336.ジャイロ、
「もちろんです!」
カマラが珍しくはっきりと笑顔を見せて駆け寄り、少女の腕をとる。
が、はっとアルメデを振り返って――
「よろしい、ですね。アルメデさま」
蒼い眼の女王は、険しくなりかけた目元を緩めて答えた。
「もちろんです。あらゆる意見は歓迎します。たとえ、あなたからの意見であっても――」
「アルメデ、おぬし、眼が釣り上がっておるぞ。せっかくの美人が台無しじゃ」
シミュラの指摘で、女王は微笑みを取り戻した。
「そうですか?気がつきませんでした」
他の少女たちは、互いに顔を見合わせる。
「おぬし、気がついておるかわからんが――いや、おぬしのことじゃ、気がついておるに違いないが、こやつと話をする時に他の娘たちに無用な圧力をかけておるぞ。よもや、それが正しいことだとは思っておるまいな」
「シミュラ――」
100年女王がアルドスの魔女を見る。
「おぬしが、こやつに何か遺恨をもっておることは分かる。じゃが、それをあからさまに表に出すのは愚策じゃな。わたしがいうことでもあるまいが――自分で判断して制御せよ。なにせ、おぬしは何も我々には話してくれぬからの」
アルメデは、透明な笑顔を見せ、静かに言った。
「ありがとう、シミュラ。あなたの耳に痛い言葉は、いつもわたしを正しい道に戻してくれます。ごめんなさい、みんな。そして、あなたも――サフラン」
「いいのです。あなたが、わたしを憎むのはわかりますから」
「もうその話はよいのじゃ、それで、おぬしの意見とは」
シミュラに促され、サフランはアルメデを見た。
女王はがうなずくと、彼女は話し始めた。
「彼に、アキオに、戻って来るための道具を贈るという考えは素敵だと思います。本当に、あの人はいつのまにか、どこかに行ってしまいそうな人だから――」
「サフランも、やっぱり方位磁石派なの」
工学知識のやりとりで、竜娘と親密になっているシジマがたずねる。
「いえ、あなたがいうように、地磁気を使う方位磁石ではアキオの行動範囲をカバーできないでしょう」
「そうだよね。成層圏まで出るだけで使えなくなるもの」
「地下洞窟でも使えませんね」
カマラも同意し――
「GPSを使うためには衛星が必要ですが、この世界の科学をそこまで進めることには抵抗があります」
「そうですね。今朝もクルアハルカとその話をしていたのですが、彼女も、地球の科学力を、この世界に急いで普及させることには反対していました」
その言葉にサフランはうなずき、
「だからといって、三次元レーダーやソリトン測量の装置を小型化して贈るというのも、違うような気がします」
「いや、そもそも、そんなものはポケットサイズにはならないから――」
「だから、わたしは、皆さんに、ソブリン・ダイグルを提案したいのです」
「なにそれ?また竜語でしょう」
シジマの指摘に、サフランはオレンジの瞳を細めて、
「地球の言葉では――たしか、ジャイロスコープ」
「あ!」
「ああ」
「その手があったね!」
シジマとカマラ、そして意外なことに、ラピィが三様の反応を見せる。
「なんですか、それは」
ミストラが尋ねた。
「コマだよ」
シジマが言い、
「前に、年明けにやったことがあるでしょう」
「ああ、独楽まわし。面白かったですね」
ユスラがうなずいた。
「わからぬな。あれは遊びではないか?」
「ちょっとまってね」
シジマが、壁際にある、備え付けの机に向かい端末を操作する。
「これを見て」
食卓の上に、回転する円盤が映し出された。
「これは――」
少女たちが驚く。
「ホログラムだよ。ミーナの部屋と同じものを、ここにも用意したんだ。見ててね」
シジマが指を動かすと、円盤の中心に軸が通って独楽になった。
次に独楽の軸を囲む輪ができる。
その輪をもう一つ大きな輪が囲んだ。
「回転台ね」
「こうやって、回転するコマの周りを、だんだん大きくした3つの輪で囲むと――」
さらにひと回り大きな輪が包み、シジマの操作で一番外側の輪が、ランダムに動き始めた。
