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347.奇襲

 高らかにユイノに命じた王女は、言い終わると、再びアキオに飛びついた。


「あ、あの――王女……さま」

 急な展開についていけず、ユイノが言葉に詰まる。

「何ですか」

 アキオにこすりつけた顔をわずかに彼女に向けて王女が言う。

「王族の方が、いきなり男に抱き着くっていうのは――」

「わたしは良いのです。なぜなら、わたしは大姫(おおひめ)さまから、アキオさまの妻になるお許しをいただいていますから」

「妻?そういえば、シミュラさまは、よくエストラに行かれてたけど――いつのまにか、そんな約束を――」

「ところで、あなたの名は?」

「ユイノ・ツバキです」

 驚いたように、少女が顔を上げて彼女を見る。

「あなたがユイノ――シジマ・モラミスとジーナ城を二分(にぶん)するという」

 シジマと並べられて、なんとなく胸騒ぎを覚えたユイノは尋ねる。

「あの、シジマと何を二分しているのでしょうか」

()()()()()()役割ですね」

「シミュラさま……」

 少女はうなだれた。


「しかし、本当にあなたはユイノなのですか」

「はぁ、生まれた時からその名です」

「皆を笑わせ、明るくする、という話でしたが、あなたは――すごく綺麗です」

「え」

「この国では滅多にみられない燃えるような紅い髪、透きとおった青い眼、異国風の浅黒い肌、長い手足、まるでお人形のようですね。背はわたしと同じぐらいですが」

「い、いや、お姫さまよりは、ずいぶん大きいと思います――」

「わたしは、まだ幼いのです。8歳です。小さくって当たり前です。あと7年もすれば、アキオさまの肩ぐらいまでは背が伸びるでしょう」

「いや、そんな大きい女なんて――」

 いない、と言いかけて彼女の脳裏に二人の少女が浮かぶ。


 いやいや、キィは特別だろう。

 そもそも、ラピィはもともとケルビだし――


「そういえば、大姫さまがいっておられました。ジーナ城にいるアキオさまの世話係は全員美しいと。あれは本当だったのですね」

「世話係――」

 彼女はなんとなく理解する。


 シミュラは説明が面倒になって、王女に適当なことを言ったのだろう。


「あたし以外に、誰かに会ったことはあるのですか」

「ありません。あなたが初めてです。でも、()()()()のあなたが、そんなに綺麗だとしたら、あとの人は――うわさのアルメデさまやユスラさま、ピアノさまに会うのが恐ろしいですね」


 いや、それどころじゃない。

 カマラ、ミストラ、ヴァイユ、ヨスル、シジマですら、会えば驚くだろうねぇ、ラピィには違う意味で驚くだろうし――

 そうユイノは、胸の内でつぶやく。


 そもそも、アキオは人を美醜(びしゅう)で判断しない。

 最近まで、その区別もわかっていなかったと聞く。

 彼が好むのは、絶望の中で折れない気持ちを持つ者たちだ。

 恐怖の中で、震える自身の膝を叩いて、立ち上がる者だ。


 ユイノの眼から見ても、ジーナ城に集まった少女たちのすべては、その気持ちを持っている。

 全員が、飛び切りの美人ぞろいというのは――おそらく偶然だろう。

 アルメデは、そこに()()()()()()が感じられると言っていたが――


「アキオさま。大姫さまから、ミーナが行方知れずと聞きました」

「そうだ」

「お気を落としにならないでくださいませ」

「すぐに見つけ出す」

「はい――あっ」

 シャロル王女が小さく叫ぶ。

 アキオが、身をかがめて彼女を抱き上げたからだ。

「もうすぐ時間だ」

「ほんとだね」

 アーム・バンドで時刻を確認したユイノがうなずく。


「城に行こう」

 そういって、アキオは左手で王女を抱き、右手でユイノを招いた。

「アキオ!」

 舞姫ダンサーがアキオの右腕に飛びつく。


 訓練によって、両利きになってはいるものの、本来の利き腕である右腕がふさがることを極端にアキオは嫌う。

 その彼がユイノに右腕を与えたのだ。

 それは、彼女に対する全幅の信頼を示している。


「あ、あの、アキオさま」

 路地を出て、しばらく歩くと、王女が黒紫色の瞳で彼を見つめ、小さく声をかけた。

「初めてみる高さからの景色で、たいへん気持ちはよいのですが――少し、恥ずかしい、です」


 人目を引くアッシュグレイの髪の男が、左腕に黒紫色の髪の美少女を抱き、右腕に燃える紅髪の美女と腕を組んで人混みを歩いているのだ。

 目立たないわけがない。


 もちろん、人々は、特徴的な髪色で、片手で抱き上げられている少女が王女であることに気づいている。


 だから彼が歩くと、まるで神力じんりきで海が割れるように、人の波が左右に分かれていくのだ。


「わかった」

 アキオは優しく少女を下ろすと、手をつないだ。

「でも、よくシャルラ王が独りで出ることを許したねぇ」

 ユイノが、アキオ越しに王女を見て言う。

「許しを得てはいません。勝手に出たのです」

「姫さま、それは危ないよ。身分の高い人は、いつどこで狙われるかわからないんだから」

 恥ずかしがる王女の姿にユイノは親近感を覚え、いつもの言葉遣いに戻っている。

「さっきまで、フード(カプ)とマントを身にまとっていたので、わたしとはわからなかったでしょうし、アキオさまとお会いできれば、あとは――」


 アキオが、素早くシャロルの前に出た。

 同時に彼の手元で金属音が鳴り、細い投げナイフが地面に転がる。

 彼の左手にはいつの間に抜いたのか、ナノ・ナイフが握られていた。


 ユイノの姿は、すでに彼の隣にはない。

 

