338.朝餐
「おはよう、アキオ」
「おはようございます」
朝、目を覚ますと、彼を上から見つめる四つの目があった。
紫がかった青い瞳と金色の瞳、シジマとヴァイユだ。
「どうした」
アキオが尋ねると、ふたり同時に彼の首元に抱き着く。
「なんでもないよ」
「そう、何でもありません」
そういいながら彼の髪をくしゃくしゃとかきまわす。
目覚めてからの数日間、日替わりに少女たちから似たようなことをされているので、特に疑問はない――が、今朝は少々激しいようだ。
「嘘です。この三か月、ずっと目を瞑ったままのあなたの寝顔を見ていたので――」
「朝、起こして目を開けるところを見たかったんだ」
「そうか」
「本当に目を覚ました瞬間は、ラピィに取られたからね。悔しかったんだよ」
そういって、シジマはアキオから身体を離すと、全裸のままシーツから滑り出て寝台の横に立ち、大きく伸びをした。
「まあ、シジマったら――全部見えてますよ」
同じようにアキオから体を離したヴァイユは、シーツの下で下着をつけ、ヴォドノフ、地球で言うシュミーズのような肌着姿でベッドサイドに降り立った。
「なんかなぁ、肌の出し惜しみをして、何かいいことあるの?」
「何ですか?」
「だって、お風呂は一緒に入ってるし、さっきまでアキオの身体を撫でまわしていたくせにさ。突然、こそこそと服で隠して……」
「な、撫でまわしてなんかいません――少ししか」
「してるんじゃないか!」
ヴァイユがシャツとスカートを身に着けながら言う。
「それとこれとは、たぶん別です」
「たぶん、って――」
「何というか――女性としての嗜みですよ。あなたやラピィのように、なんでも奔放にすればよいというものではありませんからね」
「ひとつしか違わないのに、年上ぶってさ」
シジマは腕を組み、
「アルメデさま、シミュラ、ユスラさま、ピアノ――カマラも似たようなもんじゃないかなぁ」
「あの方たちは、全員、王族じゃないですか。高位貴族と王族は――仕方ありません、ね」
「ラピィも女王らしいけどね――アキオはどっちが好み?恥じらいと大胆と」
「恥じらいと大胆……」
「ユイノとラピィだよ」
「どちらも健康だな」
「もういいよ。これは、わかってないよ。それともわからない振りをしてるのかな」
「シミュラさまとラピイの話だと、実際、よくわかっていないようです。少しはわかりつつあるらしいのですが――アキオの一番の関心事は、わたしたちの健康だそうですから」
「ボクさ、アキオって、動物も人間のように扱っているんだと思ってたんだけど、最近、人間も、男も女も、動物のように扱ってるんじゃないかと思う時があるんだよね」
「どっちでも同じじゃ」
「わっ」
突然、背後から響いた声に、シジマが飛び上がった。
窓枠にシミュラがつかまって外から部屋を見ている。
「おぬし、いつまで素っ裸でおるのだ。早く服を着よ。アキオはもう着替えておるではないか」
「あーいつのまに」
「なぜ、窓から来られたのですか?」
この部屋は地上4階にある。
「今朝は庭園で朝食をとる予定じゃぞ。皆が席につこうとしているのに、おぬしたちがまだじゃから、わたしが使い走りをさせられたのじゃ。どうせ、そやつの寝顔でも見ていて遅くなったのじゃろう」
「鋭い――けど、使い走りは仕方ないよ。手を伸ばせば、ここまでくるのに2秒もかからないもんね」
「なんじゃ」
「なんでもありません。すぐ行きます」
「待っておるぞ!」
アキオたちが庭園に出ると、降り注ぐ朝陽のもと、長いテーブルに真っ白な布をかけた食卓に少女たちはついていた。
それぞれの席の前には、白い皿の上に、アキオの知らない野菜と、見たことのないパンのようなもの、そして彼の知らない塩豚に似たものが置かれていた。
「遅いよ、シジマ」
「そうだよ。今日も仕事がつまってるんだからね」
ユイノとキィが声をかける。
「では、いただきます」
全員がそろうと、少女たちはユスラの掛け声で、手を合わせてから食事を始めた。
数日前、彼が目を覚ましてからは、毎朝、こんな調子で食事が始まるのだ。
初めのうち、なぜ彼女たちが地球の極東風の食事作法をしているのかわからなかったのだが、聞いてみると、彼の記憶にあるアカネ・ヘルマンの食事が気に入ったから、という答えが返ってきた。
