてるんだね」

「ユイノさまの方は?」

「今、連絡を取ろうとしたけど、アキオは出なかったよ。()()()()()()なんだろうねぇ」

 舞姫ダンサーはため息をつき、

「何でも独りでやろうとするんだから――悪い癖だよ」

 そう言って、寂しそうな顔になり、

「その上、もっと悪いことに、何でも独りで()()()()()()んだよ、あの人は――」

 そう言って、しばらくうつむくと、パンと手を打って顔を上げ、

「考えても仕方がない。今までの経験で心配しても無駄だというのはわかってるんだ――予定通り、(うたげ)を開いておくれよ」


「しかし――」

「大丈夫。アキオの心配はいらない。あたしが保証するよ」

 ユイノは笑顔になる。


 この前の相手は、信じられないほど強大な敵だった。

 だけど、今回の相手は、ホイシュレッケでもギデオンでも爆縮弾でもない、()()()()()なのだ。

 人間相手なら何万人が相手でも、あの人が負けるわけがない。


 アキオが突然いなくなる心配はいつもあるが、今回は絶対に違う。


 ユイノはわざと陽気に言う。

うたげの最中に、敵の親玉――ザバドかい、そいつとか、もっとたいへんな人間を連れて戻ってくると思うよ。レジオンって組織を壊滅かいめつさせてね」

「まさか――まあ、そうであればよいのですが……」

「いいんだよ、とにかくアキオのことは心配するだけ無駄だよ。うたげの途中で戻ってきて参加するという予定でいると、ちょうどいいと思うね」

「わかりました――宴をもよおさせていただきます」


「ユイノさま」

 メルクが去ると、シャロルとイワーナが走り寄って来た。

「アキオさまがどうかなされたのですか」

「ああ、うん、ちょっとね」

「何なのです」

「その――レジオンを壊滅かいめつさせるために、ちょっと出かけたみたいなんだ」

「何ですって!」

 これから親子になろうとしている二人の声が重なる。

「ああ、心配はいらないよ。よくあることさ」

「ちょっと出かけたって、そんなわけはないでしょう」

 美女が美しい眉間にしわを寄せる。

「イワーナさま、お顔にしわが刻まれておりますよ」

 シャロルが、落ち着きを取り戻した声でからかう。

「姫さま――」

「ユイノさまはアキオさまの強さをいつも見ておられるから、ご心配されないのです。そして、わたしも一度だけですが、あの方の戦う姿を拝見(はいけん)したことがあります。あの方は――わたしは、その言葉が嫌いですが、確かに、魔王と呼ばれるだけの強さをお持ちでした」


 いや、魔王なんてもんじゃない、さきの封印の氷(コキュートス)の戦いで見せたアキオの強さは――ユイノは首を振って頭の中の言葉を打ち消し、

「とにかく、アキオのことは忘れて、うたげの用意をしようじゃないか」

「わかりました」

 イワーナが不承不承(ふしょうぶしょう)な様子でうなずく。

「でも、それほどお強いなら……」

「ん、どうしたんだい」

「いいえ、わたしたちはこれからドレスに着替えますが、ユイノさまはどうされますか」

「あ、そうだね。うたげ用の服が必要だね」

 そう言って、少女は手首に指を触れた。

「え」

「あ」

 ふたりが同時に声を上げる。

 ユイノの着ていた服が、一瞬で、パーティードレスに変化したからだ。

「こんなものかい?」

「ユ、ユイノさま、それは――」

「城の仲間がコートに着けてくれた機能のひとつだよ。荷物が減って便利なんだ」

「そんな問題ではないと思いますが――」

 先ほどまでとは、色はもちろん、素材まで違って見える衣装のあちこちを引っ張って()()()調()()する紅髪の美少女を、あきれたようにイワーナが見つめる。



「それでは、アキオ・シュッツェ・ラミリス・モラミスさまと、ユイノ・ツバキさまをお迎えした喜びのうたげを開催させていただきます」

 メルクの言葉で、その夜の宴会は始まった。


 場所は、エストラル城の東の塔の中ほどにある、露台バルコニーのついた小ぶりな広間だ。

 小ぶりとはいっても、ダンスをするには十分な広さがあり、部屋の中央には瀟洒(しょうしゃ)な噴水が作られ、美しい水が(あふ)れ出ている。


 メルクが合図をすると、噴水の横に待機した楽団が音楽を奏で始めた。


「なかなかいい雰囲気ふんいきじゃないか」

 ユイノが小声でシャロルに話しかける。

「父上は、あらかじめ、うたげの予定を立てて用意をされていたようです。わたしが襲われたので、それを口実におふたりをお城にお泊めするよう、メルクに強く命じられたとのことです」