 次の瞬間には、通りの先で、()()()()()悲鳴が聞こえ、誰かが地面に倒れる音が響いた。


 アキオは動かない。

 ナノ・ナイフを持った手は、下におろして、ゆったりとくつろいで立っているようにすら見える。


 王女が、彼の陰から前をのぞいた。

「エストラを滅ぼす魔女め」

 マントを脱ぎ捨てた数名の男たちが、似たような言葉を口々に叫んで、長剣を抜いて王女に斬りかかってくる。


「大丈夫か」

 アキオは、彼らを見もせずに振り返って王女に尋ねた。

「はい」

 青ざめた頬をしてシャロルが応える。


「ああ」

 斬りかかってくる剣を、まったく気にしないで背を向けるアキオにシャロルが思わず声を上げた。

 だが、その剣はアキオに届くことはない。

 男たちが、突風に吹かれたように、通りの端まで飛ばされたからだ。


 そのあとには、臙脂色えんじいろの服に身を包んだ紅髪の少女が、片足を上げたまま立っていた。

 少女は、足をゆっくり下ろして辺りを見回す――


 王女シャロルの眼が、驚きに大きく見開かれた。

 ユイノという小柄な少女は、あっというまに暗殺者集団を倒してしまったのだ。


「姫さま、ケガはないかい」

 軽い運動でもしたかのように、息も切らさず彼女が話しかけた。

 生き生きとした、大きな青い眼がシャロルを見つめる。


 これは――この人は、なんて()()()()()()なんだろう。

 最初に王女が思ったのはそのことだった。


 ユイノ・ツバキは、ただ綺麗なだけではない、まるで紅く燃える氷みたいに激しく冷静な生き物だ――そう思って危うくシャロルはため息をつきそうになるが、

「はい、わたしは大丈夫です」

 声が震えないように気をつけて返事をする。


「やっつけたよ。剣士が5人で魔法使が2人だ」

 少女は、踊るように近づいてアキオを見上げた。


「よくやった、ユイノ」

 アキオが少女の頭を撫でる。


「えっ」

 王女は思わず声を上げた。

 彼が手を触れた途端(とたん)、紅髪の少女の、氷のように冷たく張り詰めた表情が、あっというまに(ゆる)んでしまったからだ。


 アキオさまから褒められるだけで、こんなふうになってしまうんだ――


「どうだった、アキオ」

 評価を聞く生徒のように、ユイノが尋ねる。

「いい動きだ」

「やったね!」

 そう言って、子供のように声を上げて彼の腕に抱き着く。


 そこへ、衛士たちが集団で駆けつけてきた。

 先頭は、()()カフールだ。

「いったい何の騒ぎだ」

「ああ、あんたかい。そこに4人と、向こうに3人転がってるよ」

 アキオとユイノをみて、衛士が(あき)れる。

「また、あんたたちか。転がってるって、今度はなんです?」

「この方たちが、わたしを守ってくださったのです」

 澄んだ声が響いて、視線を下に向けたカフールが飛び上がらんばかりに驚いた。

「姫さま!」

「あの者どもに襲撃を受けました。捕縛(ほばく)して引き立てなさい」

「は!」

 走り出そうとする衛士にユイノが声を掛けた。

「頼んだよ。じゃ、あたしたちは、これから城に向かうからね」

「お待ちください」

 歩き始めるユイノを、カフールが止める。

「姫さまには、護衛をおつけします」

「あたしとアキオがいれば大丈夫だけどねぇ」

 ユイノが腕を組む。

「そういうわけにはまいりません」

「わたしは、このまま、この方たちと参ります。心配ならば少し離れて護衛してください」

 シャロルが折衷(せっちゅう)案を出した。

「利口な姫さまだ」

 すぐに答えを示す少女にユイノは感心する。


 まるで、アルメデさまの小さいころみたいじゃないか――


 幼い姫は舞姫ダンサーをじっと見た。

「お助けくださって、ありがとうございます――ユイノさま」

「ユイノ()()?」

 王女の口調の変化に少女が驚く。


「実は、大姫さまから、もう一つ教えられていたことがあるのです」

「なんだい」

「城の娘たちに会えば、きっとわたしは驚くだろう、と。そして必ず――」

「必ず?」

「好きになってしまうだろうと――」

 少女はシミュラと同じ色の瞳を輝かせる。

「それは、本当でした」

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