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349.再来

 部屋に沈黙が落ち、暖炉の(まき)ぜる音が、静かに響いた。


「アキオ、神って……」

 ユイノに向かって彼はうなずく。

 この世界に神はいない。

 ドラッド・グーンの意思として、その概念は国を越えて消されてきたからだ。


「シミュラたちは知っているのか」

 アキオの問いに、王は首を横に振る。

「何かが起こっているのはご存じですが――あなたが来られるというので、今朝、衛士に狩人たちの聞き取りを行わせ、詳細が判明したのです」

 メルクが説明する。


 それによると、『神』は、人間を驚かすだけで、実際に危害は加えていないらしい。

 場所も、王都近郊の一部限定で、噂も、さほど広まってはいないという。


「それまでは、漠然(ばくぜん)とした噂だけだったのですが、狩人たちが不安がっていることを知られた大姫さまが、アキオ殿が来られる機会に調べてもらうようにいわれまして――」

 アキオはうなずいた。

 良い判断だ。

 神なき世界に、突然現れた()()神は、おそらくは()()()()()()()だ。

 それが何か予想はつくが、実際に確認しなければ対策も立てられないだろう。


「では、出かけるかね」

 ユイノが言って、立ち上がろうとするのを、

「お待ちを」

 手を挙げてメルクが止める。

「なんだい」

「実は、反体制派、その者たちはレジオンと名乗っていますが、その活動が活発になっていまして――」

「姫さまを襲った連中かい」

「はい、ギオルに心酔していた者たちが、弟のザバドを中心に勢力を強めているのです」

「じゃあ、そいつを捕まえれば終わりじゃないか」

「それが、巧妙(こうみょう)に地下にもぐって、容易に尻尾しっぽをつかませないのです。王都にも多数の協力者がいるようですし――」

「大した奴らじゃなかったけど、規模がはっきりしないのは困るね」

 あっさりと暗殺集団を撃退したユイノが言う。

「はい。ですから、今日、姫さまが襲われたことで、カヅマ・タワーの視察は、明日に延期させていただきたいのです。申し訳ありませんが」

「そ、そうかい、困ったねぇ」

 ユイノが喜びを隠しきれない様子で、懸命に困惑こんわくした声を出そうと努力する。


 視察が明日になるということは、今日、彼女とアキオは、エストラル城で泊まるということになるからだ。


 お泊り、なのだ。

 ふたりで。


「どうされます。あなた方なら、一度ジーナ城に戻られて、明日、再び――」

「い、いやいやいや――」

 宰相の言葉にユイノがかぶせて言う。

「時間の無駄になるし、その神って(やつ)について調べることもあるだろうから――()()()()()

 舞姫(ダンサー)の言葉に彼はうなずいた。


 部屋の外からノッカーの音がする。

「お入り」

 王自ら返事をすると、扉が開いて、白いドレスに着替えたシャロル姫が入って来た。

「お父さま」

「おお、来たか」

「お話はどうなりました」

「ご相談はさせていただいた。だが、もう少し話すことがあるのだ」

「今日の視察が取りやめになったことは?」

「お伝えした。おふたりとも、城にお泊りになるそうだ」

「本当ですか!」

 王女が(つつし)みを忘れて派手に飛び上がる。

「わたくしも、先ほど聞かされて――このドレスに着替えたのです」

 そういって優雅に一回転する。


「そういえば、ユイノさまは、ボザンヌ広場で素晴らしい踊りを披露なさったとか」

 メルク宰相の言葉で、王と姫が少女を見つめる。


「大姫さまが、ジーナ城には、素晴らしい舞姫ダンサーがいると(おっしゃ)られていましたが、あなただったのですね」

「い、いや、あたしは踊るのが好きなだけだよ」

 いつもの、恥ずかしがりのユイノが顔をのぞかせて、アキオの陰に隠れるようとする。

「これまで、誰も見たことのない素晴らしい踊りだったそうですが――」

「そうなのですか?」

 王女の好奇心に満ちた目に負けて、ユイノが経緯を説明する。


 聞き終わった王女が、興奮気味に話し始めた。

 

「意地っ張りの少女を助けるために、お二人が……なんて素晴らしい。ぜひ、ぜひお二人の踊りを――」

「シャロル」

 王に声を掛けられ、少女が我に返る。

「申し訳ありません」

「あとで、時間ができたら一緒に踊ればいいさ」

 ユイノの言葉に、王女は笑顔になる。

「本当ですか」

「そのかわり、王女さまの()も見せておくれよ」

「はい!」

「シャロル」

「はい、お父さま」

「わたしと宰相は、もう少しアキオ殿と話があるから、お前は、ユイノさまに画を見せて差し上げてはいかがかな――どうです、ユイノさま」

「姫さまさえよければ」

「もちろんです」

「では、あたしは失礼させてもらうよ、アキオ」


 ふたりの少女が手をつないで出て行くと、アキオは、メルクにレジオンについて、もう少し詳しく教えてくれと言った。

 宰相はうなずき、

「今、襲撃した者たちを尋問(じんもん)しているところなのですが――残念ながら、あの者たちにはレジオンの拠点は知らされていなかったようです。そして――どうやら、今日の視察を大規模に襲う計画が立てられていた模様です。その前に、先走った連中が、姫さまを見つけて確保しようとしたため、その計画は露見ろけんしてしまったわけですが――」

