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318.小径

 夕食の後は、いつものように入浴だった。


 だが、湯殿に向かいながら少女たちの話を聞いていると、この数か月は、恒例ということもなかったようだ。


 今も彼女たちは、数名ずつに分かれて、大陸各地でグレイ・グーのプログラミング用カヅマ・タワーの建設と調整を行っていて、全員が顔を合わせることは滅多にないらしい。


「今日は、全員が(そろ)っているな」

「もうすぐアキオが目を覚ますって、アカラがいったから、みんな帰って来たんだよ」

「あと、どのくらいでプログラミングは完了する」

「もう、ほとんど終了しています。残りは、極北とエストラの一部ですね」

 ミストラが答えた。

「泊まり込んでいるのか」

「初めの頃は、そんなこともあったけど、最近はないよ。女ふたりで野営すると危ないからね」

 真面目な顔で答えるキィに、少女たちが微妙な笑顔を見せる。

「どちらかというと、こやつによって、全滅させられる付近の魔獣が哀れだの」

「そうだよ。危険なのは周りの魔獣だよ」

「な、なにをいう。違うよ、そんな乱暴なことはしてないよ、あるじさま」

「そうか」

 アキオは、わかっている、と少女の肩を叩き、

「全作業を君たちが行うのか」

「力仕事は、基本的にライスがやってくれるので、わたしたちはおもに管理と調整を行うのです」

 ユスラが答える。

「ニューメアの高速艇を使えば、大陸のどこにいても、数時間で戻ることができます。それでも、時間を合わせて皆で食事をしたり、入浴したりはなかなかできなかったわね」

 アルメデは少女たちを見渡し、

「今夜は皆でアキオを堪能たんのうさせましょう」

堪能たんのうしましょう、の間違いでは」

「どちらでもよいのじゃ」

「アキオと初めてのお風呂。楽しみ」

 うきうきと歩くラピィに、キィが声をかける。

「でも、あんた、熱いのは苦手だろう。今まで一度も暖かい湯につかったことがなかったから。この間も――」

「い、いえ、もう大丈夫よ、キィ」

「風呂が苦手なのか」

 不思議そうにアキオが尋ねる。

 この世界の最強生物であるラピィが、たかが華氏104度前後の湯に影響を受けるというのが信じられなかったのだ。

「ケルビの皮膚は、よくも悪くも遮断性しゃだんせいが高く、外部の刺激をあまり感じなかったらしいのですが、人間になったことで感覚が鋭敏になったのでしょう。そのために、時々、湯あたりに似た症状を起こすのです」

 カマラが説明する。

「世の中が、こんなにも色々な刺激であふれているなんて思いもしなかった。結構、面倒ね――でも、そのお陰でアキオの肌のぬくもりを知ることができたんだから、それぐらいなんでもないかな」

「ケルビの時も、アキオがよく首に手を当ててたじゃないか」

「あれは、手を通じて意識をつないでいたの。たぶん、アキオはぼんやりとしかわたしの気持ちがわからなかったでしょうけど、わたしには、あなたの気持ちがよくわかった」

「あまり無理をするんじゃないよ。おかしいと思ったら、すぐにいうんだよ」

 キィが保護者のような口調で言う。

「ナノ・マシンは機能しないのか」

「本当に体調がおかしくなるんじゃないらしいからねぇ」

「大量の皮膚感覚が流れ込んでくるための、感覚酔い、とでもいうものだろうとアカラは考えています。いずれは慣れるとのことです」

「そう。だから心配しないで――ああ、風呂が見えてきたよ。楽しみだね」


 少女たちと別れ、いつものようにアキオは独りで服を脱ぎ、湯殿に向かった。


 掛かり湯をして誰もいない浴槽につかる。

 空を仰いで、投影された星と月を見た。


 3つの月、今日はそのすべてが輝いている。


 賑やかな声がして、少女たちが入って来た。


 以前のように、掛かり湯をして、それぞれが湯につかると、ひとりずつ泳ぐように近づき、アキオを抱きしめて去っていく。


 最初はピアノだった。

 アキオの上に腰をのせ、手を首に回して彼に体を密着させる。


 アキオは――

 柔らかく、たおやかな少女の身体の感触と重さを身に受けた時、これまでにない衝撃を感じる。


 それが何かはわからないが――一瞬、少女を強く抱きしめたいという衝動が発生したのだ。

 アキオは、それを意思の力で抑え込む。


 無防備なピアノを驚かせてしまうし、なにより怪我をさせてしまうのを恐れたのだ。


「おかえりなさい」

 紅い眼の少女はそういって、再び彼を抱きしめると身体を離した。


 次はアルメデだ。


 女王は、イルカのように優雅に泳いで近づき、彼を抱きしめると耳元でささやいた。

「ああ、アキオ。ずっとこうしたかった」

「無理をさせた」

「そんなこと――なんでもありません」

 溶けるような笑顔でそう言うと、アルメデは真面目な顔になり、

「アキオ、あなた、眠っている間、夢を見ましたか」

「見た」

「悪夢ですか」

「いや、色鮮やかな気持ちの良い夢だった」

「そうですか」

 アルメデは、ほっとしたように息を吐くと、

「回復を早めるために、あなたを寝たままにしたのですが、一つ問題があったのです」

 彼の悪夢だろう。

 アキオは頷く。

「そこで、昼と夜の交代制にして、必ず誰かがあなたと一緒に眠ることにしたのです」

「そうか」

 それで、昼に目を覚ました時に、ラピィが一緒に寝ていたのだ。

「あなたと同じように、わたしたちも眠りを共にすると、様々な色を見るのですが――」

 アルメデはアキオの首に唇を当て、

「新しくやって来たヨスルは、過去の経験から、色彩を感じられなくなっていたそうです。でも、ピアノと再会し、あなたと出会ってナノ・マシンを与えられることで、再び色を感じられるようになったのです」

「そうだったのか」

 アキオは、ヨスルの言葉を思い出し、そう言った。


「そのことを()()()()、彼女に接してくださいね。あなたは――女性の感性にたいして()()()()()がありますから」

 女王は彼を抱きしめると、離れながら続けた。

「こういったことは、今まではミーナが行っていたのでしょうが、今後はわたしが――」


 それ以後、次々とやってくる少女たちから受ける感触すべては、彼にとって未知のものだった。


 鮮やかで心地よい――


 不思議な感覚の余韻よいんひたっていると、突然、湯が盛り上がって、波と共に大きなかたまりが彼に抱き着いた。

「アキオ」

 ラピィだ。

 赤い肌がメナム石の光を浴びて輝いている。

「ベッドでの肌の触れ合いも気持ちいいけど、お湯に入りながらっていうのもいいわね」

 アキオは、湯の中を潜ってやって来たラピィの、濡れて張り付いた髪を指で掻きあげた。


 深い色の、彼女の眼をのぞき込む。


 少女たちは、ラピィがひどく変わってしまったというが、彼はそうは思っていなかった。


 見かけの言動はともかく、彼女の豊かで深い思考が、ケルビのころと全く変わっていないことが、彼には分かっていたからだ。

 しばらくすれば、彼女本来の落ち着いた思慮深い態度に戻ることだろう。


 ラピィが去ると、最後に淡青色スカイブルーの髪の少女が、おずおずと彼の前に立った。

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