321.添寝
「ゴラン23体、意外と多かったの」
最後の一体を倒したシミュラが、剣を鞘に納めながら言った。
「シミュラさまは、銃も扱われるのに、なぜ剣を使われるのですか」
ヨスルの質問に、シミュラは鮮やかに剣を抜き放って一振りすると鞘に納め、
「なに、わたしは銃の扱いが苦手でな。アルメデのように銃身を冷却しながら撃てぬのだ。で、あるからこのように、いくつか予備を用意するのじゃが――持ち替えている間に、近づかれて結局は剣で戦うことになる。最後は、子供の頃に身にわずかに覚えた剣技に頼ることになるのじゃな。魔女であった頃なら、身体に包み込んで簡単にやっつけられたものを……」
情けない、というように首を振る少女にヨスルは頭を下げた。
「おかげで助かりました。剣をお貸しいただいてありがとうございます」
「みごとな体術じゃったの」
「おそらく、言語と同じように、学習パックに戦闘用コードが埋め込まれていたのでしょう」
「アルメデは、いつも数手先まで読んで行動をする。大した奴じゃ」
「これからどうされます。ゴランのいる場所に他の魔獣は出ませんし、出没したゴランを全滅させると、その地域には、しばらく次のゴランは近づきません」
「と、いうことは、じゃ」
シミュラは、朝焼けに輝き始めた空を背景に、高く伸びつつある鉄塔を見上げた。
「どのくらい作業は進んでいおる?」
ヨスルはアームバンドに眼をやり、
「進捗率52パーセントですね」
「では、完成後の調整は、また戻ってすることにして、次の目的地に向かうかの」
「はい!」
そうして、ふたりの少女は、次なる未開の地に飛び、再びそこの荒ぶる魔獣を平らげ、塔を建設したのだった。
「おかえりなさい」
数日後、最後のМタイプの鉄塔を単独でエストラ北部に作り終え、調整を済ませてジーナ城に帰還したヨスルを、アルメデが迎えた。
「よくやりましたね。これで人々が、突然、呼吸困難になって死ぬことはなくなりました」
「しかし、まだ辺境と海上のグレイ・グーは増え続けています」
「そうですね。それに少しずつ地表におりて来くるナノ・マシンが、徐々《じょじょ》に人々の身体を浸食しつつあります。かつての地球のように――しかし、そちらは、まだ間に合います。今は、とりあえず4つの塔を建てたことで良しとしましょう」
「はい」
「疲れたでしょう」
「いえ、大丈夫です」
気丈に笑う少女の頬に、女王が手を当てる。
「でも、ちょうど良い時に帰ってきてくれました」
アルメデは、ひとりうなずくと、
「来なさい」
先に立って歩き出す。
「昨日、アキオがカプセルから出ました」
前を向いたままアルメデが言う。
「本当ですか!」
ヨスルが、飛び上がらんばかりに喜んだ。
彼女は、彼の心臓が何度も止まったこと、そして、その度に死に物狂いの蘇生が行われたことを知っていたのだ。
カヅマ・タワー建設を優先させるため、城を離れざるを得ないアルメデたちは、断腸の思いで、その治療をコラドの縁者である、ドクター・ルイスとAIの紅良に一任していた。
「今は、アキオの自室に寝かせています。彼の身体は無理をし過ぎて細胞レベルで弱っているため、意識を失わせたまま、時間をかけて回復させなければならないのです」
「身体全部を作り替えることはできないのですか」
「首から上、脳細胞なども戦闘用ナノ・マシンの影響を受けているため、身体だけ新しく再生してもうまく適合しないのです。いまある身体を徐々に回復させていかないと――」
アルメデはわずかに微笑み、
「ついてはあなたにお願いがあります」
「何なりと、おいいつけください」
「ありがとう――着きましたよ」
そう言って、女王は他の部屋と何ら変わりのない、質素な造りの扉を開けた。
室内は暗かった。
薄明りを通して見る調度その他は、ヨスルに与えられている部屋と、ほとんど変わりがない。
ディスプレイの数とコンソールの数が少し多いくらいだ。
そして、部屋の中央、極端に照度を落とした柔らかな光の中に、アキオの寝台は仄かに浮かび上がっていた。
そこには――
「シミュラさま?」
ヨスルがつぶやく。
ひとりの少女が、豊かな黒紫の髪を広げて、アキオの身体を抱きしめたまま眠っていたのだ。
その寝顔は、天幕で見た時とはまるで違う、穏やかで美しく――あどけない表情だった。
シーツはかかっているが、そこから見える上半身の様子から、彼女が何も身に着けていないことがわかる。
「驚かせましたか」
「いえ――」
彼女も、今回の混成軍で流布された、色に狂った魔王が、夜な夜な魔女を取り換えて褥を共にしている、という噂は耳にしていたのだった。
それ以前にも、同様のことを義兄から聞かされている。
「アキオに意識はありません。ですが、彼は、過去の過酷な経験から、ひとりで眠ると悪夢を見て、ひどくうなされるのです。今のように意識を失っていたとしても。ですが――」
アルメデは、シミュラの穏やかな寝顔を覗き込み、
「わたしたちと肌を合わせて寝ると悪夢をみないのです。特に、彼のナノ・マシンを身に授かった者と共にいると――もうすぐ、あなたにも見えてくるでしょう」
「見える?なにが」
ヨスルは女王を振り返った。
「ごらんなさい」
「えっ」
アルメデに教えられ、寝台に眼を転じたヨスルの視界に、美しい光が広がった。
さまざまな色の光だ。
それが眼に見える光でないことは、すぐに彼女にも分かる。
おそらく、頭で、心で感じる光なのだ。
「――」
「まだ研究段階でよくわかってはいないのですが、同種株のナノ・マシンによる共振、それが可視化されて色になっていると思われます。簡単に言うと、気持ちのつながり、愛しさ、優しさがナノ・マシンの共振で伝わって、それが色に見えているのです――ヨスル?」
アルメデは、少女が呆然として――涙を流していることに気づいた。
「大丈夫ですか」
「はい……でも、なんてきれいな色なんでしょう。豊かで、温かくて――どこか悲しい」
これほどの色彩を感じるのは、7年ぶりのことだった。
「それが、シミュラが彼に対して持つ気持ち、そしてアキオが深層で彼女に対して抱く感情なのでしょう」
「そうですね」
「こうしておけば、アキオは悪夢にうなされずに済みます。しかし、問題があるのです」
アルメデはヨスルの肩に手を置く。
「アキオは24時間ずっと寝ているわけですが、わたしとシミュラだけで、その時間を埋めることは不可能なのです。やることが多すぎて――」
「ナノ・マシンを詰めたダミーのナノ・バルーンを使うことは?」
「ダメです。生きた人間。しかもアキオを愛する人間しか効果がないのです――分かりますね」
「し、しかし、よろしいのですか?わたしのような新参の者が……」
「あなたはアキオが好きなのでしょう?身を挺してアキオを守ったことは知っています。おそらく、今、眠りに落ちている少女たちもあなたを認めることでしょう」
ふっと、女王は笑い、
「なにより、あなたは、鷹揚に見えて実は気難しいアルドスの魔女の、大のお気に入りなのですから」
「し、しかしアルメデさま」
「あと30分でシミュラは目を覚まします。それまでに心を決めてください」
アルメデはそれだけいうと、ヨスルを部屋に残して出て行く。
独り部屋に残された、淡青色の髪の少女は、シミュラとアキオの姿を見つめながら、呆然と立ち尽くすのだった。