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344.浮彫

 しばらくして、アキオが口を開いた。

「ユイノ――」

「何もいわなくていいよ」

 少女は語気(ごき)を強める。


 アキオを知らない者や敵は、彼を無慈悲(むじひ)な殺人者だという。

 だが、本当はそうではない。

 そう見えるだけだ。


 爆弾が埋め込まれたシジマの身体を、アキオは躊躇ちゅうちょなく斬った。

 それを見た敵は、彼を怪物の殺人者だと言い捨てる。

 だが、その後で彼は、本当に重要なシジマの頭部を自分の身体で守って爆弾の破片を受け、死のふち彷徨さまよったのだ。


 魔法使いの雷球アラメイにやられ、動きのままならない体でゴランからミストラとヴァイユを取り戻す時も、ユイノの眼の前で、彼は自身の身体で二人の少女を守った。

 その時に、血が――ナノ・マシンが、ふたりの傷口から体内に入るほど大量の血を彼は流したのだ。


 ダラム・アルドスから救い出されてすぐ、シミュラが、まだ身体の制御をうまく行えず、触れるものすべてを取り込んでしまった時も、アキオは自らの身体を喰われながら彼女を抱き続けた――


 ドッホエーベでは、一人の魔法使いたちの被害も出さずに彼らを無害化したとヨスルが言っていた――


 ()()()()()()彼が無慈悲なのは、彼自身に対してのみだった。


「もし、()()の復活という目標がなければ、とうに()()()は死んでおるじゃろうな」


 かつてシミュラがつぶやいた言葉は真実だ。


 アキオは()()()()()()()を置いていない――


「あんたが、あたしを――あたしたちを愛してくれてるのはわかってる。でも、恋してるかは――わからない。あたしたちは不安なんだ」

「不安」

「あんたは、ここにいるけど、ここにはいないから」

「いるさ」

「ちがう、ちがうんだよ――」

 ユイノが声を絞り出す。


 もし、皆がそう思っているなら、どうして、アルメデさまやシミュラさまが、使ったこともない工具を使って、毎日思いを込めながらジャイロスコープの部品を削るのだ。


 命の危険を冒して、おそらく、もっともアキオのために命を投げ出したいと思っているカマラやピアノ、そしてユスラさまが宇宙に出ていくのだ――


 皆、()()()()()()()()()()()アキオが帰ってくる便(よすが)となる道具を、思いを込めて作りたいと願っているからだ。


 そんな、胸いっぱいの思いのたけをぶつけたいと願いながら――ユイノは歯を食いしばってアキオの胸から顔を上げた。

 それは、彼に言っても詮無せんないことだ。


 代わりに微笑む。


「おかしいねぇ。あたしは、ほんとはこんなに泣き虫じゃないんだ。子供の頃は、アラビリオのユイノっていわれて、男の子を泣かしていたんだからね」

「アラビリオ――」

「決して泣かない、って意味さ」

「見たかったな」

「ダメだよ。あの頃のあたしは、手足ばっかり細長くて、棒きれみたいな膝にいつも擦り傷を作って走り回って男みたいだったんだ。見せられないね」

「――」

「あ、アキオ、あんた、今もそれほど変わらないって思っただろう」

 そういって、ユイノはアキオの胸を、ぽかぽか叩くと――体を起こして、()()()から()()へ移動して座った。

「そろそろ戻ろうかね。タワーが待ってる」


 アキオが船を漕ぎだすと、ユイノは眼を細めて水面みなも()

