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035.帰宅

「アキオ――」

 ユイノがアキオの服の袖を引っ張る。

 いつのまに取り出したのか、彼女は青い万能布で髪を包んでいた。

「まず先にダンクを向こうに引っ張ってって、二人は完全・・に無事だったって説明するんだよ。いますぐ。あいつがあの娘たちに直接尋ねる前に」

「わかった」

「アキオ!」

 舞姫ダンサーが呼ぶ。

「なんだ?」

「せっかく救った娘たちなんだ。最後まで助けてやろうよ」

「そうだな」

 そう言って、アキオは娘を前に放心状態になっているダンクに近づく。

「ちょっと来てくれないか」

「あ、ああ。わかった」

 馬車の前に回り、ラピィの側まで行く。

 黒服の男数名がついて来ようとしたが、アキオが口を開くまえに、ダンクが向こうで待つように命じた。

 彼はアキオの話の内容を察しているようだ。

「それで――」

 男たちがいなくなると、ダンクが尋ねる。

「幸運だったな。ガルのふみでも書いたが、賊たちは、隊列は襲ったものの、その後はゴランに襲われたり仲間割れをしたりして、娘さんたちをくくって放置したままにしていたようだ。もう少し遅ければ危ないところだったが……二人は無事だ。傷一つつけられてはいない」

