335.相談
朝、アルメデがニューメアとの通信会議を終えて、少し遅れて食堂に近づくと、中から少女たちの騒ぐ声が聞こえてきた。
「ダメだよ、古いよ。この宇宙時代に」
「なんだい宇宙って、関係ないじゃないか。気持ちの問題なんだ」
「でも、まったく同じもの、というのもいかがなものかと――」
「でも、その考え自体は素晴らしいと思います」
アルメデが部屋に入っても少女たちの騒動は収まらない。
「楽しそうですね」
部屋の中央で、立ったまま言い合いを続けて、彼女が入って来たことにも気づかないでいるシジマたちにアルメデが声を掛けた。
「あ、アルメデさま」
「どうしました」
「空いた時間に、自分の好きなことをしてもいいよね」
シジマが飛びつくように彼女に近づいて言う。
その勢いに若干気圧されながら、アルメデは答える。
「え、ええ。もうカヅマ・タワーの建設と調整もほぼ終わりに近づいていますし――あとは、アカラの操作するライスに任せておけばよいでしょう」
「だよね!」
「あと数日で、主さまが目を覚ますとアカラもいっています」
「そうそう、だから、急がないといけないんだよ」
「だからといって、考えなしに決めるのは感心せんぞ」
「うふふ」
ついに、アルメデが笑いだした。
「うふふ、って、アルメデさま――」
キィが驚く。
「いいのです。何度もいうように、わたしはただのアルメデ、もう女王ではありませんし、笑いたい時は我慢せずに、しっかりと笑うのです」
「そこで、宣言めかしたことをいうのが、おぬしらしいの」
「あら、いじめないで、シミュラ」
そう言って、アルメデはまじめな顔になり、
「でも、さっきから何の話をしているのか、まるでわかりません。最初からおしえてくれますか」
「シミュラさまが夢を見られたのです」
ヴァイユがにっこり微笑む。
「夢というより、精神の同期というべきですね」
「少年のアキオが――」
「撃たれたんだよ」
口々に、我先に話そうとする少女たちに、アルメデが苦笑して言う、
「落ち着いて――誰か、一番分かっている人が代表して説明してちょうだい。どうして、みんな、そんなに興奮してるの?」
「だって、これまで知らなかったアキオの話なんだよ」
「確かに、これは貴重だと思います」
「それに、カマラが素敵なことを思いついたのです」
「わたしではなく、シミュラさまが考えられのですよ」
アルメデは、片手を上げて皆を止めた。
「わかりました。どうも、今回の話の中心にはシミュラがいるようね。教えてくれる」
「そうじゃな。しかし、こやつらには、さっき話したから二度目になるが――」
「かまいません。もう一度聞きたいです」
「そうだね」
「それで、ユイノはもう一度泣くんだ」
「なんだって?」
「泣くんだよね!」
「生意気をいうのは、この口かい」
わいわいと騒がしくなる。
「あー、わかった。もう一度話そう。少し長くなるから、皆、椅子に腰かけるのじゃ。アルメデもな――」
少女たちが、それぞれに食卓につくと、シミュラが立ち上がって話し始めた。
「昨夜、わたしは夢を見た。アキオの記憶じゃ――ことの起こりは、およそ300年前に遡る。傭兵部隊名無しの道化師が、泥と沼地の戦場から逃れてネオ・ネイシア近くにやってきたことから話は始まった――」
シミュラは、アキオの記憶を見たまま語り――
「ということで、アキオは、都市から離れた移動兵営に送られて傷の手当てを受け、戦友から少女の言葉を伝えられたのじゃな」
話し終わったシミュラが椅子に座っても、しばらくの間、誰も何も言わなかった。
ユイノは――やはり泣いていた。
他の者も、俯いて悲しみに耐えている。
「それでな、この話で、わたしは思ったのじゃが――アルメデ?」
シミュラの言葉で、皆が女王を見て言葉を失った。
彼女は――手で顔を覆って泣いていたのだ。
あからさまな感情を表に出さないように貴族教育を受け、そのようにふるまってきたはずの彼女が肩を震わせて泣いている。
「ごめんなさいね――でも、アキオは、薬物で感情を奪われていても、殺伐とした環境で暮らしていても、少年の時からやはりアキオだったのですね」
ユスラから渡されたハンカチで涙を拭うと、女王はそう言った。
「哀しいけれど良い話でした。ありがとうシミュラ――でも驚きました。トルメアの科学研究所の初代所長は、たしかにヒビト・スズキ・ヘルマンです。わたしの時代より200年ほど前の人物ですが、彼は、アキオがトルメアに連れてきたのですね。それに――ネオ・ネイシアの一夫多妻制を廃止したのはわたしです」
「そうだったのですか……」
「ほう、これは興味深いのう」
シミュラがからかうような表情になる。
「アルメデは一夫多妻を認めない、のだな」
そう言って、少女たちを見回す。
アキオとそのまわりの美少女たち、この状況をどう解釈しているのか、というのだ。
しかし、100年女王にとって、その程度のからかいは堪えない。
少し赤みの残る目で、艶やかに笑うと、ひと言だけ言った。
「当時、わたしも若かったのです」
シミュラが手を打つ。
「さすがに、いうではないか」
「それで、皆さんが話し合っていたのは?」
「記憶を見られたシミュラさまが考えられたのです。わたしたちも、なにかアキオに贈物をしたらどうだろうか、と。アカネさんがヒビトさんへ方位磁石を贈ったように」
「良い考えだと思います」
ユスラが胸の前で手を合わせて言う。
「わたしもアキオがくれた髪留めを大切に持っていますから」
「いつも、身に着けてもらえる大きさが良いと思います」
ミストラがうなずき、
「どうせなら、何か実用できなものが良いのではないでしょうか――武器になるような」
「武器はどうかねぇ――シジマ?」
ユイノに聞かれて少女は眼を輝かせる。
「ビーコンとプラズマカッターを内蔵したナイフはどうかな。柄の部分に火打石をいれて」
「どんな組み合わせだい、それは」
「過去と未来の融合だよ」
「やはり、武器ではない方が良いと思います」
「武器でなく、アキオにいつも持っていてもらえるもの――」
「象徴的な意味合いのものが良いでしょうね」
「それで、シミュラさまと相談したのですが方位磁石が良いのではないか、と」
カマラが言った。
「主さまに道を示すのかい」
キィが不思議そうな顔をする。
「その必要はないと思いますが――」
ヴァイユが首を傾げる。
目覚めたアキオの目標は明らかだろう。
彼女と女神の復活――迷いはない。
「その意味合いではない、逆じゃ」
「逆?」
「あやつは、放っておくと、際限なく遠くへ行ってしまいそうじゃろ」
全員がうなずく。
「じゃから、方角を見失わず、必ず、わたしたちの許へ戻ってこられるように、な」
「でも、アカネさんと同じというのもねぇ。それに地磁気を使った方位計というのもなぁ――」
シジマが不満そうに、可愛い口を尖らせる。
「よい考えがあります」
部屋の外から声が聞こえ、入り口からオレンジ色の髪の美少女が入って来た。
サフランだ。
「わたしが意見をいってもよろしいですか?」