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337.役割

()()()()()()()に、選択的に慣性制御する方法があるのです。これを用いれば、瞬時に、まったく衝撃を受けずに超音速から停止することすら可能です」

「えーと、つまり?」

「ジャイロスコープは、実際には、地球上では地球重力やコリオリの力などの影響を受け、宇宙では、星の引力の影響を受けます――」

「厳密にいえばそうだね」

 ラピィの言葉に、サフランは(うれ)()に目を細める。

「どうしたんだい」

「なんでもありません」

 少女は(ゆる)く首を振り、

「しかし、慣性と重力を防ぐ素材があるのです」

 (てのひら)に乗せた、3センチ四方の透明な板を見せる。


「このプレートがそれです。これによって、そうですね――まるで水道栓を開け閉めするように、()()()()()()()()()に利用できるのです。()()を含めて。設定が難解で、かなりの計算をこなさなければなりませんし、制御するための回路も小型化は可能ですが構成が複雑です。さらに、使用に際しては、莫大(ばくだい)なエネルギーが必要になります――」


 カマラを助けるため、その技術を自身の身体で用いて、彼女はドラッドとして体内に持った膨大(ぼうだい)なエネルギーのほとんどを使い切ってしまったのだ。


「それって、事実上、使用不可ということじゃないの」


 シジマは(あき)れるが、カマラは目を輝かせる。


「それほどの技術テクノロジーということです。考えてみなさい、シジマ。慣性イナーシャを自在に扱えたら、この世界のいかなる兵器も無効にできます。逆に、世界を簡単に滅ぼすこともできるでしょう。そんなものが、簡単に、少しのエネルギーでできると考えるのは間違っています――」

「うん、確かに、考えてみたらそうだね。その技術を使えば、惑星の自転さえ止めることができそうだもんね」

 シジマの言葉を受けてサフランが笑顔になる。

「実際に、それを行おうとしたら、気の遠くなるようなエネルギーが必要となりますね。太陽系ソーラーシステムごと消滅させた方が簡単です」


 サフランは(こと)()げに言ったが、アルメデの眼が再び厳しくなるのを見て、慌てて話題を変える。


「実際のところ、このサイズのプレートで立方体を作って起動させる程度なら、それほど大したエネルギーは必要ありません。起動さえすれば、維持には、ほとんどエネルギーを消費しないのです」

「起動には、どれぐらい必要なの」

 サフランの答えを聞いて、シジマが背後に倒れそうになる。

「そんなに!」

「しかし、それだけです。一度起動してしまえば、保守メンテナンスいらずに数百年はつかえるでしょう」


「いまひとつよくわからんのだが、その板で箱を作ったら何が良いのだ」

「一番の利点は、コマ(フライホイール)を軽くできること、かな、たぶん」


 シジマが考え考え、言った。


「いえ、それも可能でしょうが、おそらくこのプレートは、フライホイ―ルの重さとそれによる慣性イナーシャを完全に無効化キャンセルできるでしょうから、重いコマ(フライホイール)を軽く持ち運ぶことができ、急激に動かしてもホイール自体の慣性で持ち主が振り回されたりしなくなるのでしょう」

「要するに、フライホイールを重くしても、軽く扱える、ということだね」

「その通り――ということなのですが、どうでしょう、アルメデ」


 小さな顔を、美しい金色の髪でぴったりと覆うショートヘアの女王は、じっとサフランを見つめていたが――


「そんな、()()()()()()()()()()()かもわからない技術を使うことはできません」


 少女たちの顔に失望の色が広がる。


「と、いいたいところですが、すでに、フライホイールを回転させるエネルギーは、地球からすると異次元世界のPSを使うことにしたのですから、そこに()()()()を立てても仕方がありませんね……」


 アルメデは、ふっとため息をつくと、


「なにより、あなたたち全員の、()()()()()()()()()()表情(かお)を見たら、とても反対はできません。アキオへの贈物はジャイロスコープに決めましょう」