 少し意味は違うが、これは事実だ。

「本当ですか?」

 ダンクは疑わし気に問い、

「さっきの舞踏ダンスを見ただろう。襲われて、あんなに楽しく踊ることはできない」

「そ、そうだ。その通りです」

 ほっとしたように言う。

「ありがとうございます。このお礼は必ずさせていただきますので――」

「それはいいから、早く娘のところへ行ってやれ。まだ声をかけてないだろう」

「は、はい」

 そういって、広場に戻ろうとして振り返り、

「ああ、あなたにふみが届いています」

 紙片を渡す。

「では」

 軽く会釈して去って行く。

 その後ろ姿にギャングのボスの面影はない。


 アキオは渡された紙を見る。

 ワックスによってシーリングされたその文は、キイからのものだった。

 封を切り、中身をあらためる。

 初めに、連絡の遅れたことが詫びてあり、少し手間取ってはいるものの、エクハート家の冤罪えんざいを晴らすための下準備は順調に進んでいると書かれてあった

 少しそちらに行くのは遅れるが、支援は不要とも書かれてある。


 アキオはふみたたんだ。

 少し考える。


 一刻も早くエストラに行きたいが、キイはエストラにキューブがあることを知らない。

 さすがに、彼女を置いていくのは気が引けるし、昨日のような失敗を避けるために、これからの戦闘への対策を、ミーナとともに検討してみたい。

 通信の回復にはまだ数日かかるはずだ――

 アキオは、それまでザルスの街で馬車の整備と細かな備品を作って過ごすことに決めた。


 手紙をしまい、ラピィに近づくと脚に手を触れ、

「そろそろザルスに出かける準備をするか」

と、話しかける。


 アキオが、ケルビに水をやって広場に戻ると、ちょっとした騒ぎが起きていた。


 ヴァイユとダンクが言い争っているようだ。

「どうした」

 走り寄って来たユイノにアキオは尋ねる。

「困ったことになったんだよ」

 ユイノの話によると、娘の無事を喜ぶダンクに向かって、ヴァイユが開口一番、これからはアキオと暮らす、と言ったのだそうだ。

「暮らす、とは」

 状況が理解できずにアキオは尋ねる。

「アキオのような英雄とギャングの娘である自分は結婚できない。だからせめてそばにいて仕えたいらしい。もうメロメロだね。さすがあたしのアキオだ」

 冗談めかして言うユイノをにらむ。

「ミストラはどうした?彼女は親友を止めなかったのか」

 ユイノが頭をく。

「『親友』と一緒になって、アキオと暮らすっていってるよ――薬が効きすぎちゃったね」

「アドバイスは?」

「ダンクに任せる、ってのが正解だろうね。娘と大事な伯爵の娘に悪い虫をつけるわけにはいかないだろうから、早々にあんたから引き離そうとするはずさ」

「わかった」

 虫扱いされたことに頓着とんじゃくせずにアキオはうなずく。

「一番手軽なのは、あんたを殺すことだろうけど、それが簡単じゃないってのはあいつが一番よく知ってるだろうからね」

 そうだろう。もしダンクがそう考えたなら、ザルスの夜は戦争になる。


 遠くでアキオを見つけたヴァイユとミストラが駆け寄ってくる。

 かなりの勢いでアキオの腕に抱き着く。

「アキオさま」

「英雄さま」

 ダンクの連れてきた男たちが、殺気のこもった目でアキオをにらむ。

 アキオは少女たちの頭を見下ろして考えた。

 彼女たちは、彼の思っていた以上に子供だったようだ。大人であれば、周りの状況も考えて、もうすこし思慮深く行動するはずだ。


「聞くんだ――」

「聞けません。もう決めました」

 アキオは、怒りのためかダンクの赤みがかった顔を見、ユイノを見た。

「ま、まあさ、とりあえずシュテラに帰らないかい?今から出たら夕方前には着けるし、それからゆっくり話をした方がいいんじゃないかね」

 髪と顔は布で覆っているものの、体つきと声から明らかに若い娘とわかる少女の、大人びた提案にダンクは飛びついた。まあ、彼は少女の正体を知っているのだろうが。

「そ、そうだな。まず街に帰ろう。ヴァイユ、ミストラもわたしの馬車に乗りなさい。食事もまだなんじゃないか?」

 優しく声をかけるダンクに娘たちは、にべもなく答える。

「アキオさまの馬車で帰ります」

「わたくしも、英雄さまの馬車に乗ります」

「と、とりあえず乗る馬車はともかく、街に帰るのを優先ということで、いいんじゃないかね」

 ユイノがとりなす。

 その提案が受け入れられ、少女ふたりはアキオの馬車に乗ることになった。


 アキオは、外に出したテーブルや椅子、樹の枝にぶら下げてエイジングさせておいたムサカを手早く馬車にしまう。

 生肉には、甘味にもほどこした保存技術、ナノ・エンバーミング処置を行った。

 もとは遺体を保存する技術だが、食べ物を維持するために使うことも可能なのだ。


 ザルスの街に向けて出発する。

 ダンクは、三台の馬車を連ねて来ていた。

 帰りは、先頭がダンクの馬車で2番目がアキオの馬車、その後ろに2台の馬車が続く隊列となる。


 ムサカの焼き肉を食べ損ねたアキオたちは、御者台でレーションを食べた。

 少女ふたりは楽しそうだ。


 食後、ユイノに操車を任せて、アキオは馬車内の工作室に向かった。

 これまででと違い、小さな工作程度なら、移動中にでも簡単に仕上げることができるのがうれしい。


 作業を終え、御者台に戻ると、少女二人がユイノの前で小さくなっていた。

 舞姫ダンサーに説教されているらしい。

 さすがに年長者だ。伊達だてに三十数年生きてきたわけではない。

 そう思って、アキオは気づかれないように三人を見る。