「城の外で襲撃するつもりか」

「はい、アキオさまが来られれば、必ず王と姫さまが同行されることは、城の者なら誰もが知っていましたから。それに――」

 メルクは少し躊躇ちゅうちょし、

「レジオンの連中、特にギオルの弟ザバドは、あなたを捕まえ、殺して兄の仇をとると公言しているそうです」

 アキオはうなずく。


 彼を捕まえ殺す。

 彼とは、つまり()()()()だ。


「明日は、兵を潜ませ、万全の対策を施して出かけようと思います。そのうえで――」

「わかっている」

 メルクはアキオの強さを知っている。

 本来なら、彼さえいれば、今日、このまま出かけたところで問題ないことも承知の上だろう。

 その上で、王と姫を守るために万全の対策をとろうというのだ。


 彼の脳裏に、広場で見たカフールの真剣な表情が蘇る。

 シャルラ王を侮辱(ぶじょく)されたと考えた時に見せた、兵士らしい良い顔だ。


 この国は、王とメルクを中心にまとまりつつある――


 それを(はば)む一つの要素、レジオンを(つぶ)す必要があるだろう。


 さらにもう一つの不安要素――

 アキオは、王とメルクに、流れソマルについていくつか質問した。


「ソマルの集落については、近いうちに、スキルグを派遣して、手に職をつけさせ、王都で暮らせるようにするつもりです」

「スキルグ」

 アキオがつぶやくと、

「大姫さまとアルメデさまのご指示で作った――技能集団です。様々な技術を持つ者の集まりです」

 スキルグとは、地球語で言う技能集団スキル・グループのことだろう。

 アキオはうなずいて同意を示す。


 話すべき事柄を話し終えたのか、ほっとした表情のメルクにアキオが言った。

「城に連絡を入れたいが」

「わかりました。すぐお部屋に案内させます」

 メルクが手を叩いて人を呼ぶ。


 シャルラ王が微笑みながら言った。

「アキオ殿、今宵(こよい)は、小さな歓迎のうたげもよおしたいと思いますので、ぜひ、ご参加ください。呼ぶのは、前回、あなたと行動を共にしたものだけです」

「わかった」

 アキオは、案内の兵士に連れられて部屋を出た。


 彼が案内されたのは、西の塔の中段近くにある部屋だった。

 城自体が高台(たかだい)に建っているために露台バルコニーからは王都が一望できる。


「アルメデ」

 彼は、アーム・バンドに触れて、ジーナ城にいる少女を呼びだした。

「はい」

 間髪かんはつを入れずに()んだ声が応える。

 最近、さらに頻度(ひんど)を増した太陽フレアの電波障害は、今は収まっているらしい。


 アキオは、エストラの事情を話し、今夜は帰城きじょうできないことを伝える。

「まあ」

 少女は珍しく()()()()を上げ、

「では、ユイノがあなたと二人きりに――」

 神の話ではなく、そのことに強く反応する。

「どうした」

「いえ、なんでもありません」

「以上だ。何かあればまた連絡する」

「あ、アキオ」

 何か言いたそうな声を上げるアルメデとの通信を終え、次にヴァイユを呼びだす。


「どうしました」

 アルメデ同様、すぐに通信に応えた少女が驚きの声を上げる。

「ユイノさんと一緒にエストラル城にいるのではないのですか?」

 アキオは、そうだと言って、今夜は帰城できない(むね)を伝え、

「君に頼みがある」

 彼の要望を伝える。

 その内容を聞いて、少女が心配そうに尋ねた。

「何か事件が起こっているのですか」

「起こさないためだ」

「わたしだけに?」

「君だけに」

「わかりました!」

「すまない」

 ヴァイユが何か大量の仕事を抱えていることを知っているアキオは謝罪する。

「謝らないで。嬉しいのですから――最優先でやりますね」

「頼む」


 通信を終えたアキオは、腕を組んで、オルトの街並みを見た。

 夕暮れが近づく街の上には、エストラル城の影が長く伸びている。


 アキオはコートをはだけ、中からP336を取り出して机の上に置く。

 少し考えて、ナノ・ナイフも銃の横に置いた。


 そして、なんでもないように――1階から抜け出すように露台(バルコニー)から外へ飛び出した。


 自由落下する。


 しばらく落ちるに任せた彼は、アーム・バンドに指を触れ、コートをフライング・スーツに変形させると、オルトの街を音もなく滑空(かっくう)し始めた。

 しばらく飛んで、城と街門(がいもん)の中ほどの大きな屋敷の屋根に着陸すると、そのまま飛び降りて通路に降り立った。


 路地を選んで大通りに向かいながらアーム・バンドに手を触れ、コートと髪の色を漆黒に戻す。


 やがて、狭い通路の向こうに街の喧騒(けんそう)が近づき――彼は、ゆっくりと目抜き通りに足を踏み出した。


 オルトの街に、()()()()()が帰ってきたのだ。

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