おそらく、シミュラが彼の記憶を読み取ったのだろう。
「皆がそろって温かいものを食べると、それだけで美味しい、でしたね」
ヨスルが微笑んだ。
その言葉にふさわしい和やかな雰囲気で朝食は始まった。
が、その食事時間は、ゆっくり楽しんで食べる、という言葉からは程遠い短いものだった。
無作法ではないが、決して優雅とはいえない速さで食事を終えると、
「ごちそうさまでした。アキオ、お先に失礼します」
そう言って、各自がトレイごと自分の食器を手に取り、テーブルの傍らにひかえるライスのワゴンに置いて、そのまま、それぞれが様々な方角へ散って行く。
アキオが目覚めてからも、少女たちは、追われるように各自の作業に没頭しているのだった。
どんな作業なのか、彼は詮索しない。
必要なら、彼女たちの方から伝えてくるだろう。
ちなみに、もと軍人のアキオは、誰よりも早く食事を終えている。
「おやまあ、みんなせわしないねぇ」
そんな中で、ただひとり、ゆっくりと食事を続けていたユイノが言う。
どうやら、今日のアキオの相手は彼女のようだった。
目覚めた日に、これから10日間程度は研究を忘れて、一日にひとりずつ少女の相手をして過ごすように言われているのだ。
これは、彼の体調を考えてのことではなく、少女たちの苦労を労うためのものだから、必ず守ってほしいと、アルメデとシミュラから釘を刺されている。
もちろん、アキオに否やはない。
彼が眠っている間に、少女たちが、彼とミーナの起こした厄災の後始末をしてくれたのだから。
ふたりだけ残った食卓で食事を終えると、ユイノがテーブルを回って、立ち上がったアキオに近づいてきた。
「どうしたんだい」
じっと自分を見るアキオの視線に気づいて少女が尋ねる。
「いや、相変わらず君の歩く姿は完璧だ」
因果な習い性によって、アキオは、人が動くときには常に、その重心と荷重移動を計ってしまう。
格闘において、敵の重心把握は重要事項だからだ。
重心を足の位置より外にずらしてやるだけで、たやすく人は転倒する。
さらに、爪先、膝、腰、背中のどれかを使って身体を跳ね上げてやれば、自重によって重大なダメージを受けることになる。
物心ついた時から、薬物による強化で怪力であった彼は、それほど重心を重要視していなかったが、その後に受けた戦闘訓練では、それこそ血を吐くほどその技術を叩きこまれたのだ。
それゆえ――彼は、踊子が歩く際の完璧な重心の保持と体重移動に、いつも見惚れてしまうのだった。
「なんだよ、あんたらしくない」
そう言いながら、素早くあたりを見渡して、少女たちの眼がないことを確認すると、ユイノは身体をアキオにしっかり寄せて、身長差のある彼の腕を抱きしめる。
紅髪の舞姫は、舞台以外では相変わらずの恥ずかしがりやなのだ。
「今日は、城の外に出るんだよ。エストラのカヅマ・タワーを見に行くんだ」
惑星上に無い希少金属ラグナタイトを探すため、カマラ、ピアノ、ユスラとサフランは定期的に宇宙に出ている。
その際は、シジマが改造を加えたカイテンAとカイテンBの二つの成層圏ロケットを使っているのだが、できるかぎり、そのことをアキオに気づかれないように、彼女たちが宇宙に出る時はアキオをジーナ城から離すようにしているのだ。
ただ、今回、エストラのカヅマ・タワー近郊では、曰く言い難い出来事が発生していたため、その調査を兼ねての視察――ユイノにとっては逢引、をするように、アルメデたちから頼まれている。
「ザルドで行くと時間がかかるから、今日はセイテン改で行くよ」
「わかった」
少女たちによって、ギデオン・ラッシュ、あるいは、灰色の拡散と名付けられた、あの戦いの後に、シジマが改良を加えたのがセイテン改だ。
この日の予定――
本来なら、ユイノを、アキオと二人だけで、一日過ごさせるためだけの道行だった。
カヅマ・タワーの視察はつけたしだ。
目的地も、舞姫が、アキオとシミュラが過去のエストラで見た、王都オルトの螺旋塔を見たいといったから決まったようなものだ。
だが、事態は予想外の展開を見せ、その結果、この惑星に、有り得べからざるものを生み出すこととなるのだった。