「こんなに水面(すいめん)近くを行くんだねぇ」

 そういって、再び身体を移動させてアキオの上に今度は(うつぶ)せに乗って、彼の胸に顔を寄せる。

「こうやってると二人で水の中を泳いでるみたいだ。アキオ、もう少しこのままで――」

 彼が言う通りにすると、紅髪の舞姫(ダンサー)はアキオの腕にしっかりつかまって目を閉じた。


 胸に耳を当てると、アキオのゆっくりとした心臓の鼓動が聞こえる。


 夜、()い寝をする時も、ユイノはアキオの心臓の拍動(はくどう)を聞きながら眠る。

 それは子守唄のように、力強く(おだ)やかに彼女を眠りにさそう響きであり――


 そして、それは彼が()()()()()()()だ。


 やがて、とん、と軽い衝撃があって小船は停止した。

 ユイノが眼を開けると、見知らぬ男と目が合った。

「えっ」

 あわててアキオの体から起き上がると、それはボートの管理人だった。

 彼が、オールで船が桟橋(さんばし)にぶつかるのを止めてくれたのだ。


 アキオが、まっすぐ乗り場に向かっていたため、漕ぐのをやめたあとも、舟は惰性だせい桟橋さんばし辿たどり着いたのだった。


「あ、ありがとう」

 あわてて礼をいうユイノの両脇に手を入れ、アキオが軽々と持ち上げて桟橋に(おろ)す。


「あ、あんたは――あたしを子供みたいに」

 文句をいうユイノの頭を軽く押さえると、アキオは先に立って桟橋を歩いていく。


「待っておくれよ」

 そう言いながら追いかけたユイノは、彼に追いつくと、そのまま追い越して湖水公園への道を登って行った。


 公園で彼が追い付くのを待って、腕を組んで目抜き通りの十字路に戻っていく。


 そこから螺旋塔スパイラル・タワーはすぐだった。


「大きいねぇ」

 すっかり元気を取り戻した舞姫ダンサーは塔を見上げて驚いている。


 確かに大きいが、アキオの記憶――もちろんそれはシミュラの脳内シミュレーションだが――にある螺旋塔スパイラル・タワーは、もっと古びた印象だった。


 アキオがユイノにそう伝えると、


「えーと、2か月前に改装されたらしいよ」

 入塔料にゅうとうりょう支払所しはらいしょの前の説明板を読んだユイノが教えてくれる。

「昔のままの塔にも登りたかったけど、きれいになったばかりの塔もいいもんだね」


 皆、廿日市はつかいちを回っているのか、それほど人混ひとごみは激しくない。

 巨大な塔の前にある広場にも、まばらに人影ひとかげが見えるだけだ。


「さあ、行こう、アキオ」

 料金を払って広場へ入るが早いか、ユイノは彼の手を引いて塔の登り口へと歩き出す。


 反対側には、塔からの降り口があって、そこからも広場に人が出てきている。


「なんだい?」 

 ユイノが不思議そうな声を上げた。

 塔の降り口から来た人々が、奇妙な視線を彼らに向けてくるのだ。

「あたしの顔に何かついてるかい」

 ユイノが背伸びをして彼に顔を近づける。

 アキオは彼女を見下ろして、

「いつもどおり――()()()()

 ごく普通にそう言った。

「お、あ、そ、そうかい――それじゃ行こうか」

 一瞬、固まりかけたユイノは、何とか立ち直ると、彼の手をとって登り口に入って行く。


「中は案外広いね」

 塔の内部は階段ではなく螺旋形の傾斜スロープを登るようになっていて、滑らないように、ところどころ横方向に突起がある。


「へえ、ごらんよ、壁にゾエントが掛けられてるよ。退屈せずに登っていけるね」

 ゾエントとは、サンクトレイカ語で、浮彫細工レリーフのことだ。

 見ると、確かに、一定の間隔を置いて作品が掛けられている。


 作品と作品の間に、外光を取り入れ、外を(なが)める小窓があるという造りだ。

 足元はメナム石が(おだ)やかに照らしていた。


「これは――歴史だね、この国の」

 ユイノの言う通り、最初の作品は、火山から吹き出た溶岩から、人が火を手に入れる瞬間が(えが)かれていて、次は、狩猟、そして村ができ、進むにつれて、順に集落が大きくなっていくさまが描かれていた。


「しかし、本当に下りの人とは会わないね」

 今更(いまさら)のようにユイノが感心する。

 かなり坂を登って来て、窓から見える街並みも小さくなってきているのに、スロープを行くのは登る人ばかりだ。

「それが二重螺旋にじゅうらせん構造こうぞうを持つこの塔の特徴だ」

「不思議だねえ。でも面白いよ。うちの城にも作りたいね」

 ユイノが不穏ふおんなことを言い出す。

「城内に螺旋塔スパイラル・タワーを」

「そう、そして、あたしたちの活躍を、えーと叙事詩じょじし的に絵にして飾るのさ」

 アキオはそれを聞き流して坂を登っていく。


「あ、アキオ、これはエストラの初代の王だよ。軍隊を使ってゴランを退治したんだ。シミュラさまのご先祖だね」

 目を向けると、確かにそのようなレリーフが掛けられていた。

 さらに登ると、国が大きくなり、さまざまな他国との戦いに打ち勝つ場面が(えが)かれ始める。


「けっこう登るね。でも、もうすぐ頂上だよ。そのまえに一度休むかい?」

 疲れを知らない二人とは違い、普通の人々は、ところどころに作られた休憩所で休みながら塔を登っていくのだ。

「任せる」

 彼の言葉に、ユイノは、壁に開いた小窓に顔を近づけ、

「随分来たね。もう、登り切ってしまうよ。まずは頂上に行ってみたいからね」

 そういって、前を見たユイノが驚いたような声を上げた。

「どうした」

「あ、アキオ、この人――」

 舞姫(ダンサー)は、窓の近くのレリーフを指さしていた。

 そこには、野山を駆ける少女の姿が(きざ)まれていたが――

「シャトラか」

 その姿は明らかにシミュラの幼少時代のものだった。


 それからしばらくは、シャトラ姫の成長が描かれる。


 活発――というより、お転婆てんばな姿も飾らずに語られ、同時に、成人式典のパーティで気品高く踊る姿も描かれる。


 最後は、成長した王女が蛇のような動物から部下を守って倒れ、横になって眼をつむったまま、戴冠たいかん式が行われる様子が彫られていた。


「こんなふうに変えて、シミュラさまの存在を世に出したんだね」

 アキオはうなずく。

 真実を国民に知らせるわけにはいかないだろう。

「彼女は気にしないさ」


「それにしても、シャルラ王の、シミュラさまへの憧れ、崇拝すうはいぶりがわかるね」


 ユイノはしみじみと言い――目の前に迫った頂上に向けてゆっくりと歩いていく。


「でも、王の崇拝は、あんたにも――あっ」

「どうした」

「あ、アキオ、あれ」

 ユイノは、塔の頂上、坂を登り切った頂点に(かか)げられた、ひときわ大きなレリーフを指さした。

 そこには、玉座(ぎょくざ)に座るシミュラと、その横に立つ、騎士にしては風変わりな衣装をまとった男の姿が描かれていた。

「あれはシミュラさまと――あんただよ」

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