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323.閑話

 今も湯につかり、アキオの肌に触れて、ヨスルは様々な色に包まれている。


 やがて――

 首に回した手をほどきながら、少女がアキオを見た。


 じっと彼を見つめる。


「どうした」

 なおも彼の顔を見ていたヨスルは、いきなり、ざば、と身体を起こした。

 上半身が湯から出る。


「ア、アキオ――み、見てほしいのです」

「なんだ」

「何が見えますか?」

「君が見える」

「違います、もっと()()見てください」

 そういって、ヨスルは手を広げた。

「君の胸だな」

「は、はい。どうですか」

「健康そうだ」

「か、形はどうですか?大きさとか」

「形はわからないが、大きさはいいだろう」

「良いのですか」

「ああ」

「わ、わかりました。ありがとう――」

 一世一代(いっせいちだい)の告白をして燃え尽きたように、ヨスルが湯に沈んでいく。


 それを背後で見ていた少女たちは、やれやれと首を振った。


「ピアノ、あんたの姉さんって、前からあんな感じだったかい」

「なんだか意外ですね。普段のヨスルさんは、もっと――」

 ミストラが言葉に詰まる。

「クールよ、クール!」

「ありがとう、ラピィ。クールな感じがしていたんだけど。今、見ていると――」

 振り返ってピアノの顔を見たミストラの言葉が止まった。


 紅い眼の少女は、その印象的な目を見張(みは)って義姉(あね)を見つめていたからだ。

 それは、普段は冷静な美少女の、最大限の驚きの表情だった。


「皆さんが驚かれるのはもっともです。実際――わたしも驚いています」

「そうなのですか」

 ヴァイユがピアノの腕に触れる。

「再会したのは久しぶりですが、それ以前の十数年で、わたしはヨスル(あわ)てるところを見た事がありません。わたしの、どんなに()()()()()()()()にも、常に彼女は冷静に対処し、反撃したものです」

「意表をついた攻撃、ですか」

「わたしたちは、そういう育てられ方をしたのです。ユスラさま」


「ま、()()()なのは外に対して(かぶ)った仮面で、あれが本質に近いということじゃな」

「しかし、よくアキオの前で全開に裸をみせることができるね。信じられないよ」

 ユイノが首を振る。

「全開って、胸を見せただけじゃないか」

「何いってるんだい。じゃ、()()()()()()を見せてもらおうじゃないか」

 ユイノが肩をシジマにぶつけて言う。

「ああ、いいよ。見せるよ。驚かないでよ。本当に見せるからね、ボクの全開」

 シジマは細い肩を当て返す。

「あー、もう、うるさいのじゃ。静かにせんか」

 シミュラが、手を伸ばしてふたりを遠ざける。


「でも女王さま、あるじさまの、あの答え――形はわからないが()()()()()()()()()、って……」

 並んで湯につかるキイがアルメデに話しかけた。

「ええ、間違いなくアキオは違う意味でいっていますね」

「え、あのくらいの大きさがいいって話じゃないの」

 シジマが驚く。

「違います。おそらくアキオは、そのくらい乳腺(にゅうせん)が発達していたら、出産時には問題なく授乳(じゅにゅう)できる、というぐらいの意味でいったのだと思います」

 カマラが説明する。


「あー」

 シジマとユイノが同時に声を上げ、

「ま、そういうところだの」

 シミュラが深くうなずいた。


「だいたい、アキオに聞かなくても、ボクたちと比べればわかるじゃないか」

「姉は、昔から、そういう方面にはうといのです。暗殺ひと筋というか――ですからわたしたちの裸も満足に見ていないのだと思います」

「なんだって!」

「この2か月、一緒にお風呂に入っているではありませんか」

 ミストラが驚く。

「はい。でも、たぶんそうなんです。だから不安になって、直接アキオに聞いたのだと思います」

「あんたと一緒にアキオと寝てたじゃないか」

「はい、ですが今思うと、その時も、わたしの身体は見ていなかったのではないかと」

「なんだいそれは……」


「そういえば――」

 ヴァイユが頬に指をあてた。

「ヨスルさんは、お湯につかってからは話をしてくださいますが、それまでは眼をあわそうとされてなかったような気がします」

「そうだったのですね」

「なんていうか――箱入り……乙女っていうのかな、それは?」


 少女たちが黙り込み、しばし湯殿に沈黙が降りた。


「おそらく――」

 ユイノが静寂を破った。

「この中では、あたしが、一番、()()()を見てきたと思うんだ――」

「なんだよ、それ」

「シジマは、ここにくるまで、()()()()()()()、女の裸は見たことないだろう」

「うー、むー」

 なんとか言い返そうと顔を赤らめる美少女を無視してユイノが続ける。

「女王さまがたは、その身分から他人と裸で風呂に入ったことなんかないだろうし、高位貴族と裕福な家柄のミストラとヴァイユもそんな経験はないだろう――カマラも独り暮らしが長かったし、ラピィに至っては風呂に入ったことすらない」

「むー」

 今度はラピィがうなる。

「その点、あたしは、他の踊子ダンサーたちや歌姫たちと旅に出て、一緒に水浴びなんかもしたからね。いろいろ見てるんだよ」

「うむ、続けよ」

 シミュラが促す。

「結論からいうと、あたしの見るところ、ここにいる全員、文句のつけようのないきれいな胸をしているね」

「お、大きさとかは」

「ラピィ以外は、いいと思う」

「ちょっと、それ、どういうこと?」

 大柄な少女が、波をたててユイノに近づく。

「あんたは、いろいろ大きいんだよ」

「ユイノ!」

 アルメデが、踊子ダンサーをたしなめる。

「ラピィ、あなたは、すっきりと筋肉質で美しい体型です。地球の運動選手アスリートタイプですね」

「そ、そう。問題ないわよね。運動選手アスリート、良い響きだし」

「ラピィ、案ずるな。おぬしの値打ちは()()()()()()

 シミュラが、少女の赤みがかった肌を優しく叩く。

()()にも値打ちが欲しいのよ。シミュラ」


 わいわいと騒ぐ少女たちの声が、まるで聞こえないかのように、ヨスルは再びアキオの()()()()()()した胸に頬を当て、心地よい色を楽しんでいた。


 やがてヨスルが離れ、時間をおいて少女たちが、何度か彼の(もと)にやってきた後、アキオが湯から出ようとすると、アルメデが泳ぐように近づいてきた。

 彼の首に手を回し、耳元で囁く。

「申し訳ありませんが、もう少し、ここにいてください。わたしたちが出た後も――」

「わかった」

 女王は、そっとアキオの耳を甘噛みすると、彼から離れ、他の少女たちを(うなが)して湯から上がっていく。


 ぼんやりとその姿を見送ったアキオは、再び天を仰いだ。

 中天ちゅうてんにあった3つの月は、今はかなり地平線寄りに傾いている。


 アキオは眼を閉じた。

 湯の温もりで、ナノ・マシンが活性化されているのを感じる――


 誰かが、湯につかる気配がした。

 小さな波が彼の身体に当たり、さわさわという水音が彼に近づいてくる。


 その誰かは、ふわ、とアキオの身体に優しく抱き着くと、そのまま眼を閉じた彼に口づけした。


「サフランか」

 唇が離れるとアキオが言った。


「ええ」


 眼を開けた彼のすぐ近くで、異世界風エキゾチックなオレンジ色の瞳が、彼を見つめていた。

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