「だから、体当たりだけじゃ駄目なんだ。まずは餌だね、男は。うまい飯を食べさせる女を嫌う男はいないよ――」

「ユイノ」

 背後からアキオが声をかけると、はっとしてユイノはしばらく固まり、

「いや、ふたりに説教してたんだよ。アキオに迷惑をかけちゃダメだって」

 アキオは黙って作ったばかりの紅いバンドを差し出した。

「なんだい、これは?」

「今回、一緒に旅した記念だ。リスト・バンドだ。これを身に着けていてくれ。手首に巻くようになっている」

 一見、伸縮性のある薄手の赤い皮バンドのように見えるが、要するに薄いリストバンド型の通信機だ。緊急時に使う。

 ナノ・テクノロジーを利用して体温でチャージされるため、バッテリー切れの心配はいらない。

 袖すり合っただけの中とはいえ、もし、ユイノの身に何か起これば夢見が悪い。

 彼女には、それで会話ができることは伝えず、あとでミーナに身の安全をモニタリングさせておけばよいだろう。AIミーナに任せれば、プライバシーは問題ないはずだ。

どのみち今は太陽フレアのおかげで通信は途絶している。


「アキオ様」

 少女ふたりがキラキラした目で見つめる。

 仕方なく、アキオは予備のバンドを取り出して少女二人にも渡した。

 髪の色に合わせて、ミストラにはダーク・ブラウン、ヴァイユにはプラチナ・カラーに変える。

「もう一つ、ください」

「一人にひとつで充分だろう?」

「どうしても欲しいのです」

 声をそろえて主張する少女たちに負けて、アキオはさらに一つのリストバンドを渡した。

「ありがとうございます。英雄さま、大事にいたします」

「大事に仕舞わず、いつも身に着けるんだ」

「はい」

 少女たちは、リスト・バンドをぎゅっと胸に抱きしめた。


 その後は、アキオが馬車を操った。

 少女たちは、テーブルで何か話し合っている。


 ほぼ予定通りに馬車は日暮れ前のシュテラ・ザルスに到着した。

 そのままダンクの邸宅に向かう。

 一日しか離れてはいないのに、黄色いレンガ造りの建物が妙に懐かしく見えた。


 屋敷に着くと、娘たちはダンクに何かを渡して自分たちの部屋に向かった。

 アキオとユイノは客間に通される。


「このたびはありがとうございました」

 椅子に座ると、改めてダンクが頭を下げた。

「無事に娘たちが帰ってこられたのもあなたのおかげです」

 さらに頭を下げる。

 しばらくして、深く下げた頭を上げると、

「厚かましいお願いなのですが、もうひとつ頼みをきいていただけますか?」

「なんだ?」

「ここから南に馬車で2日の距離にある、シュテラ・ミルドの街の貴族さまに、この文を届けて頂きたいのです」

 ダンクは、執事が持ってきた豪華な文箱ふばこを見せる。

 貴族御用達きぞくごようたしといった感じの贅沢な品だ。


「馬車?ザルドを使えばもっと早いだろう」

 アキオ自身が走れば日帰りできる。

「アキオ」

 ユイノが袖を引く。

「しばらく街を離れてくれってことだよ」

 アキオは合点がてんする。つまり彼女の予想通りということだ。

「わかった。行こう」

「相変わらず、決断がお早い」

「留守中の俺あてのふみだが――」

「あなたがお持ちになったガルが、あなたの馬車の匂いを覚えています。ですから、こちらから飛ばせば、あなたがどこにいても連絡はつきます」

「頼む」

 そう言って、アキオはユイノを見た。

「彼女は――」

「分かっています。ツバキ(・・・)様がどちらに向けておちになるにしても、責任をもってお見送りしますので……」

ダンク(・・・)モイロ(・・・)

 アキオはギャングのフル・ネームを呼んだ。

「他のことはいい。だが、もし彼女に何かあれば――」

 軽い口調だったが、ダンクの額には冷たい汗が流れる。

「ご安心ください」

「信じるさ」

 ユイノがアキオの手をそっと握る。

 アキオはその小さな手を握り返した。


「あたしが先に発つつもりだったのに、あんたを見送ることになっちまったね」

 準備を整えて、ラピィの横に立つアキオを見上げてユイノが笑う。

「――!」

 ユイノの笑顔が不意に崩れ、涙があふれた。

「アキオ!アキオ!」

 彼に抱きつく小柄な舞姫ダンサーの髪をくしゃくしゃと掻きまわす。

「アキオ、アキオ、やめておくれよ、髪が乱れるじゃないか――乱れるって――いいけどさ……」

 しばらく、ユイノが涙を流すのに任せ、アキオは言った。

「今度会ったら、また君の踊りを見せてくれ」

「いいさ。あんたも、またあたしと踊っとくれよ」

 アキオはうなずく。

 もう一度、ユイノの髪を掻きまわすと、御者台に上る。

「アキオ!」

 叫ぶユイノに手を振る。

 少し考えて、かつて戦場に向かう時にさずけられた言葉を、少し変えてユイノに手向たむける。

「ユイノ、君のダンスは俺のダンスだ。君が踊ればそこに俺もいる。みんなに君の明るさを分けてやってくれ」

 言い終わると、ゆっくりとラピィを歩ませた。

「あたし、踊るから。みんなのために。でも、一番にあんたのために――」

 ユイノの叫びを背後に聴きながらアキオは通りへと馬車を進ませる。


 彼女の明るさは、ここ数日アキオの心の救いだった。

 ユイノは周りを明るくする。

 実際、朝の舞踏ダンスで、悲劇に見舞われた少女たちの表情は、さらに明るさを増していた。

 馬車を進めながら彼は願う。

 舞姫ダンサーの踊りを通じて、悲劇が連鎖するこの世界がすこしでも明るくなることを――

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