「これは――ふしぎですね。一番外側の輪がどんなふうに動いても、真ん中のコマは常に同じ方向を向いています」
ミストラがつぶやく。
「つまり、外側の輪を容器、例えば箱に入れて固定してしまえば、どのようにその箱の向きを変えても、常に中のコマは同じ方向を向いているのですね」
「そう、それがジャイロスコープなんだ。サフランがいいたいのはこれでしょう」
「そうです」
「回転するコマ=フライホイールと、それを保持する2つの回転台と、その外側のジャイロスコープのフレームさえあれば、いつでも同じ方向を指し続ける装置を作れるんだ。方位計として使うなら、ジャイロモーメントによる補正が必要だけど――」
「アキオに必要なのは、惑星上の向きではないでしょうね」
カマラが微笑む。
「よくわからんの。わたしが学習したのはナノ・マシン関係ばかりじゃからな」
「つまりさ、ジャイロスコープを使えば、中の独楽はいつも同じ向きを向いてるんだ」
「それは分かる」
「でも、それは絶対座標なんだよ。だから、転輪羅針儀として使うなら、重力を使って補正してやらないとダメなんだ。ほら、この星は自転してるでしょ。だから、じっとしていても、時間が経つとボクたちの位置は移動して、最初に――例えば独楽の軸を北に向けていても、本当の北を指さなくなるんだよ。初めに指した方向を示し続けるからね。たとえ、あとでボクたちが星ごと動いても――」
「つまり、地球上の方位磁石として使うなら、余計な装置がいるということなんだね」
「ユイノらしい、大雑把な理解のしかただけど、その通りだよ」
「アキオが持つのなら、余計な装置はつけず、地球上の方位ではなくて宇宙の中での方向、宇宙の中の一点を指し示す方がふさわしい、ということかの」
「そうです」
サフランがうなずく。
「太陽とかですか?」
「もっと離れた恒星の方がよいでしょうね」
「地軸の延長線上にある、不動星とかですね」
ヴァイユの言葉に、アルメデの眉が一瞬、ぴくりと動く。
「いいですね。例えば、透明で小さなキューブの中に、ジャイロスコープを入れておけば、いつでもその軸は、同じ方向を指し示しているのでしょう。アキオのポケットの中で」
ミストラが眼を輝かせる。
「みなで分担して、その部品を作れば、全員からの贈物としてふさわしいですね」
「でも、それには、いくつか問題があるわよね」
ラピィが腕を組む。
「そうだね。まず、コマの回転は非常に速くなければならない。これがクリアできなかったから、歴史的には、回転型ジャイロスコープは衰退し、振動型に変わっていったんだから。一言でいえば、高速回転するコマの軸は減りやすい」
シジマが問題点を挙げ、
「いっそ、振動型ジャイロスコープを使えば?MEMSなら――」
「そのパッケージ化された回路部品を、わたしたちからの贈物にするの?まったく魅力を感じない」
ラピィが首を横に振る。
「そ、そうだね。金属の箱の中の回路なんて面白くないよね――」
すでに、少女たちの頭の中では、透明で小さな箱の中で高速回転し、常に一方向を示し続けるコマのイメージができあがっているのだ。
「コマの軸と軸受けの摩耗は、ナノ・マシンでクリアできる。修復すればいいだけだから」
カマラが答える。
「回し続けるためのエネルギーも必要ね」
「高濃度PSを、さらに濃度圧縮すれば、フライホイールぐらい100年でも回すことができるエネルギーになる」
「そのへんの問題は、クリアできるんだよね、でも――」
「そう、最大の問題は――」
「フライホイールは、重ければ重いほど、安定して正確に向きを示すから、絶対に重くなければならない、ということね」
「そう、でも、そんな小さくて重い物質は存在しないし、あったとしても、そんなに重ければアキオの行動の邪魔になってしまう――」
「それは任せてください。解決策があるから、提案させてもらったのです」
サフランが笑顔を見せる。