「でも、それは、あたしたちにとっても好都合じゃないか」

「そうなのです。イワーナさまは、さっぱりとした、()()()()、決断力のある素晴らしい女性なのですが――」

 ユイノの頭にキィの姿が浮かぶ。

「父のことになると」

 そう言って、泉の横で歓談する王の近くの壁際(かべぎわ)で、(うつむ)加減(かげん)に飲み物を飲みながら、シャルラ王をチラチラ盗み見るイワーナを目で示し、

「ああなってしまわれるのです」

「なんだい、あれは?まるで――」

 アキオを前にした、あたしじゃないか、とも言えず、気の毒そうに少女は黙り込む。

「だからこそ、のダンスなのです。踊り始めれば、必ずイワーナさまの硬さはほぐれ、いつもの彼女として父上とお話ができるはず。そうなれば――とにかく、踊るきっかけは、わたしが必ずつくりますので」

「姫さま――」

「なんでしょう」

「肝心なことを聞いていなかったんだけど」

「はい」

「シャルラ王は、イワーナさまのことをどう思っておられるんだい」

「それは、どうでもよいでしょう」

「え」

「いえ、失言です。もちろん、父上もあの方を憎からず思っておられるはずです。わたしが、いつもイワーナさまのことを話題にしていますから」

 目を輝かせるシャロルを困ったようにユイノは見つめ、

「そ、そうなのかねぇ」

 王女はしばらく口を閉じた後、

「実は、もっとてっとり(ばや)い方法が、あるにはあるのです」

 秘密を告白するように話し出す。

「かりにも、一国の姫君がてっとり早いだなんて――」

 少女はその言葉に取り合わず、

大姫(おおひめ)さまかアキオさまが、ひと言、(おっしゃ)っていただいたら即決です。イワーナと結ばれよ、と」

「そんなバカな……」

「いいえ、本当です。父上にとって、大姫さまとアキオさまは――なんと申しますか、英雄、憧れの方なのです。おふたりがそうせよ、と(おっしゃ)られたら、すぐに決まります」

「でもねぇ」

「そうなのです。イワーナさまが、それではいけない、と(おっしゃ)るのです」

「その通りだね」

()()()()もあっての今日のダンスです」

「なるほどね」


「楽しそうにお話しておられますね」

 声を(ひそ)めて夢中で話す二人の背後から、言葉が掛けられる。


 振り向くと、薄緑ライト・グリーン色の髪をした美しい夫人が彼女たちに向かって微笑んでいた。

「ああ、ルイズさま」

 シャロルの言葉でユイノは気づく、この若々しく美しい女性がイワーナの母、メルメードフ伯爵夫人なのだ。


「ご紹介してくださる、姫さま」

 これも、一国の姫君に話しかける言葉遣いとは思えない、率直(そっちょく)な話しぶりで女性が頼む。


「はい、ユイノさま、こちらがメルメードフ伯爵夫人ルイズさまです。ルイズさま、ユイノ・ツバキさまです」

「なんて、可愛い方なのかしら。炎のような髪、青い眼、その肌の色も素敵です。おまけに小柄なのに手足が長くて――お人形さんみたいね。髪に触っても?」

「は、はあ」

「ルイズさま、ユイノさまが困っておられますよ」

「それは申し訳ありません――ところで、アキオさまはどこにおられるのですか」

「所用で、席を外しておられます。しばらくしたら来られると思いますわ」

 如才じょさいなく王女が説明する。

「お会いして、ぜひお礼を申し上げたいのです。あの方のおかげで、この国は、こんなに平和に――」

 そういって、伯爵夫人は広場を見回して、髪と同じ色の瞳をうるませ、

「そうなるまでには、多くの犠牲がありました。なかでも、わが義弟(おとうと)のクレイルと娘のソニャは――」

 胸にこみ上げるものがあるのか、美しい夫人は涙ぐむ。

「ルイズさま」

 シャロルが、小さな手で夫人の背中をさする。

 涙をぬぐうハンカチを差し出した。

「ごめんなさいね。あの娘に何もできなかった自分が情けなくて――」

「さあ、元気をお出しになって。ケシュラの独演が始まりますよ。今宵(こよい)は、そのために、特に父が頼んでエストラ(いち)のケシュラ弾きをお呼びしているのです」

「どなたですか?」

「なかなか直接にその演奏を聞くことは(かな)わないといわれているお方――」

 王女は、噴水の横で眼を閉じて弦楽器を激しく(かな)で始める髪の長い男を手で示した。

「スタニラス・メラドフさまです」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