 わぁ、っと少女たちが喜ぶ。


「別に、わたしの意見など、気にする必要などないのですよ」

 アルメデが小声でつぶやくと、彼女の背中をトンと叩く者がいる。

 シミュラだった。

「みな、おぬしも含めた全員で、あやつへの贈物を作りたいのじゃ」


 アルメデが魔女の手を取った。

 すぐに美しい指が言葉を語り始める。

 ふたりだけにわかる指話だ。


〈ありがとうシミュラ。さっきもいったように、あなたにはいつも感謝しているのです〉

〈おぬしたちの間に、何があるかは聞くまい。話せるようになったら話してくれればよい〉

〈ええ――何年生きてもダメですね。わたしはアキオが関係すると冷静ではいられなくなる。彼が目を覚ましたら――〉

〈よい、あわてるなよ〉

〈感謝します――〉


 ふたりの秘密の会話をよそに、少女たちはわいわいと話を続けている。


「じゃあ、ジャイロスコープ、透明キューブに封入ふうにゅうするからジャイロ・キューブと呼ぶとして。その大まかな仕様(しよう)と役割を決めようよ」

 シジマが言い、

慣性制御版イナーシャ・プレート()()は――」

「はい」

 ヴァイユが手を上げる。

「やってくれるの?面倒そうな計算だよ。アカラ――いやギデオンにやらせれば」

「アキオが常に持ち歩くものなら、その計算は、わたしがやらなければなりませんね。それに計算は得意です――」

「数字に強い娘は魅力的じゃの」


「じゃあ、回路はボクが」

妥当だとうじゃな」

「あとは、大事な部品の削りだしだね」

「削りだし、というのは?」

 アルメデが尋ねる。

「コンピュータによる自動制御じゃなくて、人間の操作でジンバル・リングを作るんだよ。機械制御でもできるけど――」

「アキオにわたすなら手作業の方が良いかの……」

「人の手によって部品を作るのですか――面白そうですね。わたしがやります」

 アルメデが手を挙げる。

「ほう、女王が金属加工をするか――では、わたしもひとつ作ろうかの」

 シミュラも名乗りを上げ、

「もう一つリングがありますね。では、それはわたしが削ります」

 ヨスルが控え目に手を挙げた。


回転台ジンバル・リングはそれでいいね」

 シジマがコンソールに指を触れると、文字がホログラムで浮かび上がった。

 少女はそれに目を通し、

「あと残っているのは――うん、そろそろ一番大切なパーツの話に入りたいんだけど」

 そう言ってサフランを見る。

「わかっています。コマ(フライホイール)ですね。外部からの重力と、コマ自体の慣性は、プレートでキャンセルできるとしても、精度を上げるために、フライホールは、できる限り()()()()()()()()()である方が好ましいことに変わりはありません。ですから、わたしは、ラグナタイトを使おうと思っています」

「ラグナタイト?」

「この次元に存在する最も重い安定元素です。地球における――オスミウムのようなものですね。強度は全く違いますが。ちなみにオスミウムの3倍強の比重があります」

「そんな金属がこの星にあったの。見たことがないな」

「正確にいえば、この星には存在しません。ラグナタイトはこの星のまわりの小惑星に含まれているのです」

隕鉄いんてつとして地上に降ってくるのですね」

 カマラが尋ねる。

「いえ、ラグナタイトは熱に弱いため、この惑星上では発見されていません」

「それでは――」

「宇宙に行って、わたしがってきます。どこにあるかはだいたいわかっていますから。ただ――あなたがたの中で三人、お手伝いをお願いしたいのです。」

「三人――危険ではないのですか」

「危険はありません。わたしが命に代えてもお守りしますから」

「わたしが行きます。宇宙には()()()()()ので」

 カマラが名乗りを上げ、

「わたしも行きます。()()()への贈物の一番大切な部品なのですから」

 ピアノがそれに続いた。

「わたしも同行してよろしいですか?」

「もちろんです。ユスラさま」

 少女ふたりが同時に答える。

「任せるしかないようだの」

 シミュラが微笑む。


「それで――持ち帰ったラグナタイトをコマに加工、仕上げるのは、ラピィにお願いしたいの」

 サフランが大柄な少女を見る。

「なぜだい?」

 身を乗り出して、ラピィが尋ねる。

「恐ろしく重いラグナタイトは、同時に非常に硬い金属でもあるから、その加工や研磨にはたいへんな根気と力が必要なの。わたしはあなたが適任だと思う」

「良いのではないか?ラピィ、心して掛かれよ、ジャイロスコープの心臓部じゃぞ」

「う、嬉しい。わたし頑張る!」

「心臓部ね、ちょっとうらやましい気が……」

「ラピィの根気が大切なんだよ。ユイノでは難しいだろうな」

「あたしは落ち着いてるよ。そりゃあ、ラピィよりちょっと若いけど――じゃあ、そこの、まだ決まってないPSの高濃度圧縮!」

 ユイノが形の良い指で、ホログラムの文字を指さす。

「えー、この作業は頭がいるよ。回転体ローターを安定して高速回転させる(かなめ)なんだから、ユイノじゃちょっと」

「あたしだって、PSのことは分かってるよ」

「もちろんそうです。今回のグレイ・グー対策のために、ユイノさんも皆さんと同じように学習されているのですから」

「ユスラさまは優しいねぇ」

「ではPSの高濃度圧縮は、ユイノの役割ということで」

 シジマがホログラムに名前を追加する。


「これで、だいたいの役割は決まったけど――」

「あの――ひとつよろしいですか」

 ミストラが手を()げて発言を求める。

「自由に話せばよいのじゃ」

「ありがとうございます。皆さんにひとつ提案があるのです」

「なんでしょう」

 アルメデが問う。

「この、ジャイロ・キューブに、もうひとつだけ機能を追加したいのです」

「それは?」

「特定の操作で、歌声が流れるように――」

「ああ」

 少女たち全員がうなずく。

 すぐに、その言葉の意味を理解したからだ。


()()()が、()()()()で歌う歌に、わたしとキィで伴奏をつけたいのですが、許していただけますか」 


 ミストラが、()()()()()()()の楽器双方に深く通じていることは、すでに皆知っていたし、最近は、キィが彼女とともに、アカラを加えたトリオでセッションを行っていることも周知の事実だった。


「オルゴールのように、歌声が流れるのですね」

「素敵ですね。ぜひ、そうしてください」

 全員が同意の声を上げた。


「しかし、その歌が流れることで、ジャイロ・キューブとやらは、(まさ)しくアキオを導く指針となろうの――」

 シミュラがしみじみと言う。

「なぜです?」

()()()()()()()女神(ミーナ)が、()()()()()()()彼女(ラムリエレス)の声で歌う、地球の蒼い空、じゃぞ」

 魔女は言葉を切り、

「あやつが(ふる)い立たないはずがないではないか」


「アキオに、()()の歌声を聞かせてよいものでしょうか?ミーナも(ひか)えていたはずですが……」

 ユスラが不安げな顔になる。

「なに、おぬしたちが(そば)にいるのじゃ。二度と悪夢など見させはしない、じゃろ?」

「そうですね」

 少女たちが明るく答える。

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